アリスがいつものように、軽い風邪や怪我をした人達を見ていると行列に割り込んできた人物が居た。
「あの、皆様並んでいらっしゃるので、貴方もお並び下さい」
アリスが声をかけると、その人物は睨みながら言った。
「何で私が並ばなきゃいかんのだ? この偽医者が!」
アリスは大きな声で怒鳴られて萎縮してしまった。
「あの、なにか大きな怪我ですか? それとも急病ですか?」
アリスは上目遣いのまま、小さな声で横柄な態度の四十代半ばに見える男性に訊ねた。
「私はエルバの町の医者、マーク・レオルドだ! 最近、怪しげな薬を緑の魔女から貰ったという患者が増えてきたので見に来ただけだ! 勝手なまねをして貰っては困る!」
「貴方が、町のお医者さんですか」
アリスはブルーノの忠告を思い出していた。
「確か、お金持ちしか診療しないとか……」
「貧乏人も診てやっているぞ!? おかしなことを言うな!!」
「きゃっ」
アリスは小さな悲鳴を上げて、肩をすくめた。
「アリスさん、このマーク様を敵に回してただで済むと思わない方が良いぞ」
「敵だなんて……私はただ、私に出来ることをしているだけです」
「その結果、患者の病状が悪化したら、どう責任を取るつもりだ!?」
マークの深く冷たい海を思わせる濃い紺色の目が、アリスを睨み付ける。
マークは自分の銀髪をなでつけながら、ため息をついて言った。
「お医者様ごっこは終わりにしてくれ、アリスさん」
マークはそれだけ言うと、アリスに背を向けて去って行った。
「アリス様、マーク医師のいうことなんか気にしないで下さい」
「あら、イルさん、こんにちは」
「こんにちは、アリス様。災難だったね」
アリスは俯いて、イルにだけ聞こえるようにそっと言った。
「でも……医者のまねごとをしてしまったのは無責任だったかも知れませんね」
「いいえ、マーク医師は金持ちには優しいけど、貧乏人には厳しいから」
アリスはイルの言葉に首をかしげた。
「奥様が家出したからって、人に当たるなんて。……自業自得なくせにねえ」
イルは話し続けた。
「マークも若い頃は、良い医者だったんですよ」
「そうなんですか」
アリスのあいづちに、イルは頷いた。
「貧乏人からは診察料の代わりに食べ物や日用品をもらっていたんだけど、奥様が良いところのお嬢様で貧乏暮らしに嫌気がさして、出て行ったんですよ」
「まあ、それはお気の毒に」
「その頃から、マーク医師はお金にこだわるようになってしまったんですよ」
「そんな事情があったんですね……」
アリスは胸を痛めた。
「おっと、話しすぎてしまいましたね。でも、マーク医師はアリス様のことを目の敵にしているからお気を付けて下さい」
それだけ言うと、イルはアリスに別れを告げた。
「マーク医師も悩んでらっしゃるのね」
アリスは町の方を見つめて呟いた。
「あ、まだ待っている人が沢山いるんだったわ」
アリスは、家の前にならんだ病人や怪我人に森の薬草から作った薬をまた配り始めた。