その瞬間、まるで時が止まったかのような静寂が訪れた。
「お、お前は! レイン・エバンスか!?」
「——エリシアにひどい事したお返しっ!!」
背後から銃口を突きつけられると言うまさかの事態に気が動転した男の一瞬の隙をついて、力強く地を蹴って宙を舞う。
回転を加えた踵をその嫌味な横顔へとお見舞いした。
「————ぐがっ」
「女の子を怖がらせるなんて、最低!」
大きく真横へ吹き飛んだ男はそのまま玄関の柱に激突、ずるりとその場で崩れ落ちた。
「相変わらず、容赦がないなお前は」
「ふーんだ、泣き虫レインくんには言われたくないよぉ」
「——っ、お前、俺のこと思い出して」
「ほんの少しだけ、ね? ぼんやりだけど——約束、忘れていてごめん」
「気にするな」
再開の挨拶よりも先に皮肉が口をついて出る二人のやり取りは、どこか暖かい二人だけの空間をつくり出していた。
「るぅしぃ!? 怖かった、怖かったよぉ」
そんな空気をぶち壊して真横から飛び込んできたエリシアは、柄にもなく半ベソだった。
「うん、そうだね? 怖かったね? もう大丈夫だから、私のせいで本当にごめんね」
また自分のせいで大切な人を巻き込んでしまった、そう思うと鋭い痛みが胸を刺す。
悲し気な視線でエリシアの頭を抱いていると彼女は勢いよく顔を上げて私を見つめ返す。
「ルゥシィが悪い訳ないじゃん!? 何もしていない女の子にこんな物騒なもの向けて、絶対に頭おかしいってこの人達」
「まぁ、それに関しちゃ俺も同感だな、こいつらはこの平和な国にあって非人道的すぎる」
「……」
それは逆だ。
私たちが知らないだけでこの国は平和とある意味でかけ離れた『秩序』により『平和』を強要されている。
そして、本来私も知るはずがない記憶と感覚、これはきっと『彼女』のものなのだろう。
「この人たち、どうしようか?」
閑静な住宅地で、この異質な状況をどうするべきか。
エリシアの言葉に私たちは、倒れている兵隊を見て互いに頭をひねる。
「とにかく、一度縛って……その後は」
「——埋めちゃう?」
「エリシア!?」
「それは良いな」
「レインくんも乗らないで!!」
さらりと可愛らしい顔で怖い発言をするエリシアに驚愕すると、堂々と乗っかって来た彼へ反射的に突っ込みを入れる。
「とはいえ、どうするかなぁ」
私は張り詰めていた気持ちが緩むのを感じながらも、現実を見てため息をつく。
そこへ何か思いついた様子の彼が言った。
「俺の家の『隠し部屋』に連れて行こう、一先ずあそこなら死ぬことはない」
「ぁあ、なるほど!!」
「でも、これだけの人数よ? どうやって運ぶの?」
それは名案と納得しかけたところで、エリシアの的確な発言にすぐさま頭を抱える私。
「近くにこいつらが乗り付けた『魔導車』がある。俺が運転してこいつらを隠してくる」
さらりと聞き捨てのならない発言をした彼に、本来『優等生キャラ』で押していた私は黙っていられない。
「レインくん? 免許無いでしょ? それって悪い事だよ!!
私たちはまだ学生なんだからそういうことは絶対に——」
「ルゥシィ? それ……今更じゃない?」
冷静さを取り戻して来たエリシアが転がる兵隊達を指しながら肩を竦めて言った。
確かに、ぐぅの音もでない。
「大丈夫だ、何度か経験はある」
「あるの!? レインくん不良だよ!? 『不良』がバレたら更生施設に送られちゃうんだよ!?」
「まあまあ、ルゥシィ落ち着いて? 今はレインくんに頼ろう?」
「エリシア? なんかレインくんに緩くない?」
「べ、別にっ!? そんなこと、ないし——あ、そういえば、レインくん……助けてくれて、ありがと」
「ん? あぁ、気にするな」
急速に赤面していくエリシアの表情を見ていると和やかな気持ちになる。
ズキリと胸を締め付けられる感覚、それを私は静かに隠した。
「とにかく行ってくるから、お前達はここで」
「——私も行く!」
視線を逸らすように背を向けようとした彼は、言葉を遮って叫んだ私に目を丸くする。
「いや、まだ外には見張りが何人も居て」
「だから何? レインくんだって危ないことは変わらないじゃない! それに、レインくんの下手な嘘には私、騙されません」
明らかに戻ってくるつもりのない彼の嘘に対して、譲らないという態度で腕を組み、大きく一歩前に出る。
彼は焦ったように頬を掻いて口籠る。
「下手な嘘って、お前」
「何言っても無駄だから、どうせこのまま一人でお兄さんのこと探しに行くつもりなんでしょ? 変装までして紛れ込んで、見え見えだよ」
「ぅ……でもな、これは俺の——」
「私の問題でもあるの! 約束したよね? 一緒にお兄さん探すって」
彼は私を見て、その瞳を大きく開いた。
その憂いを湛えた表情は自分自身を戒めるように揺れている。
「俺は、もう何度もお前に助けられた。子供の頃、あのデカい犬に襲われた時だって、ビビって気を失って、目が覚めたらお前と、お前の親父さんに助けられていて」
「——お父さんが、助けた?」
困惑したように告げる彼の口から発せられた言葉に私は思わず彼へと詰め寄る。
そんな様子を未だ状況が掴めないと言った表情で眺めていた親友は私を見つめながら言った。
「よくわからないんだけど、ルゥシィ? 記憶が戻ったの?」
「ぇ? 記憶が戻ったって、どういう事? エリシア何か知っているの?」
唖然とした表情でこちらを見つめる親友の言葉とその意味に私は困惑するしかなかった。
「全部、思い出した訳じゃないんだね? 公園のことも、あたしとの事も」
視線を落としながら悲し気に呟きを溢したエリシアだったが、何かを決意したように改めて向き直った。
「ルゥシィ、あたしとルゥシィはね? 小さい頃からずっと一緒だった。でも突然、あたしも詳しくは聞かされてないけれど、事故にあって記憶喪失になったんだよ?」
「——っ」
薄々は気がついていた。
両親も親友も『私』ではない『私』を見ている。
その事に気がつかないフリをして蓋で隠して目を逸らし続けてきた。
だから、今親友の口から語られた言葉には驚きよりも、『私』じゃない『私』にエリシアが取られてしまうような、言いようのない怖さが一瞬で私の心を雁字搦めにする。
——『あなた』は記憶がなくなる前の『私』なの? それとも、もっと別の……。
私は自分の中に感じる『もう一人の自分』に問いかける。
もちろん、返事などあるはずもない。
私たちは、一先ず状況を整理した後で兵隊達を拘束。
大型の魔導車へ彼らを乗せ、その後シートを使って魔導車を覆い隠し、一旦エリシアの家で今後の事を話し合うことにした。