怒涛のような赤の曜日から三日たった黄の曜日、僕はまた馬車に揺られてモート家へ向かっていた。
先日は正面にサラが座っていたこともあったけど、もちろん今日はいつものように僕ひとりきりだ。息を吐いて背もたれに身体を預けると、いつもとは違って後ろで何かがこつんと当たる気配がした。
「あ……」
その原因を僕は手に取る。キラキラ輝く黄金製の髪飾りだ。花の上に蝶が舞っていて、さらには緑、赤、青といった細かな宝石が散らしてあるもの。びっくりするほど豪華で、びっくりするほど高そう。
「……ほんとに、もう……どうなってるんだろうなあ……」
サラも、ルークも……姉上もね。
あの赤の曜日。王都へ向かう男性使用人に預けた手紙に僕は、姉上とルークの関係性を問う内容を書いた。
『サラの婚約者が決まったよ。“ルーク・センシブル”という人なんだ。もしかしたら
たとえルークとモート家で会ったとしても、相手は
そんなわけで僕はできるだけ早く姉上からの返答が欲しかったけど、さすがに今週中は無理だろうとも思ってた。本邸から王都までは馬車を使って片道で二日、往復で四日かかる。いくら馬が馬車より早いとはいっても、馬も人も生き物だ。休みもなく通しで動くなんてできない。してほしいと思わないし。加えて、別邸にいる姉上にすぐ会えるかどうかだって分からないもんね。姉上の都合によっては半日くらい別邸で拘束される可能性もあるんだ。
だけど赤の曜日の夜に本邸を出発した男性使用人は、今日の――黄の曜日の朝に本邸へ帰ってきた。
僕がモート家の馬車に乗るため玄関に向かっていたら、まるでいつも通りの日々を過ごしていたかのように彼は廊下の端に立っていて、ごく普通の調子で、
「坊ちゃま、おはようございます」
なんて挨拶をするんだ。さすがにもう帰ってくるなんて思ってなかった僕は彼の幻を見たのかと思って、何も言わずに通り過ぎちゃったよ。
三歩進んで立ち止まった僕が「えっ?」って言いながら振り返ったところ、実在していた使用人は何事もなかったかのように訥々と語り始めた。
曰く、王都の別邸に到着した彼はまず応接室に通されたらしい。エレノア姉上に僕の手紙を渡したところ、その場でざっと目を通した姉上は顔を上げて言ったそうだ。
「わたくしとルーク卿のあいだに特筆すべき関係性などありません。グレアムには『普段通り過ごせばいい』とだけ伝えなさい」
思いもよらない答えを聞いて唖然とする僕に使用人は、姉上から渡されたという髪飾りを差しだした。なんでも「返事すらないまま帰宅しては、グレアムが本当に王都まで来たのかと疑うでしょうから」という意味をこめてのことらしいんだけど、僕は別に使用人のことを疑ったりしないよ。だって彼の目の下にはくっきりとした隈ができていて、「相当無理をしてくれたんだな」って一目で分かる状態だったんだから。
「……だいたい姉上だって、そんな気を回すくらいなら何か一言でも手紙を書いてくれたら良かったんだよ」
妙に深くなった溜め息をついて、馬車の中の僕は髪飾りを髪に戻した。鏡がないから
僕の困惑と葛藤を乗せて、すっかり馴染みになった道を馬車は進む。見慣れた鉄の柵を過ぎて、この木立を抜けたらモート家の玄関に到着する。――はずなんだけど、なぜか木立の中で馬車が止まった。続いて、何か言い合う男性二人の声が聞こえてくる。片方は御者さんのものだけど、もう片方の声は……。
え……これは、どういうこと?
僕が腰を浮かせると同時に、バン、と音を立てて馬車の扉が開いた。
「エレノア!」
いたのは、淡い黄色の服を着たルークだった。やっぱり。
だけどここにルークが来る理由が分からない。
しかも今、ルークは「エレノア」って言ったよね?
呼び捨て? 敬称もつけてない?
なに? なんで? えええ?
「ふふ……困ってるね? ボクがもうモート邸にいないと思ったのかな? だから今日、君はモート邸に来た……。いや、例えボクがいると分かっていても、きちんと教師を務めるために来たんだよね。君らしいな。……ただ、そういうところに付け込んだと……君はボクをまた嫌うかもしれないな」
ルークの口調は軽い。だけど表情はとても必死で、なりふり構わない感じで、先日のキラキラしい彼とは全然違ってなんだか泥臭い。でもその分だけ僕にも真剣さが伝わってきたんだ。
ルークは僕に向かって手を伸ばす。
「お願いだ、エレノア。もう一度だけでいい。ボクと話をしてくれないか」
「話……」
なんの?