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その三 ゴブリン討伐

 朝食をしっかり摂った後、私は一度部屋へ戻り装備を整えることにした。

 男同士、女同士で部屋を取っているのでゼーロも一緒だ。


「調子はどうだ?」

「ああ、問題ない。いつでも戦える」

「なんか朝はボーっとしてたけど、ただ寝むかっただけみたいだな」

「はは、朝はどうしてもなあ」


 私は防具を着込み、剣を手に取る。

 かなり久しぶりにグリップを握ったのだが、懐かしさを感じさせず手に馴染んだ。


「軽いな」

「お、マジか。調子いいんじゃねえか」


 ゼーロはそう言って自身の獲物である大剣を肩に担いでいた。私が剣と盾で牽制し、ゼーロがトドメを刺すという戦闘スタイルだ。

 それはともかく剣を持った感じ、若いというだけでこうも違うのかと驚かされた。


「よし、それじゃ行こうか」

「おう!」


 装備を整え終わり、ポーションなどが入った腰のベルトへつけるカバンを装着して部屋を出ていく。

 ロビーへ行くと先にクインティとセクスタが待っていた。

 クインティは魔法使いらしいスミレ色の生地に金の刺繍のあるローブを着ている。そこに白のショートマントを羽織り、サークレットを被って青い宝石のついたロッドを持っていた。

 セクスタは白の聖職服に神官帽子を装着している。武器はハルバードで、割と物騒な得物を携えていたりする。

 二人とも服の生地に魔法がかかっていて軽い攻撃なら受けきれる。弱い魔物なら二人でも近接戦闘ができるくらい丈夫なのだ。


「あ、来た! どう、いけそう?」

「問題ない、行こうか」

「ちゃんと戻ってくるんだよ」

「はい!」


 クィンティが私を心配して顔を覗き込んで来た。相変わらず可愛い顔をしているなと思いつつ、少し視線を逸らしてしまう。

 その横では受付にいる宿の女将さんが私達にちゃんと戻って来いと笑っていた。冒険者という職業柄、帰ってこれない可能性もあるからな。

セクスタが挨拶をして宿の外へ出ると、少しどんよりした空模様だった。


「さ、行きましょ♪ ゴブリンを倒して村を助けないと!」

「そうですね! さ、行きましょう」

「あ、ちょっと! セクスタ、なんでジングの手を引っ張ってるのよー!」

「おっとっと……」

「はは、モテていいなあジングはよう!」

「そんなことを言っている場合じゃないだろ!?」


 私は両脇にクインティとセクスタをぶら下げて、笑うゼーロに抗議の声を上げた。

 段々と『こうだったな』という記憶が蘇ってくる。

 懐かしい……そして、このころは本当に楽しかったなと。


「おし、スープラよろしくな」

「今日もよろしくね♪」


 結局、二人が両脇にくっついたまま歩いていき、少し離れた厩舎へ到着した。

 そこには私達が飼っている馬、スープラが居るのだ。

 こちらを確認すると寄ってきて、柵の向こうから『おはようございます』といった感じで鳴いていた。私達四人にスープラがこのパーティの全容だ。

 馬車はなかなか高価な代物だが、依頼をこなして馬と一緒に買ったんだよなあ。

 ゼーロが馬車の用意をして乗り込むと、そのまま町を出ていくことにした。


「昨日の内に依頼を受けているから楽でいいな」

「ああ。クインティ、悪いけどいつも通り雑魚が来たら魔法で追い払ってくれ」

「オッケー!」


 御者台に座り、手綱はゼーロに任せる。クインティは魔法使いなので、目標以外の魔物が来た場合、追い払うというのもいつも通りだ。

……よしよし、気づかれない程度にはちゃんと思い出せているな。


「他のパーティも別の集団に行っているんですよね」

「予定ではそうだ。向こうも集団を形成しているから、こちらも……というのが今回の作戦だしな」


 そうそう、この依頼は町と村の間にある森にゴブリンが棲みつくようになり、双方に被害が出ていることから冒険者を頼ってきたんだったか。

 クインティが言ったように村の方が被害は大きい。防衛に難があるため、作物や家畜がやられている。

 そのため今は冒険者が交代で常駐しているはずだ。

私達は遊撃でいくつかのパーティでゴブリンの集団を撃破するのが目的だ。


「ま、私の魔法で一気にやっちゃうわ!」

「怪我をしたらすぐにわたしのところへ来てくださいね?」


 ただ、記憶が蘇った今、確かこの依頼の時クインティが少々危ない目にあったことを思い出す。


「……」

「ん? どしたの、ジング?」

「あ、いや、さっさと終わらせて美味いものでも食いたいなって」

「だなあ。そんじゃさっさと持ち場へ行きますか」


 いかんいかん、ついクインティをじっと見てしまった。どのタイミングで危機があったかも思い出したのでそこだけ気を付ければいいだろう……

 そのまま他愛のない会話をしつつ、目的地へと馬車を進ませていく。

 この土地は通りすがりの町で、旅の途中で立ち寄ったギルドで路銀を稼ごうと思ったところ頼まれた依頼である。

 私たちはこの頃、ランクがBになって間もなくだった。なので『そこそこ腕が立つ』と認識されていたのである。

 こういった難易度の高い依頼を任されるのはランクが上がったなと感じ、嬉しかった覚えがある。

 ランクは上にダブルB、AとダブルA、そしてSにダブルSと続く。

 まだまだ先は長いが、このまま旅を続けていけばダブルAまではいけるのは一回目の時に経験済みだ。


「……さて、そろそろ現場だぜ。用意はいいか?」

「ああ」

「もちろん! ここまで魔物が出なかったから魔力も十分よ!」

「わたしはここでスープラさんを守りながら状況を見ますね」


 いつもの……私にとっては久々のオーダー確認で思わず笑みが零れる。商人としてやってきたが剣士として盗賊たちと戦える程度には鍛えていた。

 さて、当時のことを思い出しつつ戦ってみるか。

 指示された現場近くに差し掛かった瞬間、異臭が鼻をつき、ゴブリンが近いことを知らせてくれる。


「うへ、酷い臭い」

「おかげで見つけるのが簡単だからいいだろう?」


 ゴブリンは死肉も食らうし、体を洗うという所作がない。故に近づけば腐臭がするため、ほぼ間違いなくその近くにはゴブリンが徘徊している。


「この距離でも臭うのは勘弁だな」

「ぼやくな、ゼーロ。倒しやすいのはありがたいだろ? クィンティ、頼む」

「オッケー! 〈フレイムボム〉」


 クィンティの魔法で先制を仕掛けるのが私達のパーティの戦法だ。フレイムボムという着弾すると爆発する魔法で視覚と聴覚に刺激を与えるのが目的である。

 すぐに彼女が杖を振って魔法を放ってくれた。放物線を描いて飛んでいき、ゴブリン達の群れの真ん中に着いた瞬間、弾けた。


「グギャ!?」

「行くぞ!」

「おうよ!」


 私はゼーロに合図をして茂みから飛び出した。爆発の混乱で困惑しているゴブリン達を目にし、一番近くに居た個体の首を飛ばす。


「お、なんだ? 調子いいじゃねえか! ならこっちも――」


 私の一撃にゼーロが目を丸くして驚いた後、ニヤリと笑って別のゴブリンへ斬りかかっていく。

 ……体が軽い。

 というのは先ほど宿で剣を振ってから分かっていたことだが、それ以外にも身体が最適化されている気がする。

 簡単に言えば歳を取った経験が若くなっても活かされているということ。剣の握り、振り、体捌き。

 色々な要因はあるが、ここからもっと修行を積んで会得するものはすでに習得しているという感じだろうか。


「はあっ!」

「わ、凄い。ジング、実は調子いいんじゃない」


 ゴブリンをあっさりと斬り伏せる私にクインティが感嘆の声を上げる。

 実際、過去の私は一体倒すのにそれなり時間がかかっていたことを思い出す。

 だからクィンティが窮地に陥った原因はこちらにもあるため、申し訳なかったな。

 しかし今回は余裕がかなりある。記憶が確かならゴブリンの残りが三体になったあたりで不意打ちを仕掛けて来た個体が居たはず。


「ゼーロ、右だ」

「おっと、サンキュー!」

「流石はジングさん!」

「私も! 〈エアナイフ〉」


 そこでクィンティがダメ押しで風属性魔法を放つ。ロッドを掲げるとゴブリンの頭上に薄緑色をした風のナイフが四本現れた。

 彼女がロッドを振り下ろす動作をすると、ナイフが二体のゴブリンを刺し貫いた。

 この攻撃も覚えがあり、ここで奇襲を仕掛けてくる相手が出てくる合図でもあった。


「ゼーロ、少し任せる」

「おう!」


 ゼーロも調子がいいみたいで、残りを任せても良さそうだ。すぐに踵を返して少し離れたところに立つクィンティとセクスタの下へ行く。


「クィンティ!」

「え? どうしたのジング?」

「そっちは大丈夫なんですか?」

「え?」


 私が駆けつけると不思議そうな顔でクィンティとセクスタが首を傾げていた。

 さらにその足元には黒焦げになった死体と、セクスタの斧で真っ二つにされた死体があった。


「あ、え、倒したのか……?」

「うん。嫌な気配がして振り返ったら二体居てさ。でも、セクスタに手伝ってもらってなんとかなったわ!」

「そ、そうか! さすが二人だ。俺は戻る」

「うん!」

「頑張ってください!」


 まさか倒しているとは思わず困惑しながらも笑顔で返せた。順調に倒せていたから流れが変わったのだろうか。


「……?」

 そんなことを考えた一瞬、懐中時計がカチリと鳴った気がした。

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