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第55話

「お姉さま、どうだった?」


 私が神父に礼を言って教会を出て丘を降りると、モアが駆け寄ってくる。どうやらモアは無事だったみたいだ。


「ああ、やはりこの教会、何かがあるね」


 私は神父の妖しげな笑顔を思い出した。背筋がぞくりとするような笑顔。怪しすぎるにもほどがある。


「それに、最近ここにアオイとヒイロが来ていたみたいなんだ」


「二人が!?」


「うん。教会の子供に聞いただけだけど確かだと思う。そっちはどうだった? 何か見つけた?」


 私の問いにモアが首を横に振る。


「ううん、ごく普通の教会と孤児院だった。でも、あの茶色の建物だけは鍵がかかっていて忍び込めなかったんだけど」


 モアが神父とシスターが夜の間寝泊まりしているという建物を指さす。


「そっか。じゃあ、何かあるとしたらあそこだね」


 私は絡まるツタが不気味に揺れる茶色い屋根の建物を見上げた。

 薄曇りの空に灰色の雲が流れていく。なんだか嫌な感じだ。


「よし、今日の夜、今度は二人であそこに忍び込んでみよう」


「うん」


 私とモアは、夜に教会に忍び込もうと決めた。




 その夜、私たちは再び教会のある丘へとやってきた。


 サワサワと森の木々が揺れる音。フクロウの鳴き声があたりに響き渡る。月は雲に隠れていて見えす、光のない真っ暗な夜だ。

 音を立てないように、私たちは建物の屋根に上った。



「なあオイ、本当にこんな所に子供たちがいるのかよ!」


 屋根の上に乗り、文句を言ったのはゼットだ。


「うるさいなー。信じられないなら別についてこなくてもいいんだぜ?」


 そう、私とモアの探索に何故かゼットもついてくるハメになったのだ。


 夕飯の時にそれまでに分かったことをマロンとゼットに話したのがいけなかったかな。うっかりしてた。


「まあ、じゃあ教会に忍び込むのね。でも相手はかなり大掛かりな魔法を使う敵。そうだ、ゼットを連れて行ってはどう? いざという時の盾がわりにはなるし!」


 そんなマロンの提案を私は断ろうと思ったのだけれど、ゼットはゼットで私よりも活躍してやると豪語し、マロンにいい所を見せてやろうとやる気満々だし。


「はあ」


「何ため息ついてんだよ」

 私のため息を見て、ゼットがイライラしたように言う。

 私は首をすくめてやった。


「別に? っていうか、いくらマロンに頼まれたからって、別にゼットはついてこなくてもいいんだけど?」


 私が言うと一瞬ゼットは不機嫌そうな顔になる。


「ちげーよ! マロンに言われたからじゃない。女の子二人だけで夜中に出かけるなんて危ないだろ!」


 私は一瞬言葉を失い、そして再びため息をついた。

 そうだった。普段のアホな言動で忘れていたが、こいつは育ちの良い、根っからのお坊ちゃんだったんだ。


「まあ、いいけどさ」


 別に誰が相手だろうと私の力でぶっ飛ばしてやるからいいか。


「お姉様、行こう」

「うん」


 モアに促され、私たちは音を立てないように神父やシスターの居住区画の屋根の上に移動をした。


 屋根の上に乗ってはじめて気づいたのだが、教会の奥には墓場もある。うげぇ。


「夜の教会って何だか不気味だね」


 私が暗くなった教会の敷地を見回して言うと、ゼットが馬鹿にしたように鼻で笑った。


「何だよお前、ビビってんのか?」


「ビ、ビビってない!」


「お姉さま、静かに」


 私とゼットが言い合いをしていると、モアが人差し指を立ててくる。


 見ると、礼拝堂からこちらへ渡り廊下を通って向かってくる明かりが一つあった。


 目を凝らすと、昼間会ったシスターが蝋燭を手にこちらへ向かってくるところだった。


 私は音を立てないように屋根からシスターの背後に飛び降りると、背中にトンと手刀を食らわた。


 シスターは気絶し、通路にドサリと倒れた。ひゅー、とゼットが口笛を吹く。


「ちょいと失礼」


 私がシスターの胸元を探ると、そこには鍵束が入っていた。


「これで鍵を開けてみよう」


 鍵穴にそのうちの一本、新しくて長い鍵を差し込む。手応えがあった。


「まさか一発で開くとは冴えてる」


 私が言うと、モアが真剣な顔になる。


「この場所の魔力値が上がってるからじゃないかな。多分だけど、お姉さまは自分でも知らない内に予知魔法みたいな能力を使っているんだと思う」


「そっか、なるほどな」


 冒険者協会で調べたところによると、私は無属性らしいのだが、魔力がないとは言われなかった。


 火とか水とかの魔法が使えないだけで、実は自分の知らないうちに魔力を使っているのかもしれない。


 私たちは静かに一部屋一部屋調べていった。だが部屋数はわずか五部屋ほどですぐに調べ終わってしまう。


「なあ、何もないぜ? 本当にここに子供たちが?」


 ゼットが飽きたらしくのびをして欠伸をする。


「ああ、恐らくね――というか、おかしいな」


 私が言うと、モアも眉を微かにひそめる。


「ここには神父ともう二人のシスターが住んでいるはずなのにいないわ」


「じゃあ、その三人はどこへ行ったんだよ」


 口を尖らせるゼット。その時、私とモアの頭には同時に同じ答えが浮かんだ。


「......もしかして、隠し部屋?」


「だな!」


 私たちはもう一度五つの部屋を探し回った。すると一番奥、恐らく神父が寝泊まりしているであろう部屋で隠し部屋の痕跡を見つけた。


「あった! この本棚、動かした形跡がある」


「ちょっと待てよ、俺が今どかすから」


 本当は私一人でもどかせるのだが、ゼットはそういうのは男の仕事だと思ったらしく本棚を懸命に押し始める。


 やがてズズ、と音がして本棚のあった床にぽっかりと空いた穴が現れた。


「地下室か!」


「かなりの広さだね」


 私たちは暗い階段を下りると辺りを見回した。地下には右に一つ、左に一つの部屋があり、更に奥にも一際大きな扉があった。


「とりあえず、手前の部屋から見ていくか」


 私は鍵束の中から扉に合う鍵を見つけるとドアノブを回した。

 すると、薄暗い部屋の中にいたのは手足を縛られた黒い髪の二人の美女が見えた。


「アオイ! ヒイロ!」


 そこにいたのは、行方不明になっていたアオイとヒイロの二人であった。

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