さて、はれて冒険者一種免許を手に入れた私たちは、その足で始まりの酒場ロゼにやってきた。
「今度は入れるかな?」
「ああ、中はどんな風になっているんだろう」
今度こそアオイとヒイロに会えるかもしれない、期待に胸を膨らませながら、酒場のドアを開ける。
するとモアが小さく声を上げた。
「わあ」
ステンドグラスで出来たランプが照らす薄暗い店内。
淡いオレンジの光に照らされた酒場には、壁いっぱいに飾られた地図や武器、薬瓶にクエスト依頼。
まだ夕方なのに酒場は甲冑やローブを身にまとった冒険者らしき客で込み合っている。
何だか大人っぽいムードに、私は何だかドキドキしてしまう。
「お嬢ちゃんがた、冒険者カードは?」
鼻ピアスをした筋骨隆々の男が聞いてくる。角の生えた兜がまるで水牛のようだ。
私とモアが恐る恐るカードを見せると、男はくい、と店の中を指差した。
「入んな」
「やったあ!」
私とモアは手を取り、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
ほっとしながら中へ入ろうとした俺たちの背中へ男は話しかけた。
「冒険者カードは無くさないようにケースに入れて首からぶら下げたり、腰につけた方がいいぜ。せめて財布に入れるとか」
なるほど、そういうものなのか。私はカードを財布に入れると店の奥の空いている席に腰掛けた。
「俺はこの『森のりんごジンジャースカッシュ』にしようかなあ」
「じゃあ私は『森のりんごシナモンミルク』」
注文を済ませると私たちは辺りを見回した。
店の一角には人だかりができている。恐らくクエストが貼ってあるのだろう。
それから店の真ん中にある本棚に目をやるとそちらにもノートが沢山置かれている。
「非正規依頼」という表示を見るに、冒険者協会を通さずに依頼されたものがそこにあるらしい。
協会を通すまでもない簡単な依頼の他、依頼者の素性を明かしたくないような依頼や非合法な依頼もそこにあるのだという。
「ねえ、これ」
モアが依頼の一つを指差した。
そこには、国境の街で私たちを攫ったルーラとガントの似顔絵があった。
「あいつ、賞金首だったの!」
しかもそこにはあの二人がAランク冒険者であること、挑むにはAランクの冒険者二人以上かSランクであることが条件とされている。
「道理でただの貴族にしては強いと思ったよ。あいつ、Aランク冒険者だったんだ」
「それを倒しちゃうなんて、お姉さま凄い!」
「ははは、まあね!」
と、少し笑ってから気づく。しまった。賞金が貰えるんなら黙って立ち去るんじゃなかった。
まあ、でも、私たちも賞金首みたいなものだし仕方ないのかもしれない。
やがて私たちの注文したドリンクが運ばれてくる。運んできたのは長い赤毛をみつあみにした可愛らしいお姉さんだ。
「あの、人を探してるんですが」
私はお姉さんにアオイとヒイロについて尋ねてみた。
「あなたたち、アオイとヒイロの知り合いなの!?」
急に動揺した様子で身を乗り出すお姉さん。
「え、ええ」
「アオイとヒイロはどこにいるの?」
モアが尋ねると、お姉さんは胸元から一枚の紙を取り出した。
それは、賞金首の一覧。そこに――アオイとヒイロの名前があった。
「えっ、賞金首? いったい何で!」
お姉さんはため息をついた。
「私はあの子たちはあんなことをするとは思わない。きっと、何かの間違いよ」
三つ編みのお姉さんの名はアザミ。アザミによると、数週間前、この町では十数人もの幼い子供が夜中に行方不明になる誘拐事件が起こったのだという。
「子供が? いったいどうして」
「分からないけど、生贄にするためだってみんな言ってる。もうすぐ薔薇祭りだし、鏡の悪魔の生贄にするためだって」
私の悪魔。私も『オルドローザの伝説』の中で読んだ覚えがある。
何でも願いをかなえるという鏡の悪魔。それを退治したのがオルドローザだ。
その悪魔を何者かが再び呼び出そうとしている?
そしてそのために大量の魔力が必要なので子供を生贄にしようとしているのか。
「でも、アオイとヒイロがどうして疑われてるの?」
神妙な顔をしてお姉さんは答えた。
「まず、事件発生の日にアリバイがないこと。それから被害者となった子供たちのうちの何人かと顔見知りだったこと。それから二人は闇魔法の名手として知られていたし、笛も得意だった」
「笛?」
「誘拐事件があった夜に、笛の音を聞いたものが何人もいるの。きっと犯人はその笛の音で子供たちを操って誘拐したのね。それに、二人には動機もあった」
「動機?」
「鏡の悪魔が他の悪魔と違うところは、属性を入れ替えることができるということなの」
高位の悪魔でも難しいとされる魔法、それが「属性の入れ替え」だ。それを得意とするのが「鏡の悪魔」なのだという。
「属性の入れ替え?」
「例えば光属性を闇属性にしたり、男を女に変えたりとかね」
要するに女の子そっくりだけど男の子であるアオイを本物の女の子にするために二人が悪魔を呼び出そうとしているのでは、と言うのが警察と協会の見解のようだ。
「そんな馬鹿な! 2人がそんな事するはずない!」
私が叫ぶとモアも同意する。
「そうだよ! おちんちんのついた女の子はお得なんだって、希少価値だってアオイもヒイロも言ってたもん!」
「モ、モア」
こらこら! くそー、アオイとヒイロのやつ、モアに何教えてるんだよ!
でも私らからするとどれも証拠がなくただのこじつけにしか見えないが、街の人々はそれを信じているのだという。
「それに事件の直後から彼らは姿を消しているしね」
心配そうにうつむくアザミ。
「もしかして、何かの事件に巻き込まれてるんじゃ」
「本当の犯人に捕まってるんじゃない!?」
私とモアがそんな話をしていると、アザミが私の手を握ってくる。
「とにかく、何か分かったら私に教えて頂戴ね」
「はい!」
と返事をした後で、私は急に背後から鋭い視線を感じて振り返った。
「……?」
だがそこには誰もいない。気のせいだったのだろうか?
「どうしたの? お姉さま」
「いや視線を感じたような気がしたんけど、気のせいかな」
こうして私たちは、結局アオイとヒイロに会えないまま宿屋へと戻ったのであった。
「アオイ、ヒイロ……一体、どこにいるんだ?」