――翌朝。
窓から差し込む柔らかな陽光に、ルークは静かに目を覚ました。
重いまぶたを開け、体を起こす。
ベッドを降りると、部屋の中央に座し、呼吸を整える。
――瞑想。
これはもう、何年も続けてきた習慣だった。一日の始まりに心を整えるこの時間が、ルークにとって欠かせないものになっている。
十分ほどして瞑想を終えると、ルークは支度を整え、寮を出た。
(朝飯、どうすっかな。昨日買い出し行くの忘れたしな……)
エレベーターで降りながら、そんなことをぼんやり考える。
外に出ると、同じように登校する生徒たちがちらほら。皆それぞれ違う方向へと向かっていく。
「……本当に自由な校風なんだな。授業も、クエストも、好きに選べるってことか」
そんな独り言を呟いていると、MADにメッセージ通知が届く。
ガイからだった。
『おっす、おはよう。今日ララも誘ってクエスト行こうぜ! ルークも来るか?』
ルークは少し悩み、すぐに返信を打つ。
『おはよう。誘ってくれてありがとう。でも、今日は授業を受けてみるよ。ごめんな』
『了解だ!』
クエストにも興味はある。だが、それ以上に――学校で学ぶという経験そのものに、ルークは惹かれていた。
けれど、その期待は――すぐに裏切られることになる。
◆
――二時間後。
(……退屈だ)
興味をそそられた「魔法構築の基礎と応用」の授業。
だが、その内容は、ルークにとっては既知のものばかりだった。
机に頬杖をつきながら、ルークは窓の外をぼんやり眺める。
(これなら、ガイたちとクエスト行けばよかったな……)
周囲の生徒たちは興味深そうに授業に聞き入っている。ルークだけが、静かに取り残されていた。
「そこのルーク君、慣れない授業で退屈なのはわかるけど、あと少しだから集中してくれ」
「す、すみません」
先生の指摘に、教室内の視線が一斉に集まる。
思わずルークは顔を伏せた。
クスクスと笑う声が聞こえる中、一人の女生徒がすっと立ち上がった。
「入学早々そんな余裕があるなら、あの問題、解いてみせたらどうですか? ねぇ、みなさん?」
橙色のストレートヘアーに、鋭い赤の瞳。
ミレーナ――そう呼ばれた彼女は、意地悪く微笑んだ。
(……典型的なやつだな)
ルークは心の中で溜め息を吐きながら、立ち上がる。
「わかった」
「えっ、ルーク君?」
先生が止めようとするも、ルークは構わず黒板へ向かう。
――チョークを取り、さらさらと問題を解き始めた。その手は迷いなく、正確で速い。
やがて、ルークは首を傾げ、手を止めた。
「せ、正解です! 素晴らしい……!」
先生の声に、教室中がどよめく。
「すご……」
「めっちゃ早かった……」
生徒たちの称賛の声が上がる中、一人、ミレーナだけが苦々しげな顔をしていた。
ルークはそんな彼女を一瞥し、黒板を見つめた。
(……効率、悪いな)
心の中で小さく呟き、ルークは書き直す。
先程より線を大幅に減らし、美しく、洗練された魔法陣を再構築する。
教室が再びどよめいた。
「これは……魔力効率が三割以上向上してる……! それに、この美しさ……!」
先生が驚愕する中、生徒たちはこぞってルークの魔法陣を模写し始める。
ミレーナは、悔しそうに舌打ちすると、荒々しく椅子に座り込んだ。
なぜそこまで怒るのか、ルークには理解できなかった。
(……俺、なにかしたか?)
そんな疑問を抱えたまま、チャイムが鳴る。
授業終了を告げる音と共に、生徒たちが教室を後にする。ミレーナも背を向けたまま、振り返ることなく教室を出ていった。
「ルーク君、君の魔法陣は本当に素晴らしかったよ! 次も期待してる!」
「え、あ、はい」
上機嫌な先生を見送りながらも、ルークの心は別のところにあった。
(あの眼……ただの嫌味じゃなかったな)
私怨――
そんな色を、ミレーナの瞳に確かに感じた。
「初対面のはずなんだけどな……」
首を傾げながら、ルークは静かに教室を後にした。