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第二章 九話「再び動き出すために」

「やっぱり君は……サシャさんの――」


「はい。私は、サシャの妹です」


 モニカの答えを聞いた瞬間、ルークは確信した。


 ――あの既視感は、サシャだったんだ。


 金獅子の中で“聖女”と呼ばれた、温かな笑みを浮かべる仲間。モニカは、その面影を確かに宿していた。


「お姉ちゃんは、今どこにいるんですか!」


 突如として声を荒げるモニカに、食堂の空気がざわめく。


 ララが慌てて彼女を抱き寄せるが、モニカの小さな肩は震え、涙ぐんだ瞳には怒りと不安が混じっていた。


「モニカちゃん、落ち着いて? ルーク、何か知ってるの!?」


 ララの問いに、ルークは目を伏せ、黙り込む。


 モニカは震える声で続けた。


「……お姉ちゃんは、ギルド金獅子でヒーラーとして活動していました。防衛任務にも参加していたはずです……ね? ルーク君」


「ああ。確かに、あの日、俺もサシャさんも防衛に参加していた……」


 ルークの声もまた、沈んでいく。


 メイジス、リオ、モニカ――この三人が互いに強い絆で結ばれている理由も、ルークはようやく理解する。


 それぞれが、二年前の王国襲撃テロに深く関わっていたのだ。


 モニカは必死だった。


「お願いです、ルーク君。……お姉ちゃんは今、どこにいるんですか?」


 その訴えに、メイジスも静かに言葉を添える。


「モニーは責めてるわけじゃない。ただ、たった一人残された家族の手がかりを、ようやく見つけたんだ。……教えてあげてほしい」


 ギルド金獅子のメンバーである以上、ルークは確かに事情を知る立場にある。


 そして彼自身もまた、心のどこかで、この話に向き合う覚悟を決めていた。


「……すまない。俺にも箝口令があって、詳しいことは言えない。でも――サシャさんは“まだ”生きてる」


「“まだ”……?」


 モニカの声が震える。


 ルークは静かに、真実を告げた。


「あの戦いで、サシャさんは呪いを受けた。今は信頼できる人たちに守られてるけど……身体は日々、蝕まれていってる。隔離され、絶対安静だ。俺ももう……会えてない」


 モニカの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


 だが、泣きながらも彼女の瞳は、まだ希望を失ってはいなかった。


「呪いを……解く方法は、ないんですか……?」


 メイジスが絞り出すように問う。


 呪い――それは、この世界でも特に難解で、解明の進んでいない領域。強力な代償を伴い、破壊と死をもたらす禁忌の力だった。


 だが、ルークは迷わず答える。


「あるにはある。“世界樹の実り”っていう特別な果実が、一つだけ――どんな呪いにも効くって言われてる」


「世界樹の……!」


 モニカの顔が輝く。


 だが、ガイとララは苦い顔をしていた。ルークほどの実力者が、それでも手に入れられなかった現実を、彼らは察していたのだ。


「……この二年、金獅子も全力で探した。でも、どうしても手に入らなかった」


 ルークの言葉に、モニカは一瞬、動きを止めた。だが、次に彼女が見せたのは――


 満面の、決意の笑顔だった。


「ありがとう、ルーク君! 希望は、まだあるんだね!」


「ああ……! 俺たちも、絶対見つける!」


「これで、また一歩進めるな!」


 メイジス、リオ、モニカ。三人の眼には、強い光が宿っていた。


 ――諦めない。


 その意思が、ルークにまで伝わってきた。


 ルークは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。


 二年間、焦りと無力感に苛まれてきた。でも、今、ようやく報われた気がした。


「……俺の方でも情報が入ったら、すぐ知らせるよ。金獅子も、動いてる」


「ありがとうございます!」


 モニカは深く頭を下げた。その姿に、皆が微笑みながら頷き合った。


「なぁ、ルーク。良かったら、リンク交換しよう!」


「ああ、もちろん」


 自然と笑い合いながら、みんなでリンクを交換する。


 ふと時計を見ると、思った以上に遅い時間になっていた。


「そろそろ、帰ろっか」


「なんか……すごく濃い一日だったね」


「ええ、意外なところで、それぞれが繋がっていて……驚きました」


 そんな会話を交わしながら、賑やかな学園ギルドをあとにする。


 寮への道を歩き、男子寮と女子寮の分かれ道に差しかかる。


「じゃあ、またね!」


「きょ、今日はありがとうございました! おやすみなさい!」


 ララとモニカが手を振り、女子寮へと向かう。


 ルーク達は男子寮へ。


 それぞれの部屋へ戻り、ルークは静かに湯船に浸かりながら思う。


(――明日から、やること山積みだな)


 温かな疲労感をまといながら、風呂を出たルークはベッドに倒れ込んだ。


 ルークの心は、以前に比べて少しだけ軽かった。

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