その後、和樹は晩ご飯を食べに行こうと言い出したが、仁愛は明日のお弁当のことがあるので、食材を買い、自宅で食べないかと提案し、和樹はそれに同意した。時間的に仕込みを行うような料理は作れないので、中華にすることにした。
時刻は午後五時半。
和樹にはここでの買い物を部屋に持って行ってもらい、その間に仁愛が買い物を済ませる運びとなった。仁愛が最初に和樹のキッチンを見て思ったのは、インスタント食品や冷凍食品が多いことだった。その反面、生鮮食品や米は全くなかった。
男性の一人暮らしでお金持ちなのだから、そんなものかもしれないなあ、と仁愛は思いつつ、米五キロ、キャベツ、レタス、
「はうっ!」
そこで仁愛は、あっさり壁にぶち当たった。
非力な仁愛にとって、買ったものがあまりにも多すぎたのだ。
特に、五キロの米。
「む~……これは
さて、困った。
二つのエコバッグは既に満杯であり、これを持つのもやっかいだ。
それに加えて、五キロの米。
普段なら、こんなイージーミスは絶対にしない。それなのにやってしまったのは、お化粧で浮き足立っていたことと、三階であんな買い物を見せつけられた直後だったので、いろいろ感覚が狂ったようだ。
「むむむ……」
どうするかと考えていた仁愛だったが、打てる手は一つしかなかった。
少し恥ずかしいけれど、カートごと部屋に運ぶ、というものだ。
ただ、それにしても重いし多い。はたして上手くカートを操って和樹の部屋に行けるのか。
そう思っていて時だった。
「仁愛!」
聞き慣れた男性の声が、仁愛の耳が敏感に捉えた。
「はぁ、はぁ、きっと荷物、多くなると思って、迎えに来ちゃった」
「うう……かずきさぁ~ん……」
思わず抱きしめそうになったが、一歩、足を出した時点で我に返り、やめておいた。
「さあ、荷物を持つから。帰ろう」
「はい~~」
和樹がバッグを持ち、仁愛は五キロの米を大事そうに抱えて、先を歩く。
その時、和樹はまるで小さな仁愛が笑顔で、赤子を抱っこして歩いているみたいだな、と思ったが、瞬時に、ということはその赤ちゃんの父親は……と考えてしまい、思考を停止した。
こうして和樹と仁愛は、無事に買い物を終えると、部屋に戻った。
仁愛は化粧品類の整理は後回しにして、早速、炊飯器を掃除し、釜を磨いて米を炊く。
そして米が炊けるまでの時間を無駄にせず、買ったものを冷蔵庫や棚に片付けていった。
和樹は仁愛から受け取ったレシートを横に、リビングのテーブルにノートパソコンを持ち込み、なにやらキーボードを
少し気になったものの、仁愛は家事に忙殺されてしまった。
今日の晩ご飯は
鍋、まな板、包丁、皿、様々な調理器具を広げ、食材を置いても、まだ余裕がある。すごく広いキッチンだったけれど、仁愛にはやや高さが足りなくて、低めの踏み台を使わないと丁度いい高さにならないことが、若干仁愛を
身長があと五センチあればぁあっ!
そんなことを悔しく思いつつ、手際よくIHヒーターの電源を入れ、その
かくして三十分後。
ダイニングテーブルの上には、全ての料理が並んでいた。
「なんかいい匂いが……おぉ!」
自室から出てきた和樹が思わず
テーブルに並んだ料理たちは、香ばしい匂いを部屋に広げ、存在を主張していた。
「あ、和樹さん。ちょうどよかった。今、できましたよ!」
「うん、どれも美味しそうだ! 本当に、外食にしなくてよかった!」
「あは。それはちょっと、
仁愛が微笑む。
まだ化粧を落としていなかったのと、エプロン姿。元々のかわいさがこれらを引き立て、和樹の胸を打ち、顔を熱くした。
当の仁愛は和樹にそんなことを思われているとはつゆ知らず、
「それでは」
湯気立つ料理に両手を合わせ、目を閉じる。
和樹も思わず、仁愛にならって同じ仕草をした。
「「いただきます!」」
声を揃えた後、仁愛は立ち上がり、小皿を取ってそれぞれ料理を盛り、和樹の前に置く。
「あ、ありがとう」
「いいえ♪」
軽く頭を振って気を取り直し、青椒肉絲を箸で口に運ぶ。
「わああ、美味い!」
「よかったです。中華はあんまり自信がなかったので」
小首を
和樹は食事を続けながら、どんどん仁愛に
仁愛との関係はあくまで偽装。契約結婚だ。
そういう関係だからこそ、仁愛はここにいてくれる。
だから本当に好きになってしまってはいけない。
仁愛だってそんなの望んでいない……だろう。
しかし和樹は自分の気持ちに、なるべく素直になりたかった。
それが可能であれば。