私が自慢の美脚で蹴りを食らわせると、ルーラの巨体が吹っ飛び、壁にめりこんだ。
「さっ、今の隙に」
私ははモアとマロンの手を引いて逃がそうとした……が。
「ふう~酷いことをする。お腹の脂肪が厚くて助かったわい」
蹴りを食らったルーラは平気な顔をして立ち上がったではないか。
パンパン、と体にかかった瓦礫を払うルーラ。
なんてしぶとい!
もっと強く蹴ればよかったのかもしれないが、人間相手だと加減が難しい。
「さてはお前ら、スパイだな?」
ルーラは壁際をよろよろと伝って歩くと、机の上の見慣れない機械に向かってこう叫んだ。
「ガント! 緊急事態だ! 来てくれ!」
その機械には見覚えがあった。遠隔会話の魔法道具だ。
王宮や役所には置いてあるが、個人で持っているのは珍しい。本当に金持ちなのだろう。
程なくして、斧を持ったモヒカンの大男が部屋に現れた。
「呼んだか? 兄貴」
モヒカン男の姿を見て、ルーラは手をたたいて喜ぶ。
「おお、よく来た。ガント、この小娘を殺さない程度に痛めつけてくれないか」
「了解だぜ」
モヒカンは斧をブンブンと勢い良く回して私にこう言った。
「おい女、あんたも少しは腕に覚えがあるみてぇだが、岩をも砕くこのブラックアックスの威力に比べたらただの子供よ」
私はガントの斧をチラリと見た。
「確かにその斧は重そうだし、威力はあるかもね。……もし当てられたら、の話だけど!」
私がニヤリと笑うと、ガントはフンと鼻で笑った。
「このガキ! 余裕こいていられるのも今のうちだぜ!」
ガントが勢いよく斧を振り下ろす。空を切る重い音。確かにこれは当たったら威力がありそうだ。
だが――遅い。
私はそれを屈みながら避けると、足元に蹴りを食らわせた。
足元をすくわれよろめくガント。 そこへさらに脇腹への強烈な一撃を食らわせる。
「ぐはっ!」
しかし、ガントは倒れない。フラフラとしながら血走った目でこちらを見ている。
「おのれ小娘……!」
「ん、まだ生きてるの? 体が大きいからしぶといのかな?」
私が首をひねると、ガントは怒り心頭で斧を振り回す。
「舐めるなよ、このクソガキ!」
私はその攻撃をひょいと避けると、斧は屋敷の柱に思い切り刺さった。
「く、くそっ」
ガントが押しても引いても斧は動かない。
「おっと、 これはチャンスかも」
私はガントの後ろに素早く回り込むと、その勢いのまま回し蹴りを放った。
「くらえ、下種が!」
ドン、と言う心地よい音。本当は後頭部を狙ったのだが、相手がデカいため背中に当たってしまう。それでも、いい感触があった。
「ぐあっ!」
ガントの巨体はどさりと床に崩れ落ちた。
ゴリラの様な巨体を震わせ、うずくまるガント。
ふう、これでひとまず敵は片付けた……かな。
するとルーラが叫んだ。
「そこまでだ! 動くな、動くとこいつを殺してやるぞ!」
見るとルーラはモアの首筋にナイフをあて、人質としているではないか。
「お姉さまーっ!」
「クソッ! 卑怯だぞ! モアを人質にとるなんて!」
私が慌てると、ルーラは満足そうに笑みを浮かべた。
「ふん、構うもんか、どうせ体以外なんの取り柄もない女共だ。それをわしを癒すことで社会貢献させてやるんだから感謝してほしいくらいだ」
なっ、なんて失礼なやつ!
モアはお前の数百倍も数千倍も価値があるっての!
モアに比べたら、お前なんか馬のフンだぞ!
「ふっふっふ、さてもっと護衛を呼んでやるか。そうしたらお前たちももう終わりだ!」
脂汗をまき散らしながら叫ぶルーラ。
「お姉さま! そのままこいつをモアごと蹴り飛ばして! モアのことは気にしなくていいからー!」
モアが叫ぶ。何て健気な!
……って、そんなこと出来るわけないだろうがっ!
すると、目の端で何か黒い影が動いた。マロンだ。机の下に隠れてる。まだ逃げて無かったのか。
そうだ。マロンにどうにかしてルーラの気を引き付けてもらえないだろうか?
一秒でいい。少しでもルーラが気を逸らしてくれれば、その隙に俺がモアを助けるんだが……
私はマロンに目で合図した。伝わるだろうか?
私が心配していると、マロンはウインクをしコクリとうなずく。よし。上手くやってくれ……。