「お前、都会の子やろ? こんな田舎、退屈やないとや」
村長さんの孫の日向くん……だっけ。お父さんとちぃちゃんと一緒に村長さんの家に行って鶏糞をもらいに行ったら話しかけられた。
一緒に鶏糞を集めてくれるって堆肥にしてる小屋から一緒に出してくれてる。軽トラに載せたら運んでくれるって奥さんが言ってた。
「全然退屈じゃないよ?」
「だって、これ鶏糞ぜ!? 鶏のクソやろ!?」
鶏糞はアンモニア臭が強くて、くさい肥料として有名だ。でも、鶏糞は、炭素率が5~9と低いし、分解が速い。養分含有率が高いから 土壌中に有機物はあまり残らないので有機質肥料としては優秀。
これを混ぜたら土地がみるみる豊かになる。多分、大きくて美味しい野菜が育つ。この思い通りになるところが好き。
「うちはお母さんが言葉が通じなかったから……」
「お前の母ちゃん外人やったんか?」
私のお母さんには私たちの言葉は通じない。料理を作ってって言っても出かけてしまう。「お父さんみたいに中卒にはなるな」ってよく言われたから、勉強頑張るからお父さんをバカにする言い方はしないでって言ったのにやめてくれなかった。
お母さんのクセはため息。気付いたらため息をついてる。そして、ついでみたいに愚痴が出る。今の生活に対する愚痴、お父さんに対する愚痴、パート先の仕事に対する愚痴……。
みんながみんな今の生活が100点だとは思ってない。私だって現実に生きてるからそれくらい分かる。
でも、お母さんはいつも「足りないもの」を探す。お金、時間、愛情、バッグ、高級腕時計、美味しい食べ物……。仮に、全てが目の前にあったとしても、それでもなお足りないものを探すと思う。だから、一緒にいたら周囲の人も幸せがなくなっていくと思う。
お父さんは真逆。「あるもの」を見て喜んでくれる。私が幼稚園の時に描いた絵は100円ショップの額縁に入れて今も寝室に飾ってある。鶏肉が安かったとか、春の川の土手に菜の花が咲いてたとか、私の背が伸びたとか。ちぃちゃんが自転車に乗れるようになったとか……。きっとお父さんはいつも幸せを見てる。一緒にいたら私達も幸せになれると思う。
昔はおかあさんもそんなじゃなかったのに……。私達の言葉がお母さんに届いていたのに……。
「うーん……ある意味当たってるかも……」
「やけんか……お前は村の女と全然違う。キラキラしとー」
汗かきだとでも言いたいのかしら?
「普通女は都会が好きやろ? お前はわざわざ都会からこの田舎に来たんやろ? 変やろ」
私から言わせたらそっちの方がおかしい。私はできることを増やしたい。色々なことを覚えたい。そしたら、きっとお父さんが褒めてくれる。電動工具もお父さんより詳しくなりたい。畑仕事もたくさん覚えたい。あれもしたいし、これもしたい。
都会だと色々なものはあるけど、公園でボールを投げたらダメだし、火を使ったらダメ。大声を出したらダメだし、走ったら危ない。学校では全力でスポーツをしたらみんなから引かれるから、手を抜かないといけないし、テストも100点取ったらダメ。天狗になっても卑屈になってもいじめられるし、本当にやりたいことは他人に教えたらダメ。
その点、ここはいい。手伝ってくれるなら集まってくれたら嬉しいし、敵になるなら関わってこない。掘ってもいいし、走ってもいい。耕してもいい。おっきな音をさせてもいいし、鶏糞を集めても変な目で見られない。
「いや、鶏糞にまみれた女は変だと思っとーけんな。……少し声に出とったし」
おっと、私としたことが。
「高校……来んとや? 俺がじいちゃんに言ってやろうか? 転入試験100点やったらしいやん?」
田舎怖い。なんでこのいがぐり頭が私の高校の転入試験の点数を知ってるの!?
「田舎は色々情報が漏れるったい」
おっと、私は何も言ってないのに顔に出てしまったみたい。
「お前のとうちゃんのせいで畑の賃料が高くなったってみんな文句言っとった……」
「違うから! お父さんは全然悪くない! むしろ、この村のことを考えてる!」
「わっ、分かっとーって!」
しまった。つい、むきになってしまった。
「お前らこの村に来てどれくらや。まだ転校手続きが終わってないことをお前のとうちゃんは気づかんとや!? お前らきょうだいにとばっちりが来とーこと知っとうとや!?」
「やめて! お父さんは今は村を盛り上げることで全力なの。高校なんて、高卒認定試験受かったら行かなくても困らないし!」
昔は「大検」とか言ってたって聞いた。今は「高等学校卒業程度認定試験」って名前。通称「高卒認定」。絶対お母さんより高学歴になって、お母さんより幸せになってみせる。そして、お父さんも幸せにして、学歴は幸せには関係ないってことを証明するんだ。
「鶏糞女」
いがぐり頭が私の足元にスコップで鶏糞をかけてきた。
「へたっぴギター」
私もやり返した。
「うわっ! 汚なっ!」
日向くんが鶏糞堆肥を必死に払ってる。ざまぁ。
「高校くらい来いよ!」
また鶏糞をかけてきた。
かっちーーーん。私の頭の中で何かがキレたのを感じた。
〇●〇 善福熊五郎
(ドガッシャーん)「なんだなんだ!?」
村長さんのところの玄関先で話を聞いていたら、裏の方から何かの破壊音が聞こえた。裏の方ではたしか、お姉ちゃんと日向くんが肥料を軽トラに積んでくれていたはず! 俺は持っていた羊羹とお茶を智恵理に渡して走って村長さんの家の裏に走っていった。
……そこには信じられない光景が広がっていた。
お姉ちゃんと日向くんが取っ組み合いのケンカをしていた。二人とも鶏糞にまみれて。
「こら! 二人とも! 何やってるんだ!」
二人とも俺の声なんか聞こえてない。俺は急いで二人のところに駆け寄っていった。それでもケンカを止めたない二人の片足を掴んで天まで持ち上げた。
次の瞬間二人とも地面にしりもちをついて転んだ。俺はすぐさま二人を左右の肩に担ぎ上げた。
「うわっ! もう! もうやめたけん! やめたって!」
「お父さん! やめたから!」
どうやら、これだけで正気に戻ってくれたらしい。よかった。それでだめなら二人とも近くの池にでも放り投げるつもりだったから。
俺は二人ともを担いで村長さんの家の玄関のところまで戻ってきた。そして、玄関先にゆっくりと降ろした。
「どんだけ力があるとや!? ビビったぁ……」
「危なかった……。お父さんに怒られたら池とかに放り込まれるところだった」
お姉ちゃんも日向くんも玄関先で腰を抜かしていた。
「どげんしたとやー?」
村長さんが来た。
「すいません。ケンカしてたから止めまして……。若さが溢れたのかも」
俺は何だか訳が分からないことを村長さんに言って言い訳をしてしまった。
「恐ろしかぁ。日向と取っ組み合いのケンカばしよったとやー」
村長さんの奥さんは目を丸くしていた。お姉ちゃんは活発だけど普段は大人しい。だけど、あんなに誰かと取っ組み合いのケンカをしているのなんて見たことが無い。
「すいません……。普段はこんなじゃ……」
村長さんのお孫さんとケンカとか、一方的にお姉ちゃんが悪く言われてしまうのでは……。そんな考えはすぐに杞憂だったと分かってしまった。
「そん歳でおとこん子と取っ組み合いのケンカばするとか、将来見込みがあるわー。将来うちに嫁に来んね!」
「……か、考えときます」
お姉ちゃんは返しにいつものキレがなかった。俺は鶏糞堆肥はそこまでの量をもらって帰ることにした。ちなみに、智恵理は玄関先で俺の分の羊羹まで両手に持って食べていたみたい。村長さんはお茶のおかわりを出してくれていたみたいだ。うーん、大物になるぞ。この子は。