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第四章:お姉さまと木の都フェリル

第32話

 無事に関所を突破した私たちは、馬に乗り木の都フェリルの城下町へと続く道を急いでいた。


「ねえ、モアってば~、機嫌なしてよー」


 カラスの親子が仲良く山に帰っていく。


 夕暮れ空の下、頬をぷくりと膨らませたモアが私を置いてスタスタと歩いていった。


 とはいっても、私モアでは歩幅が違うからすぐに追いつくんだけど。


「怒ってないもん!」


「怒ってるじゃんかー」


「怒ってないってば!」


 うーむ、こりゃ怒ってる。


 マロンにキスしたのがそんなにまずかったのだろうか? 


 でも女の子同士だし、たかだかほっぺにキスしただけだ。


 モアにも、親戚の女の子が来た時にもあれぐらいいつも挨拶でしてるのに、何が悪いんだろう。


 もしかして西洋風の異世界だからキス位当たり前だと思っていたのだが、親しい相手以外にむやみにキスするのはマナー違反なのだろうか?


 この世界で十六年生きてはきたが、どうも私はこの国の常識というものがいまいち分からない。


 幼いころからあまり王宮以外の人間とは顔を合わせず箱入り娘として育てられてきたかもしれないけれど……。


「ねえモア、関所を抜けるには仕方なかったことだし、大体キスって言ってもほっぺにちゅーしたぐらいでそんな」


 モアは私の言葉を無視してスタスタ歩くと、軽やかな仕草で馬に飛び乗りこう呟いた。


「お姉さまに怒ってるんじゃないのよ。モアは、必要な事だって分かってるのに、みっともなく怒ってるモア自身に腹を立ててるの」


 むう、と口を尖らせるモア。


 そうか......そうだったのか。


 私は馬に飛び乗ると、モアの横に並んで歩いた。


 パカパカと馬が道を蹴る音が、乾いた道にリズミカルに響く。


 私は笑いながら言ってやった。


「大丈夫だよ。そうだ、宿屋に着いたらモアにも沢山ちゅーしてあげる。だから元気出して」


「本当?」


 ちろりと私を見るモア。その頬は心なしか期待で緩んでいる。


「ああ、本当だとも!」


 私が約束すると、モアは嬉しそうに頷いた。


「約束だよ?」


 モアは本当にお姉ちゃんに甘えるのが好きだなあ。


 もう、本当に可愛いんだから!





「この道を真っ直ぐ行けば町につきそうだね!」


 モアが町の地図を手に笑う。


 しばらく馬で歩いていると、町の灯が見えてきた。良かった。どうやら日が暮れる前に町には着きそうだ。


「それにしてもデカい森だなあ」


 私たちの進む道の脇には大きな川が流れていて、その向こうにはどこまでも続く大きな森がある。


 私が森の景色に見とれていると、モアが地図を開いた。


「関所から向かって右手に見えるのが『迷いの森』と呼ばれるモンスター多発地帯です。危険ですから近づかないようにして下さい、だって」


 どうやら川を渡ったすぐ向こう側が『迷いのどうらしい。

 よく見ると、「立ち入り禁止」の看板が不気味に揺れている。


「なんだか怖い」


 モアが体を震わせる。


「そうかあ? なんか俺はワクワクしてきたけどな!」


 だって「迷いの森」だぜ? いかにもRPGゲームに出てきそうな場所じゃないか」


「お姉さま、その前に街に行って冒険者登録をしなきゃ。装備を整えたりさ。薬草も必要だし」


「おお、そうだな」


 すると、どこからか女の人の悲鳴が聞こえてきた。


「今のは何だろう」


「お姉さま、行ってみよう!」


 悲鳴のする方向へ行ってみると、緑髪のお姉さんがワーウルフ、すなわち人狼に襲われている所だった。


 ファンタジーの世界とはいえ、緑の髪とは珍しい。もしかして、妖精か何かの血でも混ざっているのだろうか?


 地面に散乱した竹かごと野いちご。恐らく野いちごを摘みに来てワーウルフに出会ったのだろう。


 人のように二足歩行する狼がお姉さんに襲いかかる。


「キャーッ!」


 私はお姉さんの元へ全速力で走ると、ワーウルフの鼻っつらを思い切り殴りつけた。


「キャイーン!」


 ワーウルフは情けない声を出し、森の奥へすごすごと逃げていく。


「ありがとうございました」


 エルフの美女が起き上がる。


「いいよ。気にしないで」


 私がニヤリと笑うと美女は恥ずかしそうに微笑んだ。


「油断してました。前はこんな街の近くにワーウルフみたいな大型の魔物がでることは無かったのですが、最近どうも、モンスターたちの様子がおかしくて」


「へえ、そうなんだ」


「もうすぐ薔薇祭りですし、何も無いといいんですけど」


 憂鬱そうにするエルフ美女。私とモアは、彼女を町の入口まで送ってやると、そこで別れた。


 何だか、フェリルについて早々、嫌な予感がしてならないのだが……。



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