静寂に包まれた室内。
ガチャリと重みのある音が響き渡る。
「誰も、いませんよねぇ?」
ゆっくりとハッチを開き少しだけ顔を覗かせると、書斎のような部屋。
じっと聞き耳を立てて様子を伺うが、物音はしない。
「まだ、レインくんがいてくれたら良かったのに……」
人の気配がない事を確認すると、ハッチを開いて身を乗り出す。
そこは書斎で、恐らく彼の父が使用していた部屋だと思われた。
事務机の真下からのっそりと這い出し扉まで近づくと耳をあて部屋の外に人気がないか確認する。
「よし、問題ない——って、なにこれ⁉︎」
よくよく部屋を見回せば、乱雑に荒らされた室内。
床に散らばる大量の本や小物。間違いなく誰かが捜索した形跡が残っていた。
「やっぱりあの人達が来たんだ、私達を探して。レインくん大丈夫かな」
彼の不器用な表情が頭の隅をかすめ、焦燥感が心を苛む。
私は一先ず家の状況を確かめる為ゆっくりと扉を開き、顔だけを覗かせて周囲の様子を確認。
「誰もいませんように」
物音を立てないよう、そっと廊下へと足を踏み出す。
挙動不審になりながらもリビングやダイニング、最初に寝かされていた寝室などを見て回ったが、この家には間違いなく私しか居ないようだ。
変わり果てた室内の様相に思わず暗い感情が差し込む。
「私がレインくんと関わらなかったら、こんな」
彼が居たらきっと「気にするな」と不器用ながらに言ってくれるのかも知れない、けれど、今この状況で自分を責めずにいるなど私には不可能だった。
胸に刺すような痛みを覚えながら家の中を、何か、心に引っ掛かる何かを探すように歩るき回っていた。
不意に首元を撫でるような風の抜ける感覚に肩を跳ねさせ、慌てて振り返る。
すると、勝手口の扉が半開きになっており、慌てて近寄ると外に誰もいない事を確認してからそっと扉を閉めた。
「慌てて逃げたのかな……レインくん、一体どこに」
その後も警戒しながら周囲を観察していたが物音一つしない、ただ静寂だけが散らかった室内に横たわっていた。
私は、家の中を恐る恐る確認して周り、その途中。
「二階……」
家主がいない時に部屋を覗くのは抵抗があるけれど、今はそうも言ってはいられないし、何か手がかりがあるかも知れない。
自分に言い聞かせながら、ゆっくりと階段を登っていく。
二階に着くと直ぐに部屋があった、そっとドアノブに手をかけ、緊張しながら室内へと入る。
どこか懐かしい空気を感じながら足を踏み入れたその部屋は特に荒らされた形跡もない。
それどころか、まるで時が止まったような。
「——レインくんは、最初から知っていたんだよね、私のことも」
床に転がっていたクレヨン、壁には無造作に貼り散らかした幼い絵。
描かれているのは、手を握り合う桜色の髪をした女の子と、濃い青色で描かれた男の子。
床一面に広がる模造紙には「ひみつのけいかく」という題で、何の落書きなのかわからない絵が沢山あって。
大きな犬、一際高く描かれた塔、真っ暗な空、恐らく私の家と、この家、そして塔の上には泣いている一人の男の子。
「ああ、そうだ……思い出した、思い出したよ?」
ズキリと頭に違和感が走り、同時に断片的な映像がこぼれ落ちてくる。
無意識に溢れ出した大粒の涙。
雫が頬を伝い、模造紙に描かれている幼い絵を淡く滲ませていた。
「私、こんな大事なこと……忘れて、ごめんね」
胸の奥、はち切れそうな程膨らんだ抑えきれない感情がこぼれ落ちる。
私は、床に落ちていたクレヨンと画用紙を胸に抱き、声を殺して泣いた。
その時、ふいに窓の外から人の気配を感じた。
飛び跳ねるように立ち上がると、そっと窓際に身を寄せ外の様子を確認する。
玄関の入り口付近に魔装銃を携帯した男が二人、身を潜める様に待機している姿が見えた。
「まだ、見張ってる」
その様子を二階から観察していると、装備のヘルメットを深く被った兵隊の一人が僅かに片足を引くように玄関へと近づいた。
待機していた兵隊二人が気配を察したように銃を構え飛び出す、しかし、同じ兵隊だとわかった様子で直ぐに魔装銃を下ろした。
「————」
「————⁉︎」
何かやり取りをしているように見えるが、当然会話は聞こえない。
窓の隙間から注意深く様子を観察していると、後から来た兵隊と話し終えた二人組は急いでその場を去って行った。
「どっか行っちゃった? 何かあったのかな」
不穏な考えが頭を過ぎる、そんな思いを打ち消すようにかぶりを振って、再び窓の外に視線を向けると。
「——ヤバっ⁉︎ 」
外を覗いた瞬間、その場で立ち尽くしながらこちらを見上げる兵隊の姿に急いで身を隠した。
緊張に身体を硬直させながら、一度深呼吸をして、もう一度確かめるためにゆっくりと窓の淵から様子を伺った。
「良かった、バレてない」
窓を覗くと、片足を引きずってその場から離れていく兵隊の後ろ姿が見える。
ホッと胸を撫で下ろし、思わずその場にへたり込んだ。
「レインくんを探し出して、一緒にこの国を——きっと君は、今の私と同じことを考えてるはずだから」
唇を強く結び直し、私は立ち上がる。
今は弱音を吐いている時間など一秒だってないのだから。