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5 楽園への道

私に与えられた最初の試練は、とても簡単だった。


アイコン化されたライセサマの御姿を右手の甲に描き、それを画像に撮ってメッセージで返信しなさい、と。


ちょっと肩透かしだったが、私はその指示をすぐに実行した。


するとまた、五分もしないうちに返事がかえって来た。

そこには第一の試練を見事乗り越えた私に対する賞賛と激励の言葉が並んでいた。


ああ、なるほど。確かにこれはゲームだ。


赤の他人に、些細ではあるが、成功体験をさせることで元気や自身を与えるゲーム。

こんなシステムを考案した人は、それこそ神様仏様のように優しくて立派な人に違いない。


そう思うと私は目がしらがジワッと熱くなり――、滂沱と涙を流していた。

なぜ泣いているのか自分でもよく分からなかったが、私は自分の中で感情が方向性も定まらないまま、暴れているのを感じていた。


そう、私はその時、確かに感動していたのだ。


それからも試練は毎日のように続いた。

学校には行かず一日公園で過ごす試練。

徹夜して朝方、ちょっときつめのホラー映画を見る試練。

街中で蟻の行列を延々潰し続ける試練……。


多様な試練にどういう意味があるかなど、考えもしなかった。

与えられた試練をやり遂げ、証拠としてそれを自ら撮影し、メッセージで送信する毎日。


その度に私を賞賛し、激励する言葉が届けられる。

その度に私はライセサマとの絆が確かに深まってゆくのを感じた。


だから、私には家族も友達も必要がなくなっていた。

それは多分、向こうも同じだろうけど。


だけど……。

強い抵抗を覚えて、なかなか実行できなかった試練が一つあった。


それは持ち物のなかでも一番大切にしている物を焼き捨てなさい、というもの。


一番大切なもの……。

私にとっての宝物……。


考えるまでもなく、それはウサギのヌイグルミだった。


名前はラビ太。


某国民的アニメのキャラクターの一人で、本当はそんな名前じゃなかったけれど、幼い私がそう勝手に名付けたのだ。

少しとぼけた表情とかわいい蝶ネクタイを付けたラビ太は、数年前、亡くなったお婆ちゃんからのプレゼントだった。


いつも優しくて穏やかだったお婆ちゃん。

面白い話をたくさん知っていて、いつも家族を大爆笑させていたお婆ちゃん。

私はそんなお婆ちゃんが大好きだった。


そして、お婆ちゃんが贈ってくれたラビ太はいつもそばにいてくれて、まるで親友のように話を聞いてくれて、私のことを守ってくれていて――。


だけど、そんなのは嘘だ。


ラビ太は……ヌイグルミなんて、フェルトと布と綿で出来た紛い物にすぎない。

どんなに思い出深くても、そこには何もないのだ。


だから、私は学校の裏山でラビ太を百円ライターの炎で炙って、焼いた。


最初こそ辛くて胸が苦しくて、小さな子どものように泣いてしまったけれど――。

真っ黒に焦げて原型が分からなくなったそれを見て、私はすっかり白けた気分になっていた。


やっぱり、感傷的になっていただけらしい。

お婆ちゃんには悪いけど、ヌイグルミなんてハッキリ言って宝物と呼べるほど高価なものでもないし。


そう思った途端、何だか身体が軽くなった様な気がした。

地面に縛りつける重力が弱まって、ふわりと宙に浮きかけたような気が。


そして、最後の試練が送られてきた――。

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