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第45話:私なりの情報発信

 その日の夜、俺は屋根の上に上った。うちの家は古い一軒家だからちゃんとはしごをかけて上ったよ。そして、そこにお姉ちゃんも誘った。昼間のケンカのこともあってお姉ちゃんは黙って付いてきた。


 屋上にお姉ちゃんと二人。瓦の上に二人で座った。近代建築の家じゃないから屋上に行けるようになってるわけじゃない。普通の瓦屋根。普段は瓦はり職人くらいしか上ってこない場所だ。お姉ちゃんも俺も瓦に腰掛けた。


「ほい」


 俺はお姉ちゃんの前にラムネを1本差し出した。反射的に受け取るお姉ちゃん。


 俺は後ろのポケットにラムネを2本忍ばしていたんだ。


「話したくない」


 雰囲気とかで察したんだろう。お姉ちゃんが沈んだ声で切り出した。頭の良い子だ。


「何でケンカを?」


 まあ、そんなことは気にせず訊くんだけど。


「何でもない」


 プイと向こうを向いてしまった。あ、これはほんとに話したくないときのやつだ。


「あの子のことが好きなのかな?」

「ちがう!」


 急にこっちの方を見て向きになって言い返された。どうやら違ったらしい。


「他人に絶対言われたくないことを言われただけ……」

「悪口!? うちの娘に悪いとこなんてないでしょ! 悪口言うにも、どこのことを言うのさ!」

「お父さん! 娘に甘すぎ!」


 かわいいし、優秀だし、非の打ち所がないんからしょうがない。


 でも、二人とも笑ってた。


「なに、屋根の上って……。不器用なおじさんみたいじゃない」

「不器用なおじさんなんだよ……」


 「年頃の娘との正しい接し方ってマニュアル」があったら高くても買うだろうなぁ。初めての娘で、初めての思春期。俺の頃とは時代も違うし、性別も違う。どんなことを考えてるのかも分からないし、どうしたいのかも分からない。


 そもそも高校生ってどんなことを考える時期なんだろう。俺がお姉ちゃんの頃はもう働いてたし、生きるので精一杯だったから俺からは何のアドバイスもしてやれない。


 親は高学歴である必要はないと思ってたけど、高校や大学に行ってたら自分の経験を元に娘にアドバイスがしてやれたんだろうか。


 たくさんの恋愛をしていたら娘にノウハウを教えてやれたんだろうか。


「お父さん……。そんなんじゃないから。そのまま座ってて」


 また……。俺なんも言ってないのに……。


 お姉ちゃんがそっと立ち上がって俺の背中にしがみ付いて顔を背中に付けた。暑いんだけど……。汗もかいてるし。


 お姉ちゃんは泣いてた。

 屋根の上で泣いてた。

 思いっきり泣いてもお隣には声も届かない。田舎だからお隣はずっと離れている。おっきな声を上げて泣いても誰にも迷惑にならないのに。


 この子はまだ16歳。


 突然母親がいなくなったんだ。悲しくない訳がない。平気なわけがなかった。どんな親でも親は親。

 母親を失ったのだから、悲しくないわけがないのだ。


 お姉ちゃんはお姉ちゃんだから泣くことも弱音を吐くこともできない。下には智絵里もいるんだから。


 俺はお姉ちゃんに辛い思いをさせてるな。でも、こんなときに俺は言ってあげられる言葉がない。


 お姉ちゃんの思いはお姉ちゃんだけのもの。お姉ちゃんの経験はお姉ちゃんだけのもの。


 どれくらい屋根ですごしただろう。


「ありがと、お父さん」


 そう言ってお姉ちゃんが背中から離れた。できれば前に来てくれたら抱きしめてあげることくらいできたのに。太ってると背中には手が回らないんだよ。


「ぼちぼち降りようか。昼間の羊羹って実は残ったのをもらって来ちゃって……智絵里が気に入ってたから全部食べられるかも……」

「早く降りないと!」


 その後は、いつものお姉ちゃんだった。そして、羊羹は智絵里によってなくなっていた……。


 ○●○


「家族会議をします!」


 下に降りるとお姉ちゃんがテーブルに両手をドンと突いて宣言した。


「「家族会議?」」


 俺は以前ピンク頭のYouTuberさんがくれたちょっといいお菓子を食べていた。「マカロン」っていうらしい。ちっちゃいハンバーガーみたいな形でピンク色のお菓子。もちろん、そっちも智絵里は食べている。


「転校手続きができないので住民票をこの村に移します!」

「ああ……!」


 俺は色々忘れてた。娘達の転校手続き!


「ごめん! 忘れてた! どうなってる!?」


 お姉ちゃんは「まあまあ」と両手の手のひらを前に出して慌てないようにとのジェスチャーをした。


「それに関しては転入の前にやりたいことがあって……。その準備をしたいと思っててて」

「うん……?」


 お姉ちゃんにしては漠然とした言い方で俺にはうまく伝わってこない。


「この家族会議では、一つ決めたいと思っていることがあるの!」

「な、なに?」


 圧がすごい……。


「私、YouTubeのチャンネルを育てようと思うの!」

「……はい?」


 お姉ちゃんの手には力が入っている。これまでもYouTubeはやってたって聞いていたけど……。


「私とちぃちゃんでそれぞれチャンネルを持ってるんだけど、それとは別にこの村でのことを発信していこうと思うの」

「うん……。それはこの村にとって良いことだと思う。でも、それはあのピンク頭のYouTuberさんがっやってるんじゃなかったっけ?」


 そこでお姉ちゃんが顎に指を当てて、探偵の様なポーズで言った。


「違う切り口で……。私達なりの情報発信ってやつよ!」


 ……なんか嫌な予感がするんだけど。



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