ロゼさんから語られたこの世界の『真実』
私たちはただただ愕然とすることしか出来なかった。
同時に私たちが思い描いていた決意がどれほど無力で、途方もないことであったかを思い知らされる。
各国があらゆる権利や取り決めを戦闘系の人々を駒にした『ゲーム』で争わせることで、戦争を起こさない為の平和的解決手段となっている。
これだけでも十分に衝撃的だったが、それ以上に恐ろしい事実をロゼさんは私たちに語った。
「戦闘系の子達が嵌められる腕輪は『サクリファイスリング』そう呼ばれているわ」
「サクリファイス? あの腕輪は戦闘系のスキルを取得出来ないように抑制するだけじゃないのか?」
ロゼさんの言葉に引っ掛かりを覚えた様子の彼は率直に疑問を投げかけた。
「あら、よく知っているわね? その通り、あの腕輪はスキルの力を抑制する。でもね? それは機能の一部に過ぎないの」
「機能の一部ですか?」
「そう、サクリファイスリングの真の特性は、スキルの抑制ではなく
その言葉に私と彼は目を丸くして息を呑んだ、理解の追いついていない様子のエリシアが更に掘り下げて問いかける。
「吸収? 吸い込んじゃうってこと? 何が違うの?」
ロゼさんは軽く微笑みを返してエリシアを見返すと、全員に投げ返す形で応えた。
「スキルっていうのは人間の魂の力そのものなの、そんな力を吸収されたらどうなると思う?」
「魂が吸い込まれたら、死ぬ?」
応えたエリシアに悪意など全くない、ただ私は視界の端に映る彼の表情が陰りを帯びていく事が自分の心を裂かれるように辛く感じていた。
「その方が、まだマシかもしれないわね? あの腕輪はスキルの源となる力の根源を抑制し、徐々にその力を吸収していく、そして、最終的には肉体を支配し腕輪自体がその人間の支配権を持つようになる」
「————っぇ!?」
私は思わず声を漏らして驚きに席を立ち、二人も目を見開いて硬直する。
ロゼさんの瞳は、その口調とは裏腹にどこか怒りに揺れているようだった。
同時に私は、そんな腕輪を嵌められていたかもしれないと想像するだけで、恐怖に身体が自然と震える。
ロゼさんはそんな私達の様子を見て、おもむろに席を立つと冷え切ってしまった飲み物を下げながら語り続けた。
「文字通り『駒』になるのよ。腕輪に操られる人形としてね? おねぇさんが手遅れって言ったのはこの状態になってしまうと、簡単にはもとに戻れないからなの」
彼は思いつめるような表情で話を聞いていたが、その一言を聞いて顔を上げる。
「戻せる方法が、あるのか」
「保証はできないわ、あくまで可能性がゼロじゃないって話よ」
「そうか……」
ロゼさんの話が事実なら、お兄さんはすでに支配を受けている可能性が高い。
彼にとってその可能性は、唯一の光であり希望。
私は、そんな彼の横顔をただ、見つめている事しかできなかった。
***
ロゼさんは私達に語り終えた後、レインくんとエリシアも共に国から逃げることを提案してくれた。
エリシアは覚悟を決めたように振る舞ってはいたが、心の内では両親とのことや自分の身に起きている現実がまだ受け止められていないように思えたが、それは当然だろう。
私だってまだ心から受け入れられた訳ではない。
彼はどこか重たい空気のまま、ロゼさんの誘いに直ぐ返事を返すことはしなかった。
「早速だけど、明日にはこの国を出るわよ? ルゥシフィルちゃんの大活躍で警備も強化されている事だし?」
ロゼさんは冗談まじりに悪戯な笑みを浮かべながら私に視線を投げる。
「そ、それは……なんかすいません」
「冗談よ、あなた達も簡単な決断ではないと思うけれど、覚悟はいいかしら?」
最終確認とばかりに二人を見つめロゼさんは問いかけた。
「あたしも、一緒にこの国をでる——もう両親とどんな顔して会ったらいいのかわからないし、あたしはルゥシィの側にいる、それは変わらない」
エリシアは、自分の感情を確かめるようにゆっくりと返事を返す、そして、彼も静かに頷いた。
「二人とも、私のせいで本当にごめんなさい」
「もう、そんな顔しないの! 悪いのはルゥシィじゃないから、ね?」
「ありがとう、エリシア」
エリシアは優しく微笑みながら、涙目になる私を抱きしめてくれる。
私は彼を見る、彼はどこか遠い目線を窓際へと向けていた。
「ここは安全だから、もう寝なさい? ルゥシィちゃんはおねぇさんの隣でねるぅ?」
「い、ぃえ! せっかくですが遠慮させていただきます!!」
「あら、せっかく嫌なことぜぇんぶ忘れさせてあげようと思ったのに」
ロゼさんは舌舐めずりをしながら怪しげな視線を向けてきたが、私は全力で顔を横に振り続けた。
絶対に開けてはいけない扉を開かれてしまうと、本能が告げていた。
私とエリシアはロゼさんに用意してもらった部屋で寝ることに、私達に気を利かせてくれたレインくんは一階のお店に設置してあるソファーで休む事になった。
***
やがて夜が更にその深さを増した頃、遠足前の子供のようにはしゃいで中々寝てくれずじゃれてくるエリシアをようやく寝かしつけた私はむくりと起き上がる。
「あの顔は絶対に何か考えている顔だった……このまま放ってはおけないよね」
彼の表情が気がかりだった私は、様子を見に行こうと気配を殺してゆっくり階段を下っていった。
一階の扉の前に立ったところで何やら話し声が聞こえてきたので、私は隙間からそっと覗く。
そこには呆れたように頬づえをつくロゼさんと、俯いたまま座り込むレインくんの姿があった。
「様子がおかしいと思ったのよねぇ? それで? おねぇさんと彼女たちに内緒でどこへいくつもりだったのかなぁ?」
ロゼさんはニコニコとした表情で、決して笑ってはいない瞳に彼をうつしながら問いかける。
彼は決意を宿した表情で応えた。
「兄さんを探しにいく、きっと兄さんはあの塔にいる」
「はぁ、お兄さん、戦闘系だったのよね? あの場所はこの国の最も重要な拠点ょ? そんな場所に一人で行って何ができるの?」
やっぱりという表情でため息をついたロゼさんは彼を諭すように語りかけ、彼の覚悟を聞いた私は、そこまで考えていたことに気が付けなかった自分が悔しくて両手を握りしめた。
——私、なんで安心してたんだ……自分だけ、バカだ。
とんでもない世界の秘密。
自分たちのような子供ではどうしよう出来ない現実に、ロゼさんが示してくれた選択肢。
私は無意識に、当然に、彼女の庇護下で今後は行動していくものだと決めつけていた。
彼も当たり前のように私と同じ道を進むものだと。
いずれは、『世界と戦う』という決意を抱くかもしれない。
でも、それは決して『今』ではないのだと。
今は、なによりも自分たちの『居場所』を確立する事が最優先なはずなのだと。
彼は強い意志をその瞳に宿し、テコでも動かないという面持ちで応えた。
「なんとでもする、今までもそうやってきた」
「はぁ、これだから思春期の男の子って嫌いなのよねぇ? 言ったと思うけれど、ほとんどの戦闘系は国の外へ連れて行かれてるのよ? それなら、危険な場所へわざわざ突っ込むよりも、一度外に出て情報を集めた方が」
「兄さんの天職は『勇者』だ」
「……」
呆れた様子で彼をあしらうロゼさんだったが、その言葉を聞いた瞬間、目を細めて彼を静かに見据えた。
「あんたの話を聞いて、俺なりに推測した。戦闘系はそのゲームとやらに駆り出されるが、全員って訳じゃない。
現にこの街にも数人、腕輪をつけた人間がいる。
おそらく奴らは戦闘系の中でもゲームではあまり使えない連中。
つまり『天職の質』がゲームに影響を及ぼすと言う事、なら勇者という『カード』はそれなりに貴重なはず、あの塔で管理されている可能性は高いんじゃないのか?」
「……賢い子は嫌いじゃないのだけれど」
ロゼさんは、ゆっくり彼のもとへ歩み寄ると、隣へ腰を下ろした。
そしてシャツの裾から惜しげもなく披露されている魅惑的な太ももを大胆に晒し、妖艶な笑みを浮かべばがら彼の足の上へと乗せる。
「————っづ⁉︎」
「やっぱりね? 折れているわよ、こっちの足?」
彼は苦痛に顔を歪めながら額に汗を滲ませていた。
相当な痛みを我慢していたのだろう、ロゼさんはそんな彼の様子に、やはり呆れた眼差しを向ける。
「命を粗末にしちゃダメょ? ただでさえ無謀なのに、こんな状態で」
「それでも!! それでも、俺は」
瞬間、彼の言葉を遮るように、私は大きく扉を開け放った。
「私が行きます!! レインくんの代わりに、私があの塔へ潜入してきます、今から!!」
突然の奇行に二人は驚き、目を丸くしながら私を見つめていた。
「ルゥシィ……っ、その格好は」
「ぁらぁら、眼福だわ」
私は全力で叫び、気が付けば扉を思い切って開いていた。
彼の思いは私が叶えなければならないと言う一心。
だが、なぜか空気がおかしい。
私の想像が正しければ大抵の場合、ため息をつきながらも応援してくれるロゼさんと、感動する彼。
そんな場面が訪れているはずなのだ。
なぜだろうか。
視界に映るロゼさんは、どこか甘いため息をついて私を見つめ、彼は驚きに目を見開くとすぐさま頬を赤く染めながら視線を逸らした。
恥ずかしかったのだろうか?
予想外、それ以上に冷たい彼の反応に私はスースーするような肌寒さを心に感じた。
本当に、スースーする? ふと視線を自分へと向ける。
そこにはパジャマ代わりにロゼさんから借りた少し大きめのシャツを一枚だけ羽織った、エリシアの悪戯で前ボタンが全てはだけている私の姿。
「——みぃぎゃぁああああああ!?」
「本当に、忙しい子達ね?」