「やあ、遠いところよく来たね、舞踏会での一件は聞いているよ」
この城の主、グンジ叔父さんが薄気味悪い笑みを浮かべる。
なにが「聞いてるよ」なんだか。あんたがすべての黒幕のくせに……。
私が心のなかで舌打ちしていると、レオ兄様がニコニコと屈託のない笑顔で笑う
「ああ。城にいては危険ですから。しばらくこちらに滞在させていただきますよ」
お兄様、意外と度胸があるのかな。それに演技力も。
私がお兄様に少し感心していると、美人なツインテメイドがレオ兄様の荷物を手に持った。
「こちらへどうぞ、客室へご案内致します」
「ありがとう、かわい子ちゃん!」
レオ兄様は満面の笑みでメイドの手を握った。
「ところで、君、可愛いね。名前は? 年はいくつ? こんな辛気臭い城で働かせるには勿体無いよ!」
前言撤回。やっぱりいつものレオお兄様だ。
全く、奥さんも一緒なのによくやることで……。
チラリとアビゲイル義姉様の方を見ると、いつもなら怒りに震えている義姉様だが、少し眉を上げたぐらいだった。
ついに兄さんに愛想をつかせたのかも知れない。
「名前はシュシュです。年は十六。さあ、こちらへ」
無愛想に答えるメイド。十六歳かあ。私と同い年だ。それにしてはえらく大人っぽいな。
私たちはシュシュに案内されそれぞれの部屋へと向かった。
***
「はーあ、疲れた」
私がいつものようにポイポイと服を脱ぎ、ベッドに脱ぎ捨てていると、不意にコンコンとノックの音が響いた。
「はい?」
ドアを開けると廊下には誰もいない。
「あり?」
私が首を捻っていると、部屋の中からこんな声が聞こえてきた。
「ミア姫、こっちです」
ドアを閉め、部屋の中を見回すが、部屋の中には誰もいない。
「えっ! な、何、まさかゆ、ゆ、幽……」
自慢じゃないが、私は幽霊だとかオバケの類が大の苦手なのだ。
青ざめながら辺りを見回していると、いきなり天井からガタリと音がした。私は思わず飛び上がった。
「ギャーーッ!」
「ミア姫、ここですよ!」
私が腰を抜かしていると、天井から黒い影が落ちてきた。
「大丈夫ですか?」
目の前で心配そうに手を伸ばすのは、黒ずくめの格好をしたアオイだった。
「アオイっ!」
私はアオイの手を取り、立ち上がった。
「大丈夫でしたか? ひどく驚かれていたようですが」
「だ、大丈夫だよ!!」
「可哀想に、こんなに震えて」
「こ、これは武者震いだから……」
恥ずかしいので、そのことにはあまり触れないでほしい。私は急いで話題を変えた。
「それより、叔父さんの部屋に忍び込んだんでしょ。何か証拠は見つかった?」
「それが、周到に証拠隠滅しているようで」
「そうかァ」
「それよりも、お姉さまは危険なのでどうか無茶はなさらず、捜査の方は私どもにお任せくださいね?」
アオイが上目遣いに私を見てそんなことを言う。真剣な瞳。う、可愛い。っていうか、心配性だな、みんな。
「大丈夫、大丈夫! 無理はしないって!」
私が手をひらひらさせるとアオイは深いため息をついた。
「先ほどのように、不用意に部屋のドアを開け無いように気を付けてくださいね? それから、そのように下着姿でうろうろされるのも」
自分の恰好をまじまじと見た。さっき驚いて腰を抜かした拍子に、羽織っていたガウンがはだけ、下着丸見えになっている。
私は苦笑いしながらガウンの前をきちんと閉じた。
「別にいいじゃねぇか。女の子同士なんだし」
アオイは深いため息をついた。
「私は別に構いませんが、いつ誰が襲ってくるのか分かりませんので。お気をつけて」
そう言うと、アオイはタンスによじ登り、そこからジャンプすると天井に空いた穴につかまり、あれよあれよと言う間に穴の中に体をするりとくぐらせた。まるで忍者だ。
「では、良い夜を」
「うん」
私がアオイが居なくなった天井をしばらくぼんやりと見つめていると、ノックの音が部屋の中に響いた。
「はい? 誰だ?」
「失礼いたします、メイドのシュシュにございます」
鈴の音のような可憐な声が聞こえてくる。
私はドアを少しだけ開けた。
「お夕飯の準備が整いました。大広間へいらしてください」
ドアの向こうのメイドは目を細め、にこりと笑った。