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第十話

 もしこの三略結婚がバレたらどうなるのかなど、聡明そうめいな仁愛と和樹に読めないわけがなかった。

 橘家、一条家双方の顔に泥を塗るような真似をしたのだから、いくら大会社の創業者一族とはいえ厳しい処分が待っている。


 もしこの三略結婚がバレたらどうなるのかなど、聡明な仁愛と和樹に読めないわけがなかった。

 橘家、一条家双方の顔に泥を塗るような真似をしたのだから、いくら大会社の創業者一族とはいえ厳しい処分が待っている。


 まず会社内では閑職に追いやられ、自主退職を促されるはずだ。そして家族間では双方の顔を潰したことになるので、家の性質上、和樹は縁切り勘当は間違いない。仁愛はたった一人の血縁なので、強制的にどこぞから婿を取り、家庭に入れられることになるだろう。


 しかし、それでも仁愛は和樹との契約を選んだ。

 何故なら、和樹が提案した三略結婚を引き受けなかったら、結局のところ、お見合いをさせられて婿取りの養子縁組みになる未来しかないと思ったからだ。


 和樹と契約しなければ、暗雲立ちこめる未来が待っている。

 三略結婚が露見したら、最低最悪の未来が待っている。


 しかしこの三略結婚がバレず、平穏に過ごせたら。

 その先の見えない未来に、仁愛は賭けたのだ。


 和樹が提案した三略結婚は、仁愛にとって一筋の蜘蛛の糸のような計画だった。

 間近に見えている悪い未来より、幸せになれるかもしれない未来に向かう一手であり、仁愛では思いつかなかったことだった。


 仁愛は、そこそこ頭がいいと自覚している。しかし仁愛と和樹の双方にメリットがあるこの三略結婚を考えつき、実行した和樹の知略と行動力に、仁愛は純粋にすごいと思った。

 だから尊敬できたし、和樹の元恋人である凛月をも受け入れられた。


 橘和樹は、国士無双だ。

 そんな人と一緒にいられたら……面白いことしか思いつかない。

 どうせ思いのない結婚を強いられるなら、自分が認めた人である和樹に想いをのせたい。

 結婚式前日にして、仁愛はそういう思考にまで達していた。


「――と、いうわけで、ですよ」

「そうだね」


 一通り和樹と打ち合わせを終えた後。

 さすがの二人でも先送りにしていた問題と向き合った。

 ダブルベッドである。


「今日は僕が先に風呂に入って、仁愛よりも早く窓側で寝るよ」

「え?」


 和樹の提案に、首を傾げる仁愛。


「眠っている男の横なら、仁愛も少しは安心できるでしょ。今日はあれこれ動いたし頭も使ったから、すぐ眠れると思うんだ。幸いセミダブルじゃなくてダブルだから、端の方に行けば触れることはないと思う。不本意かもしれないけれど、これで我慢してほしい」

「ああ、なるほど……いいですね。それでいきましょう」

「じゃあ早速、風呂に行ってくるね」

「はい。いってらっしゃい」


 ひらひら、と笑顔で手を振る仁愛。

 和樹が着替えを持って立ち去ると、仁愛は吸い込まれるようにベッドに倒れた。

 薄暗い天井が、仰向けになった仁愛の身体を照らす。


「ちょ~~~~~~~~~っっっとこれ、いきなりすぎませんかぁ~~~!?」


 熱くなる顔を両手のひらで覆う仁愛。

 今まで、男性と掛け布団を一緒に使ったことがない仁愛は、もしかしたら今夜……などと、怖さ九割、ちょっぴり期待一割を感じていた。


(は~~。もし和樹さんが触れてきたら……どうしましょうどうしましょう!)


 とりあえず条件反射で骨を折ったり曲げたりするのはまずい。なにせ翌日は結婚式なのだ。そんな時に、新郎が前日、ホテルで妻に骨を折られましたでは、全てが台無しになってしまう。


「あ……」

 この時になって仁愛は、和樹に対して完全に無防備であることに気づいてしまった。

 和樹だって健康な成人男性なのだから、それなりに性欲だってあるに決まっている。そして横で眠るのは、自分に抗えない立場であり、さあ食べてくださいと言わんばかりに置かれている女性である。

 なにかしようと思えば、なんでもできてしまうのだ。


「うう、これは迂闊でした」


 こうなったら、もうなにをされても受け入れるしかない。

 全ては翌日に行われる結婚式にばかり気を取られて、和樹の危険性を曇らせていた自分の未熟さにある。


「まさか……兵法三十六計の二十計〝混水摸魚〟ですか?」


 仁愛が口にした計略は〝水を混ぜて魚を摸る〟というものだ。

 綺麗な水に棲む魚は周囲がよく見える。故に魚を捕るには、敢えて水を濁らせたほうがいい、という意味だ。転じて相手が冷静な時は、気づくべきものに気づける。しかし混乱していたり、なにかに集中している時、その視野は極端に狭くなるので、そこを突けという策だ。

 今の仁愛が、まさにそれだった。


「む~~、うう、ああ~~」


 仁愛は頭を抱え、普段なら絶対に犯さないミスを悔い、ベッドをごろごろと転げ回った。

 そもそも仁愛は、和樹のことをどこまで好きなのか。

 天井を仰ぎ見ながら、自問する。

 和樹に触れられたら……きっと、嬉しい?

 それとも、気色悪いと感じてしまうか。


「そんなのわかれば苦労はないいいいいい!!」


 こんな状況において、異性に対する経験値ゼロの仁愛では、ベッドで悶絶する以外にできることはなかった。



 そんな仁愛の思いなど露知らず、シャワーを浴びていた和樹は、ぽつりと呟いた。


「まさか、仁愛に兵法三十六計の二十計〝混水摸魚〟とか、思われてないかな」


 和樹の懸念は、そのものずばり、仁愛の思考を貫いていた。

 そう。仁愛は今、和樹の手中にあり、煮るなり焼くなり、好きにできる。

 状況という名の檻に、仁愛を完全に捕らえていたのである。


(…………)


 仁愛は完全に経験外のことなので、混乱の真っ最中だが、和樹からすれば、この状況で仁愛になにもしないのは、逆に失礼なのか? と、思考がおかしな方向に回転していた。


「バカな。仁愛が望まないことをして、いいことなんてあるわけがない!」


 口ではそう言いつつも、頭ではどうしても仁愛の肢体が過ってしまっていた。

 あの、浴槽を掃除していた時の、仁愛の姿だ。


 濡れた下着。透けた服。

 その奥に滲み浮かぶ、扇情的な造形。

 一瞬だったけれど、目に焼き付いた。

 今見てきたかのように思い出せる。

 自然と、身体の一部が反応してしまった。


 そもそも、仁愛に触れたいか。

 そう自問すれば〝触れたい〟と即答できる。

 本当は、触れる以上のことをしたいんじゃないか?

 あのかわいすぎる仁愛のことが、大好きになったんじゃないか?

 仁愛の艶めかしい身体を、貫きたくないのか?

 和樹の中の、男性という名の悪魔が囁く。


「うう、くうう」


 水でも被ろうかと思った和樹だったが、それで風邪を引いては意味がないと、やめておいた。

 仁愛が魚の立場で悩んでいる時、和樹はそれを捕らえるものとして苦しんでいたのだ。


「ここは、もう……」


 和樹は固い決意を胸に、シャワーを止め、静かに浴室を出た。

 まず会社内では閑職に追いやられ、自主退職を促されるはずだ。そして家族間では双方の顔をつぶしたことになるので、家の性質上、和樹は縁切り勘当は間違いない。仁愛はたった一人の血縁なので、強制的にどこぞから婿を取り、家庭に入れられることになるだろう。


 しかし、それでも仁愛は和樹との契約を選んだ。

 何故なら、和樹が提案した三略結婚を引き受けなかったら、結局のところ、お見合いをさせられて婿取りの養子縁組みになる未来しかないと思ったからだ。


 和樹と契約しなければ、暗雲立ちこめる未来が待っている。

 三略結婚が露見したら、最低最悪の未来が待っている。


 しかしこの三略結婚がバレず、平穏に過ごせたら。

 その先の見えない未来に、仁愛は賭けたのだ。


 もしこの三略結婚がバレたらどうなるのかなど、聡明な仁愛と和樹に読めないわけがなかった。

 橘家、一条家双方の顔に泥を塗るような真似をしたのだから、いくら大会社の創業者一族とはいえ厳しい処分が待っている。


 まず会社内では閑職に追いやられ、自主退職を促されるはずだ。そして家族間では双方の顔を潰したことになるので、家の性質上、和樹は縁切り勘当は間違いない。仁愛はたった一人の血縁なので、強制的にどこぞから婿を取り、家庭に入れられることになるだろう。


 しかし、それでも仁愛は和樹との契約を選んだ。

 何故なら、和樹が提案した三略結婚を引き受けなかったら、結局のところ、お見合いをさせられて婿取りの養子縁組みになる未来しかないと思ったからだ。


 和樹と契約しなければ、暗雲立ちこめる未来が待っている。

 三略結婚が露見したら、最低最悪の未来が待っている。


 しかしこの三略結婚がバレず、平穏に過ごせたら。

 その先の見えない未来に、仁愛は賭けたのだ。


 和樹が提案した三略結婚は、仁愛にとって一筋の蜘蛛の糸のような計画だった。

 間近に見えている悪い未来より、幸せになれるかもしれない未来に向かう一手であり、仁愛では思いつかなかったことだった。


 仁愛は、そこそこ頭がいいと自覚している。しかし仁愛と和樹の双方にメリットがあるこの三略結婚を考えつき、実行した和樹の知略と行動力に、仁愛は純粋にすごいと思った。

 だから尊敬できたし、和樹の元恋人である凛月をも受け入れられた。


 橘和樹は、国士無双だ。

 そんな人と一緒にいられたら……面白いことしか思いつかない。

 どうせ思いのない結婚を強いられるなら、自分が認めた人である和樹に想いをのせたい。

 結婚式前日にして、仁愛はそういう思考にまで達していた。


「――と、いうわけで、ですよ」

「そうだね」


 一通り和樹と打ち合わせを終えた後。

 さすがの二人でも先送りにしていた問題と向き合った。

 ダブルベッドである。


「今日は僕が先に風呂に入って、仁愛よりも早く窓側で寝るよ」

「え?」


 和樹の提案に、首を傾げる仁愛。


「眠っている男の横なら、仁愛も少しは安心できるでしょ。今日はあれこれ動いたし頭も使ったから、すぐ眠れると思うんだ。幸いセミダブルじゃなくてダブルだから、端の方に行けば触れることはないと思う。不本意かもしれないけれど、これで我慢してほしい」

「ああ、なるほど……いいですね。それでいきましょう」

「じゃあ早速、風呂に行ってくるね」

「はい。いってらっしゃい」


 ひらひら、と笑顔で手を振る仁愛。

 和樹が着替えを持って立ち去ると、仁愛は吸い込まれるようにベッドに倒れた。

 薄暗い天井が、仰向けになった仁愛の身体を照らす。


「ちょ~~~~~~~~~っっっとこれ、いきなりすぎませんかぁ~~~!?」


 熱くなる顔を両手のひらで覆う仁愛。

 今まで、男性と掛け布団を一緒に使ったことがない仁愛は、もしかしたら今夜……などと、怖さ九割、ちょっぴり期待一割を感じていた。


(は~~。もし和樹さんが触れてきたら……どうしましょうどうしましょう!)


 とりあえず条件反射で骨を折ったり曲げたりするのはまずい。なにせ翌日は結婚式なのだ。そんな時に、新郎が前日、ホテルで妻に骨を折られましたでは、全てが台無しになってしまう。


「あ……」

 この時になって仁愛は、和樹に対して完全に無防備であることに気づいてしまった。

 和樹だって健康な成人男性なのだから、それなりに性欲だってあるに決まっている。そして横で眠るのは、自分に抗えない立場であり、さあ食べてくださいと言わんばかりに置かれている女性である。

 なにかしようと思えば、なんでもできてしまうのだ。


「うう、これは迂闊でした」


 こうなったら、もうなにをされても受け入れるしかない。

 全ては翌日に行われる結婚式にばかり気を取られて、和樹の危険性を曇らせていた自分の未熟さにある。


「まさか……兵法三十六計の二十計〝混水摸魚〟ですか?」


 仁愛が口にした計略は〝水を混ぜて魚を摸る〟というものだ。

 綺麗な水に棲む魚は周囲がよく見える。故に魚を捕るには、敢えて水を濁らせたほうがいい、という意味だ。転じて相手が冷静な時は、気づくべきものに気づける。しかし混乱していたり、なにかに集中している時、その視野は極端に狭くなるので、そこを突けという策だ。

 今の仁愛が、まさにそれだった。


「む~~、うう、ああ~~」


 仁愛は頭を抱え、普段なら絶対に犯さないミスを悔い、ベッドをごろごろと転げ回った。

 そもそも仁愛は、和樹のことをどこまで好きなのか。

 天井を仰ぎ見ながら、自問する。

 和樹に触れられたら……きっと、嬉しい?

 それとも、気色悪いと感じてしまうか。


「そんなのわかれば苦労はないいいいいい!!」


 こんな状況において、異性に対する経験値ゼロの仁愛では、ベッドで悶絶する以外にできることはなかった。



 そんな仁愛の思いなど露知らず、シャワーを浴びていた和樹は、ぽつりと呟いた。


「まさか、仁愛に兵法三十六計の二十計〝混水摸魚〟とか、思われてないかな」


 和樹の懸念は、そのものずばり、仁愛の思考を貫いていた。

 そう。仁愛は今、和樹の手中にあり、煮るなり焼くなり、好きにできる。

 状況という名の檻に、仁愛を完全に捕らえていたのである。


(…………)


 仁愛は完全に経験外のことなので、混乱の真っ最中だが、和樹からすれば、この状況で仁愛になにもしないのは、逆に失礼なのか? と、思考がおかしな方向に回転していた。


「バカな。仁愛が望まないことをして、いいことなんてあるわけがない!」


 口ではそう言いつつも、頭ではどうしても仁愛の肢体が過ってしまっていた。

 あの、浴槽を掃除していた時の、仁愛の姿だ。


 濡れた下着。透けた服。

 その奥に滲み浮かぶ、扇情的な造形。

 一瞬だったけれど、目に焼き付いた。

 今見てきたかのように思い出せる。

 自然と、身体の一部が反応してしまった。


 そもそも、仁愛に触れたいか。

 そう自問すれば〝触れたい〟と即答できる。

 本当は、触れる以上のことをしたいんじゃないか?

 あのかわいすぎる仁愛のことが、大好きになったんじゃないか?

 仁愛の艶めかしい身体を、貫きたくないのか?

 和樹の中の、男性という名の悪魔が囁く。


「うう、くうう」


 水でも被ろうかと思った和樹だったが、それで風邪を引いては意味がないと、やめておいた。

 仁愛が魚の立場で悩んでいる時、和樹はそれを捕らえるものとして苦しんでいたのだ。


「ここは、もう……」


 和樹は固い決意を胸に、シャワーを止め、静かに浴室を出た。

 和樹が提案した三略結婚は、仁愛にとって一筋の蜘蛛くもの糸のような計画だった。

 間近に見えている悪い未来より、幸せになれるかもしれない未来に向かう一手であり、仁愛では思いつかなかったことだった。


 仁愛は、そこそこ頭がいいと自覚している。しかし仁愛と和樹の双方にメリットがあるこの三略結婚を考えつき、実行した和樹の知略と行動力に、仁愛は純粋にすごいと思った。

 だから尊敬できたし、和樹の元恋人である凛月をも受け入れられた。


 橘和樹は、国士無双だ。

 そんな人と一緒にいられたら……面白いことしか思いつかない。

 どうせ思いのない結婚を強いられるなら、自分が認めた人である和樹に想いをのせたい。

 結婚式前日にして、仁愛はそういう思考にまで達していた。


「――と、いうわけで、ですよ」

「そうだね」


 一通り和樹と打ち合わせを終えた後。

 さすがの二人でも先送りにしていた問題と向き合った。

 ダブルベッドである。


「今日は僕が先に風呂に入って、仁愛よりも早く窓側で寝るよ」

「え?」


 和樹の提案に、首をかしげる仁愛。


「眠っている男の横なら、仁愛も少しは安心できるでしょ。今日はあれこれ動いたし頭も使ったから、すぐ眠れると思うんだ。幸いセミダブルじゃなくてダブルだから、端の方に行けば触れることはないと思う。不本意かもしれないけれど、これで我慢してほしい」

「ああ、なるほど……いいですね。それでいきましょう」

「じゃあ早速、風呂に行ってくるね」

「はい。いってらっしゃい」


 ひらひら、と笑顔で手を振る仁愛。

 和樹が着替えを持って立ち去ると、仁愛は吸い込まれるようにベッドに倒れた。

 薄暗い天井が、仰向けになった仁愛の身体を照らす。


「ちょ~~~~~~~~~っっっとこれ、いきなりすぎませんかぁ~~~!?」


 熱くなる顔を両手のひらで覆う仁愛。

 今まで、男性と掛け布団を一緒に使ったことがない仁愛は、もしかしたら今夜……などと、怖さ九割、ちょっぴり期待一割を感じていた。


(は~~。もし和樹さんが触れてきたら……どうしましょうどうしましょう!)


 とりあえず条件反射で骨を折ったり曲げたりするのはまずい。なにせ翌日は結婚式なのだ。そんな時に、新郎が前日、ホテルで妻に骨を折られましたでは、全てが台無しになってしまう。


「あ……」

 この時になって仁愛は、和樹に対して完全に無防備であることに気づいてしまった。

 和樹だって健康な成人男性なのだから、それなりに性欲だってあるに決まっている。そして横で眠るのは、自分にあらがえない立場であり、さあ食べてくださいと言わんばかりに置かれている女性である。

 なにかしようと思えば、なんでもできてしまうのだ。


「うう、これは迂闊うかつでした」


 こうなったら、もうなにをされても受け入れるしかない。

 全ては翌日に行われる結婚式にばかり気を取られて、和樹の危険性を曇らせていた自分の未熟さにある。


「まさか……兵法三十六計の二十計〝混水摸魚〟ですか?」


 仁愛が口にした計略は〝水を混ぜて魚を摸る〟というものだ。

 綺麗な水にむ魚は周囲がよく見える。故に魚を捕るには、敢えて水を濁らせたほうがいい、という意味だ。転じて相手が冷静な時は、気づくべきものに気づける。しかし混乱していたり、なにかに集中している時、その視野は極端に狭くなるので、そこを突けという策だ。

 今の仁愛が、まさにそれだった。


「む~~、うう、ああ~~」


 仁愛は頭を抱え、普段なら絶対に犯さないミスを悔い、ベッドをごろごろと転げ回った。

 そもそも仁愛は、和樹のことをどこまで好きなのか。

 天井を仰ぎ見ながら、自問する。

 和樹に触れられたら……きっと、嬉しい?

 それとも、気色悪いと感じてしまうか。


「そんなのわかれば苦労はないいいいいい!!」


 こんな状況において、異性に対する経験値ゼロの仁愛では、ベッドで悶絶もんぜつする以外にできることはなかった。



 そんな仁愛の思いなど露知らず、シャワーを浴びていた和樹は、ぽつりとつぶやいた。


「まさか、仁愛に兵法三十六計の二十計〝混水摸魚〟とか、思われてないかな」


 和樹の懸念は、そのものずばり、仁愛の思考を貫いていた。

 そう。仁愛は今、和樹の手中にあり、煮るなり焼くなり、好きにできる。

 状況という名のおりに、仁愛を完全に捕らえていたのである。


(…………)


 仁愛は完全に経験外のことなので、混乱の真っ最中だが、和樹からすれば、この状況で仁愛になにもしないのは、逆に失礼なのか? と、思考がおかしな方向に回転していた。


「バカな。仁愛が望まないことをして、いいことなんてあるわけがない!」


 口ではそう言いつつも、頭ではどうしても仁愛の肢体が過ってしまっていた。

 あの、浴槽を掃除していた時の、仁愛の姿だ。


 濡れた下着。透けた服。

 その奥ににじみ浮かぶ、扇情的な造形。

 一瞬だったけれど、目に焼き付いた。

 今見てきたかのように思い出せる。

 自然と、身体の一部が反応してしまった。


 そもそも、仁愛に触れたいか。

 そう自問すれば〝触れたい〟と即答できる。

 本当は、触れる以上のことをしたいんじゃないか?

 あのかわいすぎる仁愛のことが、大好きになったんじゃないか?

 仁愛のなまめかしい身体を、貫きたくないのか?

 和樹の中の、男性という名の悪魔がささやく。


「うう、くうう」


 水でも被ろうかと思った和樹だったが、それで風邪を引いては意味がないと、やめておいた。

 仁愛が魚の立場で悩んでいる時、和樹はそれを捕らえるものとして苦しんでいたのだ。


「ここは、もう……」


 和樹は固い決意を胸に、シャワーを止め、静かに浴室を出た。


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