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第68話:糸より村、村民倍増計画 レベル1

 俺がせしるんの家で高熱を出して寝込んでから2日……、正確には丸一日寝込んでいたんだけど……。


 そのおかげで、せしるんからの求婚はうやむやになっている。


 お姉ちゃんからは「ちゃんと向き合ってあげて」とか言われている。智恵理からは「ヘタレ」と一言お言葉をいただいた……。


 俺にだって色々あるじゃないか……。


 せしるんとのことも含めて、俺が村長さんと霞取さんと打ち合わせした「糸より村、村民倍増計画」について進めて行ったので、それについて聞いてほしい。


 糸より村を県の内外の人に知ってもらい、糸より村に移住したくなるための施策だ。俺としては、3段階に分けて実施することにしたんだ。


「レベル1:村を見て体験する」


 これまで通り、YouTubeで糸より村の様子の動画を公開する。


 人気で登録者数が止まらない「くまくまみゅー」とサポート役の「にゃーたん」、それにボケ担当となりつつある「せしるん」が糸より村を紹介していった。


 直売所の人気はネットニュースなどでも話題になったこともあり、それに引っ張られる形で糸より村の動画も再生数を伸ばしていった。


 その動画の一部がこれだ。


 〇●〇


「はいーーー↓ くまくまみゅーの『くまくまチャンネル』ーーー↓ 今日も始まりましたーーー↓」


 今日も体中の力という力を抜いた状態の挨拶から番組は始まった。


「いや、くまくまみゅーちゃん、安定の低テンションだけど『くまくまチャンネル』ーーーは、お姉ちゃん今日初めて聞いたけど!?」

「私も初めて聞きました!」


 くまくまみゅーは大きめのパーカーのフードを被り顔を隠している。口元だけ見えているので、従来から言えば破格の露出状態だった。


 お姉ちゃんは大きめの猫の帽子を被っていた。「猫の帽子」というよりはぬいぐるみに近いかもしれない。


「にゃーたん」ことお姉ちゃんは安定のツッコみ役。せしるんはいても、いなくても大丈夫という、世にも珍しいポジションを得ていた。


「今日は、最近私達が作ってる『糸より村の紹介動画』についてまとめてみようと思うの」

「あーーー、提供だからねーーー↓」

「こら、そういうことを言わないの!」


 元も子もないくまくまみゅー。


「突然ですけど、コメント欄のメッセージを読んでいきたいと思います」

「せしるん、突然だなぁ」

「へへ……。えー……『福岡市から糸より村までのドライブ動画』のコメントです」


 せしるんがタブレットを持って読み始めた。


「福岡市から糸より村に行きたいんですけど、どう行ったらいいですか?」

「「……」」


 しばし沈黙が続いた。


「それは、『福岡市から糸より村までのドライブ動画』のコメントってことだよね?」

「はい、そうです」


 お姉ちゃんの質問にせしるんが答える。


「意図を汲み取ると、『動画なんて長いから見てらんねーんだよ』っていう……」

「くまくまみゅーちゃん! お姉ちゃん、そういうのはよくないと思うの」


 相変わらず、辺り一面毒を吐き散らかす、くまくまみゅー。


「これはね、ドライブ動画を3倍速で流してるからね。福岡市から糸より村まで車で1時間くらいで、それを3倍速なんで20分くらいの動画になってるからね……長いかな?」

「時代はショート動画なんで、10秒にまとめないと……つまり……360分の1?」

「それ何の動画なのか分かるの!?」


 話は取り止めがない方向へ……。しかし、トーク物の動画なんてこんなもの。ここに密かに色々が詰め込まれているのだ。


「この動画ね、お父さんが夜にお酒を飲みながら見るのよ」

「お父さん、暇なの!?」

「ほら、BGMが私のゆっくりな音楽のときと、くまくまみゅーちゃんのロックなときがあるじゃない?」

「あるね」


 約20分間、ドライブ動画が流れてもさすがに退屈だ。そこで、動画にはBGMが入れられていた。そして、ちょこちょことコメントも入っているのだ。


「お父さんは音楽にノリノリで見てるんだって。コメントにはツッコんでた」

「楽しそう」


 それ以上の広がりはなさそうだった。


「じゃあ、次。『直売所の紹介』の動画のコメントです」


 その辺り、せしるんはさっと切り上げ、次の話題に移動。空気を読むのだけは天下一品だった。


「直売所はどんなところですか?」

「これもひどい!」


 くまくまミューは大ウケ。


「これネタ? 誰か動画ごとにこんなコメント入れてない!?」


 そんな一言で、リスナー達は既に再生した動画を再度再生したので再生回数が伸びた。


「じゃあ、3つ目。『糸より村の畑に直撃』って動画のコメントです。これは糸より村で畑仕事をしている人のところに直撃したときの動画ですね」

「ちょっと待って。この流れでいくと……」


 ○●○



 こんな感じ。その後は実際に動画を見てくれ。お感じの通り、娘達のトークはゲラゲラ笑うようなもんじゃないけど、ちょっとした中毒性があるというか、独特の間があるというか……。


 ちなみに、それぞれの個別のチャンネルも人気だ。


 まずは、お姉ちゃんこと「にゃーたん」のチャンネル。



 ○●○


「はい! 今日はトーク回なんですけど、予告通り私の好きな電動工具について話したいと思います♪」


 智絵里はいないのでツッコミ不在である。各リスナーが画面の前でそれぞれツッコんでいることだろう。


「16歳の女の子の好きな電動工具ってなんだよ!」と。


 ライブではなく動画なのでリスナーのツッコミは彼女の耳には届かない。


「私が一番好きなのは、このアイリスオーヤマのインパクトドライバーちゃんなんだけど、これを言うと毎回コメ欄が荒れるんだよねぇ……。『マキタ最強だろ』とかね。まあ、あの独特の緑色は安心感があるよねー」


 画面ではマキタのインパクトドライバーをお姉ちゃんが持っている映像が流れている。トリガーをいたずらに引いて、パシュパシュと独特の音をさせている。


「この音も好き」


 どんな放送なのだろうか……。誰に向けた内容なのだろうか。


「見て、リョービの赤もかわいいよねー。ブラック・アンド・デッカーのオレンジを見ると『アメリカから来たぞ』って気がするしねー」


 お姉ちゃんは工具に関して独特の感性を持っていた。


「あ、HIKOKIも忘れたらリスナーさんに怒られちゃうね。この間はHIKOKIを『ハイコーキ』って読むか『ヒコーキ』って読むかって話題だったけど、あ、メーカーさん的には『ハイコーキ』だよ? ホームページとかにも書かれてるし」


 本当かどうか、ちょっとホームページ確認してくる。


 ……あ、本当だった。


「あえて、わざと『ヒコーキ』って呼ぶのはどうよって話だったのね。詳しくは概要欄にリンク貼っとくからそちらで見てね。今回はそうじゃないの! これです! じゃーん!」


 そう言ってお姉ちゃんは、小さな電動ドライバーを映した。


「ベッセルの電動ドライバー! もちろんね、インパクトじゃないんだけど、これかわいくて、初めて見たとき衝動買いしちゃったから!」


 ん? よく考えたらお姉ちゃんって工具持ち過ぎじゃない!? インパクトドライバーだって1個1万5000円くらいはするはず。そのベッセルだって安くても5000円はするでしょ!?


 そう言えば、登録者数が50万人いくとかいかないとか……。もしかしたら、お姉ちゃんってお金持ち!? 今度訊いてみるか。


「ほら、トルクはないんだけど、マグネットコンタクターの端子のねじとか締めるときってインパクトだと壊しちゃうし! ベッセル必要だと思わないーーー? 私は道でいつマグネットコンタクタの端子を締めてくださいって頼まれても締められるようにベッセルちゃんをずっと持って回ってるから!」


 ついに「ベッセルちゃん」とか言い出した。


 しれっと、飛行機で「この中でお医者様はいませんか!?」みたいなシチュエーションで、街中でマグネットコンタクタの端子を締められる人をーーーって。ないわ! マグネットコンタクターって工場とかの装置の中とかに組み込まれてる部品だから!


 ○●○



 帰ってきた……。お姉ちゃんも独特の世界観を持ってるんだよな。日常でベッセルを何に使ってるのか、その後の動画を見たい気もする。パーっと早送りしたら、実演もしてたし。誰に向けての動画なのか本当に分からないけど、人気なものはしょうがない。


 智絵里の動画は、今日はギター演奏回みたいだからスルーしておこう。



 せしるんの方は・・・と。



 ○●○


「今日は家の中でリフォームできそうなところを探してみたいと思います」


 せしるんは独自にリフォームを開始した。


 ただし、何の知識も、何の経験も、工具も、消耗品もなかったので、俺に習いながら行うこととなった。YouTuberと言えばアイドル的な要素もあるのだが、俺とは年齢差が親子ほどあるため、「男」と認識されなかったようで番組として成立したようだった。


「これ見てください! 『にゃーたん』さんから高輝度LEDとレーザーポインターをいただいてしまいました! 天井とか手が届かないから、これで指し示しながら打合せするといいんだよって、教えてもらったんです!」


 せしるんは緑色のレーザーポインターで天井に光を当てる。レーザーなので、かなり離れていても2センチから3センチの光の点が天井に現れる。


 ちなみに、俺はレクチャー兼カメラマン。男の俺が映ってもしょうがないので、声だけの出演だ。


「あ、お父さん。これどうですか? 床のとこの板が外れかけてます」


 せしるんがフローリングと壁の境目辺りを指さして言った。カメラ的にはその指さす先を映す。


「その板は、『巾木』っていうんだよ」

「ババキ?」

「ハバキね」

「ああ、ハバキ。初めて聞いた名前です」


 せしるんが触っていると、出隅のところの巾木だったので15センチほどしかなく、取れてしまった。


「あ、お父さん。これどうしたらいいですか?」

「うーん、専門の接着剤もあるんだけど、それくらいなら木工ボンドで十分だよ」

「モッコーボンド……」


 たぶん、せしるんは木工ボンドを知らない感じだった。中学とかのとき技術の授業ってなかったのだろうか。


「100円ショップとかにも置いてあるよ」

「そうなんですか。買いに行きますか!?」


 急に元気になる、せしるん。


「今日は俺のボンドがあるから、それを使おうか」

「持ってるんですね。モッコーボンド……」


 俺とドライブに行くことを考えてたわけじゃないよね!?


 ○●○



 と、まあ。せしるんの方は初心者向けのリフォームも動画のコンテンツとして持っている。他には、村のおばあちゃんに料理を教えてもらいに行く、農家さんの畑を見せてもらいに行く、など糸より村の紹介も兼ねているコンテンツが増えて来ていた。


 各人の動画の再生数を伸ばしていくのと同じスピードで糸より村の紹介動画の再生数も伸びていった。俺の考える「糸より村、村民倍増計画」の1番目、「レベル1:村を見て体験する」はこうして実現していった。


 次は、レベル2に移行する。


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