ドラゴンが炎を吐き、轟音とともに周囲が火の海になる。
「わーっ、熱い熱い熱い!」
私は服に燃え移りそうになった火をパタパタと払った。
地味だが王宮から持ってきた服は一応それなりに火耐性はあったようで、なんとか火傷はせずにすんだ。
全く、こちとら魔法なんか使えないのに!
ドラゴンに攻撃するにはある程度近づかなくてはいけない。しかし火を吐かれたら厄介だ。
「ねえドラゴン、話を聞いてよ。私たちは別に」
私はドラゴンを説得しようとしたのだけれど、そうこうしている内に、ドラゴンによる鋭い爪攻撃が襲う。
「うわっ!」
幸いにもドラゴンの動きはあまり速くなく、余裕で避けられた。
が、背後の壁にくっきりと刻まれた爪の跡から察するに、当たれば大ダメージは免れまい。
「ふむ、どうやら増えすぎた闇の魔力によって完全に正気をうしなっているようじゃな」
鏡の悪魔が冷静に分析する。
確かに、前に会った時に比べ、目は濁り、理性が完全に吹き飛んでいるように見える。これは厄介だ。
「仕方ない、本気でいくか」
私はごくりとつばをのみこみ、斧を構えた。
人間相手なら手加減しなくてはいけないが、ドラゴン相手ならばその必要はない。本気で行こう。
ふとドラゴンの動きが止まった。大きく息を吸い込むモーション。やるなら今だ!
全速力で走り、ドラゴンとの間合いをつる。
だがあと少しの所で、ドラゴンは巨大な炎を吐き出した。
「うわ、あぶなかった!」
私は思い切り地面を蹴って跳躍し、うまい具合にドラゴンの頭上に飛んだ。
この体に生まれ変わって十六年。自分の身体機能の高さに大分慣れてはきたものの、それでもたまに思いもよらぬパワーが出てビックリすることがある。
この時も、思いがけず高く跳躍してしまい私はすっかり戸惑ってしまった。この後どうする?
見ると眼下のドラゴンは私が消えたとでも思ったのか不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。これはチャンスかもしれない。
「こっちだよ!」
わたしは壁に足をつき一回転すると、そのまま一直線にドラゴンの頭上へと斧を振り下ろした。
――ドゴォン!
轟音が辺りに響き渡る。
並の人間なら頭蓋骨が粉々になるところだが、ドラゴンは脳震盪を起こしふらついているものの、まだ体力には余裕がありそうだ。
ドラゴンはふん、と鼻を鳴らすと、巨大な尻尾を振り回した。
「ねえ、鏡の悪魔、あのドラゴンを何とかする方法はないの?」
私が尋ねると、鏡の悪魔は真面目な顔でうなずいた。
「ふむ、妾とてこのまま契約者が生き埋めになるのは好ましくない。ここは手を貸してやろう」
そう言うと、鏡の悪魔はモアに何やら紙切れをモアに手渡した。
「この魔法を唱えればいいの?」
モアが呪文の書かれた紙きれを手にキョトンとする。
「ああ、この場で魔力のコントロールのできないそなたが攻撃魔法を唱えるのは危険じゃ。じゃがこの魔法なら……」
鏡の悪魔がモアに授けたのは、どうやら補助魔法のたぐいらしい。
「それじゃあ、私は時間稼ぎをするからその隙に魔法をよろしく」
私はモアが魔法を発動させるまでの時間稼ぎに、精一杯ドラゴンの囮になることにした。
ぎゅっと斧を握りしめ、ドラゴンに向かって振り下ろす。
「たあああ!」
しかし、私の攻撃も反対側から攻撃したゼットの斬撃も通っている気配がない。
すると背後からこんな声が聞こえてきた。
「ちょっと待って鏡ちゃん、この魔法、最後の部分が欠けてるんだけど」
「ああ。その部分はそなたが魔法をかけたい相手に言いたい言葉を入れるのじゃ。それによって、魔法をかけられた相手はパワーアップする。思いが強ければ強いほどな」
モアが呪文を唱え始めた気配がした。随分と長い呪文のようだ。
最近の簡略化された魔法と違い、古い魔法は呪文が長いと聞く。ひょっとしたら詠唱も大変なのかもしれない。
だけど今はモアを信じてドラゴンに向かって飛ぶしかない。
「海よ、大地よ、空の精霊よ! 力を与えたまえ……えっとえっと……」
モアが紙に書かれた呪文を唱え終わった。が、何も起こらない。まだ足りないのだ。最後の欠けている部分が。そこはモアが自分で呪文を作らなくてはいけないのだ。自分の言葉で。自分の気持ちで。