「お待たせしました、ミカエラさま! モアナさま!」
エルさんの声が響く。
私がぼうっとしていると、モアに肘で小突かれた。
「お姉さま、私たち呼ばれたよ!」
そう言われてハッと気づく。
そういえば、偽の身分証明書を作る時にそういう偽名にしたんだっけ。すっかり忘れてた。
「はーい!」
慌てて返事をして受付に向かう。
エルさんは私とモアに冒険者カードを手渡しながらニッコリと笑った。
「こちらが冒険者第二種登録カードです。冒険、頑張ってくださいね」
やった。これで私たちもついに冒険者なんだ。
私はくるりとモアのほうへ向き直った。
「さて、冒険者登録も済んだことだし、早速何かクエストを受けてみようか? それとも武器を買いに......」
そう言うと、モアは首を横に振った。
「それもいいけど、折角だからあの酒場に行ってみない?」
モアが言うのは、アオイが私にくれたあの名刺の酒場だ。
「『始まりの酒場ロゼ』かあ。そうだね、面白そう」
「アオイとヒイロにお土産も渡したいしね!」
「うんうん」
私たちはうなずき合うと、意気揚々と冒険者協会を出た。
こうして私たちは、始まりの酒場ロゼへと向かうことになったのだ。
いったいどんなところなんだろう?
*
「お姉さま! あそこじゃない?」
モアが指を指す。指の先にあったのは生い茂る薔薇に隠れるようにして建っている古びた木造の一軒家だった。
「本当にあれ? 普通の家みたいだけど」
私は怪しみながらも一軒家へと近づいた。
始まりの酒場ロゼは、繁華街から一本裏路地に入った所にある。
ツタに覆われた古い木の壁。看板も小さく、探そうと思わなければ絶対に見つからないだろう。
「隠れ家的お店ってやつなんだね、きっと」
「きっとそうよ、お姉様」
私たちはそんな話をしながら酒場のドアを引いた。
木のドアの軋む鈍い音。古びた木のドアには、薔薇祭りの鏡と薔薇の飾りがかかっていた。
「すみませーん!」
私は大声を張り上げた。
だけど中は薄暗く、人の気配がない。
「あれ? 誰もいない」
「営業時間外なのかな?」
「酒場だし、夜しかやってないとか?」
私たちがそんな話をヒソヒソとしていると、いきなり背後から肩を叩かれる。
「何か用かい、お嬢ちゃんたち」
「ひゃあ!」
私はビックリして飛び上がった。な、なんだよ。気配も無く背後に立たないでくれよ!
振り返ると、そこに居たのは、短く刈り込んだ赤い髪に、耳や唇、鼻と顔に沢山ピアスをつけた背の高い女の人だった。
うわあ、カッコイイ女の人だなあ。
私はドギマギしながらも平静を装い尋ねた。
「あ、いや、その、この酒場ってやってないんですか?」
私の問いかけに、赤毛の女の人は懐から
「……やってるよ。でも、ここは会員制なんだ。お嬢ちゃんたちの来るような場所じゃない」
「で、でもここの名刺を貰ったんです!」
アオイに貰った名刺を見せると、煙管の煙を吐き出し、女の人は訝しげに片眉を上げた。
マントの袖から除く腕には、ビッシリと魔法陣を象った刺青か見えた。
「なるほど。だがうちは冒険者向けの酒場だ。冒険者カードは持っているかい?」
「あ、はい!」
私たちはお姉さんに冒険者カードを見せようと取り出した。
だがお姉さんはそれを一瞥するとろくに見もせずにふう、と煙草の煙を吐き出した。
「駄目だね。今のままじゃうちの店には入れられない。出直してきな」
お姉さんはそう言うとピシャリと酒場のドアを閉めた。
今のままだと店には入れない……?
いったいどういうことだろう。
私とモアはキョトンとした顔で互いに顔を見合わせたのだった。
*
「今のままじゃ駄目……かあ」
私は閉まったドアをぼんやりと見つめながらため息をついた。
「どういうことだ?」
「もしかして、レベルが足りないんじゃないかなあ? 何かのクエストをこなさなきゃいけないとか」
「なるほどね」
とりあえずレベルを上げて出直してみるか。
――てなわけで、とりあえず俺たちは冒険者協会へ戻ってきた。
「何か簡単なクエストでも受けてみる?」
私はクエスト依頼の掲示板をチラリと見た。
クエスト依頼の掲示板の前には朝ほどではないものの、人だかりが出来ている。
私たちは汗臭いオッサンたちをかき分け依頼を眺めた。
「やっぱり難易度の低いのは畑に出たモンスターの退治とかその辺かな」
「薬草集めのクエストもあるよ!」
「この犬の散歩ってのもクエストなのか?」
私たちがクエスト掲示板の前であーだこーだ言っていると、不意に大きな声が冒険者協会中に響き渡った。
「ミカエラとかいうヤローはどこだああー!」
静まり返る協会内。
冒険者協会に来るなりそう叫んだのは、オレンジの髪をツンツンと逆立てた少しツリ目の青年だった。
腰に剣も刺しているし、恐らく彼も冒険者なのだろうか?
キョトンとしていると、モアが袖をクイクイと引っ張る。
「もしかして、お姉さまのことじゃないの??」
あ、そっか。私は今は「ミカエラ」って偽名を名乗ってるんだっけ。
「お兄ちゃん、もしかして探してるのは私のこと?」
私はツンツン髪の男の背中に向かって呼びかけた。
「ああ!?」
私の声に、男は勢いよく振り返った。
そして男は私のつま先から頭の上までマジマジと見るとこう言った。
「あんたが、本当にミカエラなのか?」
「うん、そうだけど」
私が小首をかしげながら答えると、男の顔に困惑の色が浮かんだ。
そして顎に手を当て、何やらブツブツと呟き始めた。
「いや……まてよ……しかし、金髪に緑の目……アイツの言ってた通りだ」
一体何なんだ?
私が困惑していると男はとつぜん私を指差し、こう叫んだ。
「よし、決めたぞ、ミカエラ。俺と勝負しろ! 果たし合いだ!」
……はあ?