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第七話 ラブレター

 故人の手紙を読むことにはいささか抵抗を感じたが、好奇心の方がそれに勝った。封筒から花模様をあしらった白い便せんを抜き出す。そこには美紅に対する切実な想いを伝える文章が綴られていた。


『 拝啓 菅沼美紅様

 突然のお手紙に驚かれたことと存じます。

 初めてあなたとお会いしてからというもの、わたしの頭の中はあなたの事でいっぱいです。

 ご無礼を承知でこの手紙をしたためております。

 あなたが学校でわたしに送ってくれる微笑みだけが、今のわたしを元気にしてくれます。

ですから、これからも、あなたの屈託のない笑顔を少しでもいただければそれだけで幸せなのです。

 もしご迷惑でなければ、喫茶モアにて、ゲーテの詩集について語り合いませんか。                           敬具

あなたの永遠のファンY・Tより』


 Y・T?無論わたしのイニシャルではない。喫茶モアとは、わたしと美紅が通っていた大学の最寄り駅にある喫茶店だ。もちろんわたしも美紅と入ったことがある。わたしと美紅がつき合い始めたころ、別の人物も美紅に想いを寄せていたということになる。

 別の男性からの手紙はこの一通だけなのかといぶかしく思い、さらに箱の中を漁ってみるとどうだろう、同様の手紙があと二通も見つかった。しかもどうやら二通とも別人からの手紙なのであった。

 二通目はクリーム色をしたスヌーピーの便せんに綴られていた。


『前略 菅沼さま

 率直に言って、ぼくはあなたのことが好きです。ひと言で言い表せないぐらい好きになってしまったのです。

 キャンパスで初めてあなたを見かけてから、ひと目惚れしてしましました。

あなたが受ける講義、ゼミなどを全部調べました。残念ながら学部が違うのでいつも一緒にはなれませんでしたが、片時もあなたのことを忘れたことはありません。時が経てば経つほど、ぼくの頭の中はあなたの魅力でいっぱいになってしまったのです。

 ぼくは口下手なので、上手に今の気持ちを伝えることができません。でも心の底からあなたを愛したいと思っています。

もしよろしければおつき合いをしていただけませんでしょうか。  草々

T・N』


ここまでストレートな表現ができるとは・・・・・・わたしにはとてもできない。なんて奴だ。

 そして三通目を開いた。古めかしい古紙のような便せんにそれは綴られていた。


『 菅沼美紅どの

一筆ひとふで示し参らせ候

 単刀直入に言う。あなたのことが好きだ。

 何が好きなのか、自分なりに分析してみた。一緒にいると心が落ち着くし、無性に“ファイト”のような熱いものが込み上げてくる。

 小生、頭も悪いし容姿も悪い。それでもあなたと一緒に笑顔でいたいと思った。

 こんな自分でよかったらつき合っていただけないだろうか。

一生懸命精進して、一緒にいてもあなたが恥ずかしい思いだけはしないように努力する。切に、切にお願い申し上げる。   かしこ

N・Oより』


 なんだこの時代掛かったラブレターは。武士か?・・・・・・ということは、当時美紅はわたしを含め、四人の男性から言い寄られていたことになるではないか。

 正直わたしは混乱した。つき合っていた頃から今日にいたるまで、妻はそういう素振りを一切見せたことがない。わたしは妻の位牌を眺めた。

「美紅。おれと一緒になって後悔していないか。もしこいつらの内の誰かと結婚していたら、もっと幸せな人生が送れたかもしれない。どうなんだ?」

 写真の中の美紅は、いつものようにただ笑っているだけだった


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