「そ、そんな」
和樹が項垂れ、拳を固く握りしめた。
「
「うう……」
仁愛はその時の二人の心境に思いを馳せ、涙を
「凛月は日に日にやつれていって、抗がん剤の副作用で髪が抜けた姿を写真に撮られるのを嫌がった。それでも僕は、今の姿だって綺麗だって伝えて、なんとか撮らせてもらってた。僕は、凛月と笑い合った日々を、余さずこの胸に焼き付けたかった。どんな姿になろうと凛月を愛していた。できることなら、一緒に生きたかった……」
いつもはあまり動じない和樹が、顔を伏せ、拳を握りしめている。
その身体は、細かく震えていた。
「かずきさん……」
仁愛は思わず、涙しながら和樹の背中に手を当てた。
和樹は、凛月と一緒に病魔と闘った。
きっとそれは、こうして語られている内容の何倍も壮絶で、何十倍も辛かっただろう。そんな和樹の気持ちに寄り添いたいと、仁愛は強く思った。
「余命宣告されてから四ヶ月後……凛月は何度か
「凛月さんは、なんと?」
「わたしのことは忘れて、かずくんはきちんと幸せになってね。今まで本当にありがとう。かずくんがいてくれたから、わたしの人生は幸せだった、って。それが凛月の、
「うう、ううううううう……あああああ」
仁愛は堪えきれず、声をあげて泣いた。
「仁愛が泣いてくれるの? 凛月のために?」
「あたりまえじゃ、ないですか。凛月さんは、気高くて、すば、素晴らしい女性です!」
「仁愛……」
和樹は、力が入っていない微笑を見せる。
きっと、和樹は寂しい時間今までずっと一人で過ごしてきたのだろう。
ここで、凛月に思いを馳せて、何度も心の中で泣いていたはずだ。
そして不思議と、凛月への嫉妬心は湧いてこなかった。
それくらい、和樹と凛月の関係が仁愛にとって美しく思えたのだ。
「これが僕が結婚させられたくない理由だよ。僕が愛した凛月はもうこの世にいないけれど、僕の中には、いつだって凛月がいる。この命が尽きるまで凛月への愛は少しも変わらない。こんな男を、誰が――」
「ここにいます!」
仁愛が、叫んだ。
「かずきさんの愛、りつさんの愛。私が、ぜんぶ、まるごと私がうけとめます! 一人の女性を愛して、愛し抜いて、愛し続けて、こんな三略結婚までして……かずきさん、すてきじゃないですかっ!」
「すてき?」
涙を流しながら声をあげる仁愛に、和樹は目を丸くした。
「はい! りつさんだって、めちゃくちゃすてきな女性です! かずきさんにしあわせになってもらいたいって……自分がたいへんな時に、そんな……なかなか言えないですよ。そんな人に愛されたんだから、和樹さんが他のひとと結婚なんて考えられなくなったって、あたりまえです!」
しゃくりあげながら、仁愛はまくしたてた。
「ぼく、は……」
「かずきさんは、いまのままでいいです! りつさんをおもいっきり愛してください。愛し続けてください。死ぬまで愛し抜いてください! そんな和樹さんのとなりに、できれば、私を、いさせてください」
「仁愛……君って人は、本当に……」
仁愛の言葉が、和樹の心に染みる。
それは和樹の奥底に眠っていた想いに届き、凍った心を優しく温めていく。
「ほんとうに、ほんとうに、ぼくとこのままで、いいの?」
声を
「もちろんです。私のにんむは、せいりゃくけっこん、ですから」
「ああ……うん、そうだね……ありがとう」
「おれいなんか、いらないです。でも、話してくれて、ありがとうございます」
「この偽装契約結婚、相手が仁愛で本当によかった。この巡り合わせにも感謝しなきゃ」
「えへ。私も、一人のじょせいを、こんなに深く愛せる人と出会えて……嬉しいです」
仁愛の視線が、和樹と混じり合う。
どちらからともなく、二人が抱きしめ合う。
その二人の
「でも、そこまで大事な凛月さんの部屋が、
「えっ?」
「私、ここを掃除します」
「えっ!」
和樹は仁愛の予想外な言動に、
「当然です。和樹さんの大切な人のお部屋ですから。それと趣味部屋の漫画とかも、こっちに移すというのはどうでしょう?」
「そっか……そうだね。それならもし凛月がここに来た時、退屈しないね」
「きっといますよ。今、この瞬間も」
「だとしたら僕、凛月の前で仁愛と抱き合って……最低の男になっちゃうかな」
「そうなりますので反省してください」
「ははっ」
ようやく、和樹から笑い声が聞こえてきた。
「和樹さん。私は全てを受け入れます。凛月さんへの感謝も忘れません。だから、これからも一緒に戦わせていただけけますか?」
その言葉で、和樹は仁愛を離す。
泣きすぎて目が真っ赤だったが、しっかりと光が
「僕のパートナーは、この世に仁愛しかいないってわかった。改めて、よろしく」
和樹の言葉に、仁愛は予想外の行動に出る。