廃墟のラブホテルの窓はどれも薄汚れ、投石対策のためか、そのほとんどが分厚いダンボールで覆われていた。そのわずかな隙間から刺しこむ夕陽に照らしつけられながら、私は荒れ果てた廊下を進んでいった。
もう、ここを引き返すことはないというのに奇妙なくらい足取りは軽かった。
まるで夢の中にいるみたいに、ふわふわとした心持ちだった。
屋上に出て――
「うわぁああ……」
そこに広がる景色に私は思わず嘆息していた。
遥か遠目に夕闇に沈みゆく街があった。
私の家や学校がある街。ポツポツと明かりが灯っている。
それは頼りなく、とても儚げで――綺麗だった。
そう思った瞬間、不意に。
本当に突然、私は泣きたくなった。
どうして、こんな気持ちになるんだろう?
こんな街、今までちっとも好きじゃなかったのに。
家族や友達、学校の先生、近所の人達のことも私はどうでもよかった。
彼らが私のことがどうでもよかったのと同じように。
一分一秒でも早く、私はみんなの前から消えたかった。いなくなりたかった。
なのに、私はまだ――。
いけない。
心の中に生じた余計なものを振り払うかのように、私は首を横に振る。
早く試練を終わらせよう。
ライセサマをあまりお待たせたくない。
万が一、ライセサマを失望させ見捨てられたとしても——私に変える場所はもうない。
「……行きます。今、行きますから。今、行きます」
呪文のように同じ言葉を唱えながら私はフェンスをよじ登ってゆく。
駐車場の向こうに私が半日かけて描いた金魚――、ライセサマの御姿が見えた。
あれは私の墓標みたいなもの。
そしてこの地にライセサマの力が出現したことの証。
自然と私の口元はほころんでいた。
ライセサマ、今こそあなたのところに――。
打ちっぱなしのコンクリートに向かって、私が身を躍らせようとした時だった。
「――おい。ちょっと待て」
すぐ後ろから低く響いたのは男の声。
首筋の辺りをガッと太い指に鷲づかみにされ――、私は強い力で引きずり降ろされていた。