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第二章 十話「交錯する視線、揺れる予感」

 ――翌朝。


 窓から差し込む柔らかな陽光に、ルークは静かに目を覚ました。


 重いまぶたを開け、体を起こす。


 ベッドを降りると、部屋の中央に座し、呼吸を整える。


 ――瞑想。


 これはもう、何年も続けてきた習慣だった。一日の始まりに心を整えるこの時間が、ルークにとって欠かせないものになっている。


 十分ほどして瞑想を終えると、ルークは支度を整え、寮を出た。


(朝飯、どうすっかな。昨日買い出し行くの忘れたしな……)


 エレベーターで降りながら、そんなことをぼんやり考える。


 外に出ると、同じように登校する生徒たちがちらほら。皆それぞれ違う方向へと向かっていく。


「……本当に自由な校風なんだな。授業も、クエストも、好きに選べるってことか」


 そんな独り言を呟いていると、MADにメッセージ通知が届く。


 ガイからだった。


『おっす、おはよう。今日ララも誘ってクエスト行こうぜ! ルークも来るか?』


 ルークは少し悩み、すぐに返信を打つ。


『おはよう。誘ってくれてありがとう。でも、今日は授業を受けてみるよ。ごめんな』


『了解だ!』


 クエストにも興味はある。だが、それ以上に――学校で学ぶという経験そのものに、ルークは惹かれていた。


 けれど、その期待は――すぐに裏切られることになる。



 ◆



 ――二時間後。


(……退屈だ)


 興味をそそられた「魔法構築の基礎と応用」の授業。


 だが、その内容は、ルークにとっては既知のものばかりだった。


 机に頬杖をつきながら、ルークは窓の外をぼんやり眺める。


(これなら、ガイたちとクエスト行けばよかったな……)


 周囲の生徒たちは興味深そうに授業に聞き入っている。ルークだけが、静かに取り残されていた。


「そこのルーク君、慣れない授業で退屈なのはわかるけど、あと少しだから集中してくれ」


「す、すみません」


 先生の指摘に、教室内の視線が一斉に集まる。


 思わずルークは顔を伏せた。


 クスクスと笑う声が聞こえる中、一人の女生徒がすっと立ち上がった。


「入学早々そんな余裕があるなら、あの問題、解いてみせたらどうですか? ねぇ、みなさん?」


 橙色のストレートヘアーに、鋭い赤の瞳。


 ミレーナ――そう呼ばれた彼女は、意地悪く微笑んだ。


(……典型的なやつだな)


 ルークは心の中で溜め息を吐きながら、立ち上がる。


「わかった」


「えっ、ルーク君?」


 先生が止めようとするも、ルークは構わず黒板へ向かう。


 ――チョークを取り、さらさらと問題を解き始めた。その手は迷いなく、正確で速い。


 やがて、ルークは首を傾げ、手を止めた。


「せ、正解です! 素晴らしい……!」


 先生の声に、教室中がどよめく。


「すご……」


「めっちゃ早かった……」


 生徒たちの称賛の声が上がる中、一人、ミレーナだけが苦々しげな顔をしていた。


 ルークはそんな彼女を一瞥し、黒板を見つめた。


(……効率、悪いな)


 心の中で小さく呟き、ルークは書き直す。


 先程より線を大幅に減らし、美しく、洗練された魔法陣を再構築する。


 教室が再びどよめいた。


「これは……魔力効率が三割以上向上してる……! それに、この美しさ……!」


 先生が驚愕する中、生徒たちはこぞってルークの魔法陣を模写し始める。


 ミレーナは、悔しそうに舌打ちすると、荒々しく椅子に座り込んだ。


 なぜそこまで怒るのか、ルークには理解できなかった。


(……俺、なにかしたか?)


 そんな疑問を抱えたまま、チャイムが鳴る。


 授業終了を告げる音と共に、生徒たちが教室を後にする。ミレーナも背を向けたまま、振り返ることなく教室を出ていった。


「ルーク君、君の魔法陣は本当に素晴らしかったよ! 次も期待してる!」


「え、あ、はい」


 上機嫌な先生を見送りながらも、ルークの心は別のところにあった。


(あの眼……ただの嫌味じゃなかったな)


 私怨――


 そんな色を、ミレーナの瞳に確かに感じた。


「初対面のはずなんだけどな……」


 首を傾げながら、ルークは静かに教室を後にした。

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