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第11話

「感謝しなよ。彼女はほんの少しだけ狙いを外した。矢は突き刺さらず、頭に穴だけ開けて下に落ちた。おまえはたぶん、頭のなかから血が流れ切るまで・・・あと少しのあいだだけ、生きていられる。」


頭上から、ととす・・・の抑揚のない声が降ってきました。彼の声にはなんの感情もこもっていませんでしたが、しかしそのまま、滑らかに話し続けました。

「それにしても、あの距離からよく当てるよな。見事なもんだ。おまえさんは、そんな彼女のお師匠さんだ。そしてなにやら勘違いし、彼女の心も射止めたと思い込んだ。」


だがと・・・は呻き、やっと声を絞り出しました。

ちゃちま・・・が、ちゃちま・・・がなぜ、俺を狙う?」

「おまえさんが・・・おまえさんだけが、彼女を上回る射手だからだよ。」

ととす・・・は、即座に答えました。

「彼女は、常にナンバー・ワンじゃなきゃ気が済まないんだ。最初から、おまえさんの技術だけ盗むつもりで近づいたのさ。そして、もう習い覚えることがなくなったと悟り、おまえさんはもう用済みだ。」


「なんで・・・なんで!」

「彼女はな、俺のようなイケメンが好きなんだ。おまえらなんか、元からお呼びじゃない。」

ととす・・・は無慈悲に言いました。そして1歩あゆみ、

「この2人は、とうに死んだよ。」

と言いながら、ぷらぷら揺れる2つの死体を片手で押さえ、無造作に頭部から矢を抜き取りました。友の血が、どっと噴き出て地面を濡らしました。


「この鏃は貴重品でな。俺が遠方から来た海商人から仕入れたものだ。仕上げが滑らかで、誰が射ようと遠くまでよく翔ぶ。そして彼女なら、おまえさんに習った技で、必ず狙い通りに当てる・・・そうさ、彼女は悟ったんだ。おまえさんに追いつき、おまえさんを超えるにゃ、技じゃない。あとは道具の力を借りればいいんだと、ね。頭がいいよな。そして、まさにそのものズバリの道具を彼女にもたらして、最後にあの極上の心も身体もゲットしたのが、最後の勝者、イケメンのこの俺さまという訳さ。おっと・・・。」


ととす・・・だがと・・・の身体をまたぎ、脇に置かれたものを拾い上げました。

「忘れるとこだった。こいつは、もう俺のものさ。いや、とりあえずは彼女に返しておくかな。おまえさんの、愚かな友人たちをおびき出すにゃあ必要な小道具だった。まさか奴らが口先だけで、おまえさんをちっとも殺そうとしないのは計算外だったがな。ま、結果オーライだ。じゃ、あばよ勇者さん。残された時を、せいぜい楽しみな。」


声が遠ざかっていきました。




そうか。ちゃちま・・・・にやられたか。

気の強い娘とは思っていた。あと弓矢に対する執着は異常だと思っていた。でも、でも、まさか。

そういうことだったのか・・・。


だがと・・・は力を振り絞り、頭をあげ、悪辣で野心に溢れたこの密殺の首謀者で、地上でもっとも冷酷無残な暗殺者の姿を、視界に収めようとしました。すでにかなり遠ざかったととす・・・の背中が、戦利品だとばかりに土でできた神さまを頭上にかかげ、そして、やがて・・・大きな樹のたもとで彼女と抱き合い、唇を吸いあいました。


恋人とひとしきり抱き合ったあと、ちゃちま・・・・はこちらをチラと振り向き、いましがた受け取った、彼を射た矢だけをポトリと下に捨てました。そして立ち去りぎわ、彼女はなにを思ったのか、ととす・・・から手渡された彼女の神さまをも・・・だがと・・・が命に換えても守り通そうとした命のほむらをも・・・いとも無造作に地面に叩きつけ、粉々に破壊してしまいました。


2人の姿は、そのまま林間に消えてしまいました。きっと集落にも戻らず、海商人の船でどこか遠くに行ってしまうのでしょう。




ひとり残されただがと・・・は、自分の巻き添えになり頭上でぷらぷら揺れる2人の親友とも亡骸なきがらに、声なき声で詫びを言い、そして最後の力を振り絞り、腕を伸ばして陰謀の証拠を指さそうとしました。もはや思うように動かぬ自分の身体の下敷きになった腕が、どこか変なかたちに折れ曲がり、そして無情にも彼の左腕は思うように前に伸びず・・・仕方なしにせめて指だけを突き立てました。まっすぐ、真実のある方角に向かって。


この現場を発見した誰かが、確かな陰謀の証拠を、決して見逃すことのないように。




やがて、だがと・・・に、完全なる暗黒がやってきました。

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