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第12話:親友と襲撃

 静まりかえった夜の住宅地、エリシアの家は少し外れた場所にある二階建ての一軒家で、周囲の家と比べても立派な作りと言える。


 そんな二階の窓から見えるのは人々が寝静まった時間に不釣り合いな無数の人影。


 エリシアの部屋に上がる直前、この異質な空気に気がついた。


 今までの自分であれば絶対に気がつく事はなかったであろう、しかし、天職を自覚してから徐々に様々な感覚が研ぎ澄まされていたからこそ気がつくことのできた気配。


「ごめんね、エリシア——私のせいで」


 何も知らずベッドで眠る親友に視線を向けると、こみ上げてくるのはどうしようもない悲しみと現状への激しい怒り。


「どうしてここがわかったの? もしかしてずっとつけられて? なら何故今」


 考えても答えは出ない、今はこの家を取り巻く事態を解決する方が先決だ。


 魔装銃を手に窓から様子を伺う、家の周囲に感じる異様な気配は無数にあった。


 そして改めて目視してみると、周辺を完全に武装した政府機関『レゴラ』によって囲まれている。


「わざわざエリシアを巻き込むなんて——」


 おそらく直ぐに襲ってこなかったのは、私の能力を警戒してのことだろう。


 そして完璧に準備を整え、エリシアがいることなど一切考慮せず寝込みを襲うつもりだったのかもしれない。


 このではまず見る事のない光景が眼下に広がっていた。


 正直、銃や武装した政府機関の人間など学校の教科書でしか見た事がない。


「とにかく、エリシアに迷惑はかけられない」


 状況を見るに包囲が完全に整っているわけではなさそうだった、隊長らしき男が部下へと指示を送っているのが見える。


 私はエリシアが用意してくれていた短パンと、シンプルだが可愛い白地のパーカーに着替えた。


 古びた革の鞄を斜めに掛けると、魔装銃を腰に差し込んで、ゆっくりとドアノブに手をかける。


「エリシア、本当にありがとう——バイバィ」


「——……」


 後ろ髪を引かれる思いで、また、何も告げず立ち去ってしまう事に後悔を残しながらも私は部屋を後にした。



 ***




 エリシアの自宅は少し高めの塀に周囲を囲まれ、入り口は正面玄関しか存在しない。


 そして現在『敵』は塀の周囲をぐるりと囲む形で包囲を固め、隊長らしき男と数人の兵隊が門の前に陣取っている。


 準備が整い次第門を開け突入してくるだろう。


 この家には一箇所だけ出入り出来る場所が存在する。


 それはキッチンに換気用で設けられた小窓。

 大人が通るには無理があるが、私ならギリギリ通り抜けられる。


 バルコニーなどの開けた場所は当然警戒の目が向いているだろう。


 だが、キッチン側は塀との距離も近く通路も狭い為おそらく警戒は薄い。


「ここは私にとって二番目の家だよ? 絶対に傷付けさせないんだから」


 息を殺し、音を立てないように小窓から外へ出る。

 すぐに身を屈め周囲の気配を探った。


 足音が数人、一人が近くで立ち止まり、後は離れていく。


 ——今だ。


 自分でも信じられない程、冷静な感覚に驚きを隠し得ない。


 けれど、それ以上に今は守るべき人がいる、その為であればどんな自分にでもなれる。


 常人離れした跳躍で軽く塀を飛び越えると、視界に入ったのは銃を構えて警戒する一人の兵隊。


 こちらの気配に気がつく事なく周囲を警戒していた男の背後にスッと降り立ち、膝裏を軽く蹴る。


 途端に態勢を崩した男の肩を手で掴み、そのまま膝を着かせると、銃口をこめかみへと押し当てた。


「————っ⁉︎」

「動かないでください」


 トンっ、と首筋に手刀を打ち込み気絶させる。

 我ながら見事な手際だが、全然嬉しくも何ともない。

 女の子らしくなりたくてお菓子作りや料理に裁縫、様々な分野に挑戦したがどれもダメ。


 唯一運動神経は異常に良かったが、そう言うキャラになりたく無かったので今まで周囲には隠してきた。


 誰に教わった訳でもないのにここまでの事が出来てしまう私は、やっぱり女の子らしさとは無縁の『暗殺者』なのだろう。


 私に残された女子としての砦は、この可愛らしい顔だけなのか。


 そんな事を考えながらも、手際良く敵が所持していた魔装銃のホルスターと装備していた二本のナイフを奪い、自分の太腿に装着する。


 なぜ手慣れているのか? わかるわけがない。

 でも、こうした方がきっと良いのだと思うから実行している。


 現在、私の居場所は正面入り口から見て丁度真反対の場所、家の裏は壁伝いになっており壁を超えたら川がある、気持ち程度の細い一本道には身を隠す場所などないため。


「いたぞ————!?」


 当然見つかってしまう。


 前方から周囲を見回っていた兵隊二人が私に気がつき、魔装銃を構えながら走ってきた。


 それよりも早く片方の男目掛けてナイフを投擲、肩口に突き刺さったナイフを見て驚愕する二人の間を瞬時にすり抜ける。


 背後から一方の男の頭部目掛けて回し蹴り。

 蹴られた男はそのまま隣の男へ勢いよく激突し二人ともその場で気を失った。


 ——私、結構強いのかな? 強い女の子か、それはそれで。


 再び、手際良く装備を回収し、不必要な銃は一先ず鞄の中に詰め込んだ。


 意識を取り戻す可能性を考慮して装備は極力剥いでおいた方が良いのだ、きっとそうに違いない。


 それから家の周囲に配置されていた兵隊を次々と無力化して行き、残すは隊長格とその取り巻きだけとなっていた。


「あの人たち、門を壊して突入する気だ」


 隊長らしき男の指示に従うように裏手に配置されていた兵隊よりも重装備の兵隊たちが器具を持って門の鍵を切断しようとしている。


 直ぐにでも門をこじ開けエリシアの眠る室内へとあの物騒な連中は押し入るつもりなのだろう。


 そんな事は絶対にさせない。


 鍵が器具によって切断された瞬間、強く地を蹴って跳躍した私は敵の真上へと飛び、間髪入れずに両手に持った魔装銃を敵の足元目掛けて乱射する。


 ——変なところに当たりませんように‼︎


 突然の強襲にパニックとなった兵隊達は必死に弾丸の雨を避けるが腕や足などを撃ち抜かれ、殆どがその場でうずくまった。


 同時に着地した私は、瞬時にその場にいた全員へ攻撃を加えて意識を刈り取る。


「これで、全員? あの偉そうな人がいない」


 あっさりとその場にいた兵隊を無力化した私は、隊長らしき人物がいないことに気がついた、次の瞬間。


「——る、るぅしぃ……助けて」


 弾かれたように、弱々しい声の聞こえた正面玄関へと視線を向ける。


 そこには、涙目で助けを求める親友と彼女を抱え込んでその頭に銃口を突きつけた隊長らしき男、そして隣に佇む兵隊が一人。


「エリシアを離して」


 隊長らしき男を睥睨しながら魔装銃を向けて発した私の声は、自分でも驚くほど暗く冷たい音だった。


「まさかこれだけの人数をたった一人で制圧してのけるとは、流石に想定外だルゥシフィル・リーベルシア、だが、ここまでだ! 大人しく投降すればこの子は助かる」


 その男は至って冷静に私を見据えて言い放った。


「本当に、助けてくれるの?」


「勿論だ、我々はお前のような危険対象からこの国の『秩序』を守る事、善良な国民を傷付けはしない」


 言っている事とやっている事が噛み合っていない。


 この人たちは『彼』も危険だと言って殺そうとしたのだ、エリシアだけ都合よく解放してくれるとは思えない。


「どうした? 早く投降しなければ大事な友達が死ぬぞ?」


 男は不適な笑みを浮かべながら、ガクガクと震えるエリシアに強く銃口を突きつける。


「わかりました、投降します——だからエリシアを離して」


 だとしても、これ以上エリシアに怖い思いはさせられない、私が死んでもエリシアだけは絶対に助ける、決意を固めた私は、少しでもエリシアの緊張を解くために優しく微笑みかける。


「エリシア、ごめんね? もうすぐ助かるから」


「る、るぅしぃっダメ死なないでっ!? ごめん、ごめんねっ、あたしが起きたから」


「大丈夫、巻き込んじゃって本当にごめんなさい、私は大丈夫だから、ね?」


 震える声で、それでも身を案じてくれる親友の優しさに心が震えた。


 彼女を守りたい、その為なら何だって出来る。


「早くしろ!!」

「きゃぁっ!?」


「————っ」


 痺れを切らした男は乱暴にエリシアのこめかみへと銃口をねじ込む、恐怖に震える彼女は立っているのもやっとだ。


 唇から血の滲む味がする、気が付けば悔しさのあまり噛み切った口元からポタポタと血が滴っていた。


 だが今は従うしかない、ほんの一瞬、隙を見せてくれれば、私は最大限意識を張り巡らせて男の挙動を観察する。


 ゆっくりと、血走った瞳で男を睨みつけながら手にしていた魔装銃を地面へと置いた。


「それで良い、死ね」


 男はその瞬間、エリシアを放ると同時に銃口をこちらへと向けその引き金に指を掛ける。


「死ぬ前に教えてやる、お前のような危険対象を庇ったものがこの国で生きていける訳がないだろう? 彼女もすぐに送ってやる」


「——っ!? そんなの許さないっ!!」


 嘲るような笑みを浮かべ、その引き金をまさに引こうとしたその時、ガチャリと男のこめかみに銃口が突きつけられた。


「——貴様、一体何のつもりだ!?」


「悪い、二人とも俺のクラスメイトなんだ」


「ぇ?」


 隣で佇んでいた兵隊は男に銃口を突きつけたまま、その顔を半分覆っているヘルメットを脱ぐ、深い海のような群青の髪、少し寂しそうな鋭い瞳の彼がそこにいた。


「レインくん」


「あぁ、また会ってしまったな——ルゥシィ」


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