「そのポーズに、何か意味なんてあるのかしら?」
はるみは、ただ感じるがままに言った。
「たしかに、インターネットでの暇つぶしには最適のネタでしょうけれど。当時の縄文人に、特にそんな意図があったとは思わないわ。」
「たしかに、そうだね。」
緒方は認めた。悪ふざけを母親に注意された子供のような顔をして、続けた。
「もちろん、そんな意味はない。絶対にない。しかし、だからといって、何も意味がないとは限らない。」
「どういうこと?背後から武器で
「はたして、そうかな?」
緒方はまた、フフフと笑った。まったくもって、人をイラつかせる笑い方だ。
「私も結論から言おう。君の唱えたフリップ・アップ・トラップ説。これは非常に蓋然性の高い、優れた仮説だ。真実がそうである可能性は、大いにある。だから貴女には・・・真摯に、自説に向き合って、これを証明してもらいたい。だが。」
「だが?」
「だが、残り1人についての私の見解は違う。そして貴女の言動には、やや自説への固執の傾向が見える。なまじ優れた仮説をひねり出す頭脳を持っているだけ、その自らの頭脳を実際以上に過大評価してしまうのだ。これは、危険なことだ。」
「私はいま、私の指導教授か誰かに怒られているのかしら?」
「怒ってはいないよ。それに、君を下に見てもいない。君は、優れた研究者だ。そしてこれからおそらく、過去のできごとへの偉大な探訪者になれる。だがそうなるためには、今の君にはまだまだ修練が必要だ。」
「結論から語る、とあなたは言ったわ。でもそんな、持って廻った言い方で誤魔化すのね。」
緒方は少し悲しげに俯き、小さくため息をついて言った。
「君に、かつての私のような間違いを犯してもらいたくないからなのだよ・・・同じように自説に固執するあまり、無実の罪をひとつ、結果的にこしらえてしまったことがあってね。人は謙虚さを簡単に失う。そして、謙虚さを失い自らを
「ひょっとして、あなたの間違いで罪に問われた人が・・・。」
緒方は答えず、ただ悲しそうに笑って、またひとつため息をついた。
「私の結論をまとめよう。A体とB体の死因についてはおおむね同意だ。だが、C体については違う。そしてこの謀殺事件の全体像に対する君の憶測も、おそらく
はるみは、緒方を睨んだ。
何も言わずに、そのまま眼球だけを動かして、3人の犠牲者が川の字になって倒れていたあたりを見つめた。そこには、中の色の抜けた間抜けなビバンダムが、並んでうねうねと波打っていた。
「私がC体、すなわち縄文ファッカー君の死因をしきりに考えるようになったのは、まさにその指のかたちこそが理由だよ。中指が突き立ち、そして地面に倒れていた。考えてもみたまえ。中指を立てる。それはいつの時代も、とくべつに強い感情や目的があってのことに違いない。いま一度、自分で自分の中指を立ててみたまえ。指の付け根の筋肉が緊張し、両脇の指に強い圧力がかかり、かすかに痛くて、とても長時間続けられるポーズではない。
すなわち、中指を立てるという動作は、それだけ不自然で、なにか
「たしかに・・・なるほど。たしかにそうだわ。」
はるみは渋々同意した。言いながら、自分の中指を立ててみた。そして左右に微かに走る筋肉の痛みを感知した。これまで、わざわざ立てる理由がなかった。だから彼女は一度も、中指を立てたことなんてなかったのだ。
「気付いてもらえて、嬉しいよ。」
緒方ははじめて、心の底から嬉しそうな顔をして言った。
「そして、その理由についてだ。なぜ彼は・・・大地に倒れ伏したわれらが縄文ファッカー君は、いまわの
はるみの頭を、電撃が襲った。生まれてはじめての感覚だった。
彼女は目を見開き、
「いちばん長い指で、まっすぐに・・・最後の力を振り絞って彼は、
「その通りだ。このピンと立てた中指は、もちろん現代におけるような侮蔑や罵倒、