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第二章 八話「過去を背負う者たち」

「俺は、まぁ……家柄の問題って感じだな」


 ガイが肩をすくめると、リオが静かに頷いた。


「ほう、なら私と似たようなものですね。ただ、私の場合は少し……特殊ですが」


 リオの声音には、わずかな陰りがあった。ルークは深入りすべきか迷ったが、そんな空気をものともせず、ガイが踏み込む。


「俺は貴族とかじゃねぇぞ? 単純に出世して、家族を楽させたいだけだ。兄弟も多いしな。それに、リオは……見た感じ、貴族だろ?」


 率直すぎる問いに、ルークとララも興味を引かれていた。


 リオはしばし迷った末に、小さく息を吐き、口を開く。


「ええ、"元"ですが。私の本名は、リオ・ブラックリンです」


 その名に、場の空気が一瞬で変わった。


 ルークたち三人は目を見開き、言葉を失う。


 メイジスとモニカだけは、あらかじめ知っていたのか、静かに俯いていた。


 ブラックリン家――かつて、剣聖の家系として知られた名門。だが今では、裏切り者として家名を剥奪された没落貴族だった。


「私は、父――レグルス・ブラックリンを討ち、再び剣聖の地位に就くことを目指しています。……今は、ただ実力を磨くのみです」


 リオは真っ直ぐに言葉を紡いだ。その決意に、場の空気が自然と引き締まる。


「そして……リオが夢を叶えるには、もう一つ越えなきゃいけない壁があるんだ」


 と、メイジスが口を挟む。


「それが、僕の兄であり、寮長でもある――ハルナを超えること」


「はぁ?! メイジスと寮長って兄弟だったのかよ!」


 ガイが素っ頓狂な声を上げたが、ルークは別のことが気になった。


「その寮長さんを超えるって、どういう意味なんだ?」


「ハルナさんは、現代の剣聖候補なんだよ。ランキングでは一位じゃないけど、剣技だけならこの学園随一だ」


 メイジスの説明に、ルークは思い当たる節を感じた。


(あの時……剣を持っていなかったのに、斬られる感覚がしたのは――)


 今なら理解できる。ハルナの実力は、剣聖に匹敵する。だからこそ、リオが超えなければならない相手だった。


「つまり、ハルナさんに勝たなきゃ、父親に挑む資格すらないってことだ」


 リオは静かに言い切った。


「なるほどな……。でも、メイジスは複雑なんじゃねーの? 友達が兄貴を倒そうとしてるわけだし」


「別に、構わないさ。僕も兄さんを超えるつもりだから」


 メイジスはそう言うと、飲み物に口をつけた。その目には、凍てつくような決意が宿っている。


(……戦場で、よく見た目だな)


 ルークは、心の中でそっと呟いた。


 そして、静かに忠告する。


「今日知り合ったばかりの仲で言うのもなんだが……私怨に飲まれるのはろくな結果にならないぞ」


 メイジスは一瞬驚いたような顔をした後、微かに微笑んだ。


「忠告、痛み入るよ。でも、清算しなきゃならない過去ってのもある」


 ルークもまた、微笑み返す。


「それには同感だな」


 互いに交わした小さな笑みには、言葉にならない共感が滲んでいた。


「……で、ルークは? どうしてこの学園に?」


 メイジスの問いに、すかさずララも身を乗り出す。


「私も気になる! ルーク、あんな強いのにわざわざ入学する必要あったの?」


 ガイも無言で耳を傾けている。


 ルークは苦笑しつつ、答えた。


「師匠との約束だったんだ。弟子入りした時に、この学園に入れって。理由は……よくわからない。師匠が在学中に良い影響を受けたらしくて、俺にも同じ経験をさせたかったのかも」


「ふ〜ん? そのお師匠様の名前は〜?」


 ララが茶化すように尋ねる。


 ルークは小さくため息をつき、ぼそっと答えた。


「エイネシア・フランベル」


 その瞬間、空気が凍りつく。


 皆が、目を見開き、絶句していた。


「まじかよ……あの天剣の魔女……」


「……エイネシア・フランベル。あの父と互角に渡り合った伝説の剣士……」


 各々が、その名前に対する敬意を隠せなかった。ただ、ルークだけは苦笑いを浮かべていた。


「……たぶん、皆が思ってるような人じゃないぞ? あれわ」


「え? でも、ギルド金獅子のエイネシア・フランベルでしょ? この国の英雄じゃん」


 ララが驚いた声を上げる。


「……まぁ、そうなんだけどさぁ……」


 ルークは思う。確かにエイネシアは英雄だ。けれど、間近で見た彼女は――


(ただの、天真爛漫なバトルジャンキーなんだよなぁ……)


 そんなふうに心の中で呟いた時だった。


 カチャ、とモニカが椅子を引いて立ち上がった。


 さっきまでのおっとりした表情とは打って変わって、俯きながらも険しい顔。


「ルーク君は……ギルド金獅子のメンバー……なんですか?」


 その問いに、ルークは一瞬、目を見開く。


「……え、まぁ。一応?」


「じゃあ……金獅子の聖女、サシャ。知っていますよね……?」


 モニカの震える声。


 問いかけられた瞬間、ルークはすべてを悟った。


(――そういうことか)


 思わずグラスを握る手に、わずかな力がこもる。

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