女性用化粧品は、とにかくお金がかかる上に消耗品である。
平社員の仁愛が、それなりのものを全てを揃えるには、少し頑張らないければならない。
東京に住んでいなければなんということはないのだが、なにせ家賃光熱費が高いので、自分磨きに使うお金など、ほとんどなかった。
「よし! じゃあこれからブランドエリアがある三階で、仁愛の化粧品を買おう」
「うぇっ!? そそ、そんな、悪いです! 女性用化粧品って、すごく高いんですよ!?」
和樹の提案に、仁愛が
「全然構わない。何千万円もするわけじゃないでしょ?」
「それは、そう、ですが……」
「いいかい仁愛、これは仁愛のためだけじゃないんだ。これから仁愛は僕の妻として様々な場所に行くことになる。その時、最上級の化粧品を使いこなせていないと、君だけじゃなく僕の株も下がることになる。だから仁愛の化粧品は僕への投資、僕の買い物でもあるんだ」
それはずるい言い方だ、と仁愛は思う。
しかし、理には適っている。
仁愛だって立派な成人女性なので、化粧に興味がないわけではない。
やり方もきちんと習ってきたし、使いこなすことだってできる。
ただ、それらを買うお金がなかっただけだ。実家が大金持ちである仁愛にとって、この〝お金がない〟という状況を知れたのは、大きな人生経験になるだろう。
「……わかりました。では、そこは和樹さんのご意見に従います」
「それともう一つ、買いたいものがあるんだ」
「え?」
和樹は少し照れて頬を
「僕らの共同財布がほしいかな、って」
「共同財布!?」
「うん。その中にある程度、お金を入れておいて、それを自由に使えるようにするための財布を買っておきたいんだ」
「どうして、そういうものを?」
「例えば日常の買い物とか、急にお金が必要になった時に、そこから出してもらえればなって」
「なるほど。一定額をその財布に入れておいて、お互いに
「うん、それが理想じゃないかな」
「賛成です!」
仁愛はこくこくこく、と、頷く。しかし内心では、きっと和樹がほとんど補填しまうんだろうな、とも思う。しかしそれは仁愛にとって本意ではない。だから、食事や日用品の買い物をした後、すぐに補填しようと心の中で勝手に決めていた。
「それじゃ、買い物に行こうか」
「はい!」
こうして和樹と仁愛は、互いに着替えて外に出た。
そして。
二人は三階にあるブランドエリアに向かった。
さすがに和樹の顔は知り渡っていたらしく、フロアマネージャーの名札をつけた女性が和樹に声を掛けてきた。仁愛は、久しぶりにこのような場所にやって来たので、少し落ち着かなかった。
香水の匂いが鼻を突き、きらびやかな宝石が目を攻撃してくる。高級な布の香りも混じって、もう仁愛の鼻は爆発しそうだった。
仁愛は感覚が鋭すぎるのだ。
「仁愛、こっちへ」
「ふぁい~~……」
もう既に目が回りそうだった仁愛の手を、和樹が取って歩き出す。
それからはもう、言われるがままの人形状態だった。化粧品コーナーに連れて行かれ、仁愛の肌質にあうであろう化粧品を次々と並べられていく。
ベースメイク、スキンケア、アイメイク、リップ、チークなど一式と、それらを使うための道具まで揃えられ、それぞれ粉やら液体やら色々と試されて、手慣れた店員の手によって仁愛にメイクが施されていく。
いかがでしょうか、と鏡を向けられた時、まるで他人ではないかと勘違いするほど顔が変わっていた。
ピンと伸びた
チークによって染まった頬。
さくらんぼのようにぷるぷるとして輝く唇。
単純に
「ねえねえ和樹さん、こんなメイクどうです?」
振り返って和樹に顔を向けると、和樹の顔が固まった。
和樹はもともと仁愛のことをかわいいとは思っていた。しかしこうやってしっかりメイクをした仁愛は、元々の
「和樹さん? 気に入りません?」
「あ、いや、すごく素敵だよ。文句なしだ。店員さん、今使ったものを全部もらうよ」
「え、えええっ!?」
今、仁愛が試させてもらったものは、どれもこれも一品で何万円もするものばかりだ。仁愛は次々と出される度にその化粧品の値段を見て、試すのはありだけれど買うのはなしだな、と思っていた。
ところがそんな品を、和樹はあっさりと買ってしまった。
(ちょっと……化粧水二本で、前に住んでいたところの家賃を超えるんですが……)
あまりの出来事に、仁愛は冷や汗が出そうだった。
「か、か、和樹さん、ちょっと、いくらなんでもそんな――」
「僕が気に入ったんだからいいんだよ。そのメイクに素敵なドレスをあわせたら、どんなパーティーだろうと、自信を持って君を紹介できる」
「そ、う、ですか?」
「そうさ」
「うう……では、お言葉に甘えます。ありがとうございます!」
「こちらこそ、受け入れてくれてありがとう」
仁愛と和樹が、互いに笑顔で頭を下げた。
化粧品代は、きっと総額で数十万円はする。
馬子にも衣装というけれど、衣装代が高すぎだ。
仁愛はきちんとした馬子にならなくては、と、気を入れていた。
その後は、二人で共同の財布を買った。
……シャネルの赤い長財布。
おそらくこのフロアだけで、百万円は飛んでいた。
「ねえ和樹さん、長財布で赤いのがいいとは言いましたけど、なにもブランドものを選ばなくても……」
「え、ああ。でも安い物はすぐ壊れるから」
あっさり百万円使ってしまう和樹のこの金銭感覚だけは、絶対に矯正しよう。
仁愛は和樹に対して、強くそう思った。