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第10話

「そのポーズに、何か意味なんてあるのかしら?」

はるみは、ただ感じるがままに言った。

「たしかに、インターネットでの暇つぶしには最適のネタでしょうけれど。当時の縄文人に、特にそんな意図があったとは思わないわ。」


「たしかに、そうだね。」

緒方は認めた。悪ふざけを母親に注意された子供のような顔をして、続けた。

「もちろん、そんな意味はない。絶対にない。しかし、だからといって、何も意味がないとは限らない。」

「どういうこと?背後から武器でなぐられて倒れた拍子に、腕や指が不自然な形に変形してしまった。ただ、それだけのことよ!」


「はたして、そうかな?」

緒方はまた、フフフと笑った。まったくもって、人をイラつかせる笑い方だ。

「私も結論から言おう。君の唱えたフリップ・アップ・トラップ説。これは非常に蓋然性の高い、優れた仮説だ。真実がそうである可能性は、大いにある。だから貴女には・・・真摯に、自説に向き合って、これを証明してもらいたい。だが。」

「だが?」

「だが、残り1人についての私の見解は違う。そして貴女の言動には、やや自説への固執の傾向が見える。なまじ優れた仮説をひねり出す頭脳を持っているだけ、その自らの頭脳を実際以上に過大評価してしまうのだ。これは、危険なことだ。」


「私はいま、私の指導教授か誰かに怒られているのかしら?」

「怒ってはいないよ。それに、君を下に見てもいない。君は、優れた研究者だ。そしてこれからおそらく、過去のできごとへの偉大な探訪者になれる。だがそうなるためには、今の君にはまだまだ修練が必要だ。」

「結論から語る、とあなたは言ったわ。でもそんな、持って廻った言い方で誤魔化すのね。」


緒方は少し悲しげに俯き、小さくため息をついて言った。

「君に、かつての私のような間違いを犯してもらいたくないからなのだよ・・・同じように自説に固執するあまり、無実の罪をひとつ、結果的にこしらえてしまったことがあってね。人は謙虚さを簡単に失う。そして、謙虚さを失い自らをたのむ心が強くなりすぎると、時として人はとんでもない間違いを犯す。そして自らの間違いに気付き、それを認めて行いを改めようとしても・・・往々にして、すでに遅いことが多いんだ。」


「ひょっとして、あなたの間違いで罪に問われた人が・・・。」

緒方は答えず、ただ悲しそうに笑って、またひとつため息をついた。

「私の結論をまとめよう。A体とB体の死因についてはおおむね同意だ。だが、C体については違う。そしてこの謀殺事件の全体像に対する君の憶測も、おそらくぜんぜん・・・・間違っている。」


はるみは、緒方を睨んだ。


何も言わずに、そのまま眼球だけを動かして、3人の犠牲者が川の字になって倒れていたあたりを見つめた。そこには、中の色の抜けた間抜けなビバンダムが、並んでうねうねと波打っていた。


「私がC体、すなわち縄文ファッカー君の死因をしきりに考えるようになったのは、まさにその指のかたちこそが理由だよ。中指が突き立ち、そして地面に倒れていた。考えてもみたまえ。中指を立てる。それはいつの時代も、とくべつに強い感情や目的があってのことに違いない。いま一度、自分で自分の中指を立ててみたまえ。指の付け根の筋肉が緊張し、両脇の指に強い圧力がかかり、かすかに痛くて、とても長時間続けられるポーズではない。


すなわち、中指を立てるという動作は、それだけ不自然で、なにか強い理由がない限りは・・・・・・・・・・、しない動作なんだ。ただ指を立てるだけなら、人差し指を立てるほうがずっと自然だ。人間の手の構造上、そうとしか言うことができない。」


「たしかに・・・なるほど。たしかにそうだわ。」

はるみは渋々同意した。言いながら、自分の中指を立ててみた。そして左右に微かに走る筋肉の痛みを感知した。これまで、わざわざ立てる理由がなかった。だから彼女は一度も、中指を立てたことなんてなかったのだ。


「気付いてもらえて、嬉しいよ。」

緒方ははじめて、心の底から嬉しそうな顔をして言った。

「そして、その理由についてだ。なぜ彼は・・・大地に倒れ伏したわれらが縄文ファッカー君は、いまわのきわにわざわざ自分の中指を立てたのか。おそらく、その理由はひとつだ。なぜなら中指は、人間の指のなかで、一番長い指である・・・・・・・・から。」




はるみの頭を、電撃が襲った。生まれてはじめての感覚だった。


彼女は目を見開き、頓悟とんごして、即座にこう言った。

「いちばん長い指で、まっすぐに・・・最後の力を振り絞って彼は、真実のある場所・・・・・・・を指さした!」


「その通りだ。このピンと立てた中指は、もちろん現代におけるような侮蔑や罵倒、呪詛じゅそのサインではない。それは死に際の孤独な人間が、自分の死の真相をなんとか、誰かに知らせようとするための最後のあがき・・・なんだ。死に行く者の最後の思いに、縄文も現代もない。縄文ファッカー君のとったこの謎に満ちたポーズは、おそらくは知られる限り人類最古の、ダイイング・メッセージなんだよ。」

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