モア? 一体どうしたの!?
思わず椅子から立ち上がると、入口から凄まじい炎が吹き出してきた。ダンジョン内が真っ赤に染まる。
「どわっ!」
私は余りの熱気に思わず後ずさった。
「何だ?」
「中に炎属性のモンスターでもいるのか?」
待機していた他の冒険者たちもザワザワしだす。
私はと言うと、一人下を向いて冷汗をかいていた。
いや、あれは明らかにモアの魔法だ。
モアの魔法がまた暴走しているに違いない。
私はため息をついた。
っていうか、武器屋で買ったあの杖はどうしたんだ? 魔力を抑えてくれるんじゃなかったの?
「おいおい、大丈夫か? お前の妹」
ゼットが私に耳打ちしてくる。
「多分大丈夫……だと思う。あれは恐らくモアの魔法が暴走しているだけだし」
私が言うと、ゼットの顔が青くなる。
「暴走って、お前の妹、どんな魔法使ってんだよ!」
ゼットが私に詰め寄って来る。
「え? 確かファイアー、ウォーター、セイントしか覚えてないはずだけど」
「馬鹿言え、そんな初級の魔法でこんな威力が出るわけないだろ!」
「そ、そうなの?」
すると、隣に座っていたチョビ髭でタキシードのおじさんが頷く。
「その通り。いいか、ファイアーっていうのはこういうやつだ」
チョビ髭おじさんが呪文を唱えると、小さな火の玉が現れる。小型の虫モンスターくらいなら倒せるかなっていうささやかな炎だ。
「お分かりかね?」
ウインクするチョビ髭おじさん。なんだかダンディーだ。
私はダンジョンに視線を戻した。
「じゃあ、モアが唱えたのは一体」
「分からん。今のを見た限りだと炎系最高位魔法の「地獄の業火」位の威力はありそうだが」
腕組みをして眉間をトントンと叩くおじさん。ゼットは目を見開く。
「ええっ? そんな魔力の食いそうな呪文ばかり唱えてたら、すぐ魔力切れになるんじゃ」
「まあ敵の数によってはチマチマ倒してるよりも一気に焼き尽くした方が、案外魔力の効率が良いかもしれないし、それはどちらとも言えなんがな」
「そっか」
でも、もしもモアが魔力切れでダンジョンの中で行き倒れてたら……段々不安になってきた私の肩を、ゼットはポンポンと叩いた。
「大丈夫だよ、試験用のダンジョンなんざ、そんなに難易度高いわけないだろ」
「ありがとう。何だ、お前案外いい奴だな!」
私が言うと、ゼットは顔を赤くしてプイッと横を向いた。
「ふんっ! そんな事言って懐柔しようったってそうはいかないんだからな!」
全く。残念だなあ。もしマロン絡みのあれこれがなければ、私たち、いい友達になれたかもしれないのに。
よく考えたら、長いこと王宮で姫生活で送ってきた私には男友達があまり居ない。
男相手の方がなんとなく話しすいから、もっと男友達がほしいんだけどな。
「次! ゼットさん!」
「は、はい!」
名前を呼ばれたゼットが緊張した面持ちでダンジョンに入っていく。
ゼットの試験中はこれといった物音や悲鳴は聞こえず、ただ静かに時が過ぎていった。
それにしても何かモアの時に比べて長くないか? 何だか私まで緊張してきたんだけど。
先程までさほど緊張していなかったのだが、モアとゼットの二人がいなくなり、段々胃が痛くなってきた。
結局私は、ゼットの試験中に四回もトイレに立ってしまった。
「次、ミカエラさん」
「は、はい!」
いよいよ私の実技試験だ!
私はぎこちない動作で立ち上がると、薄暗いダンジョン内にゆっくりと足を踏み入れた。
唯一渡されたアイテムの松明を手に、狭い一本道を、ゆっくりと歩いていく。
「なんだ、全然モンスター出ないじゃないか」
言いながらも慎重に辺りを見回す。
ゴツゴツした岩壁はモアの炎魔法のせいなのか、丸焦げになり黒いすすで覆われている。
「モア、大丈夫だったかな」
っと、いかんいかん、自分の試験に集中しなくては。
モアなら大丈夫、そう言い聞かせて心を落ち着かせ、次の角を曲がった。
すると私に向かって何かが飛んできた。
「うわっ!」
なんだ!? もしかしてモンスター!?