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第三章 二話「自由と規律の狭間で」

「次、どの授業に出ようかなぁ……」


 中庭の芝生に寝転び、ルークはMADを片手にスケジュールを眺めていた。


 午前中の授業は受け終えたが、他に興味を引かれる科目は見つからない。眩しい青空を見上げながら、退屈そうにため息をつく。


「サボりかぁ。関心しないなあ、新入生くん」


「うわっ!」


 突然耳元で声がして、ルークは飛び起きた。


 振り返ると、そこにはしゃがみ込んだハルナの姿があった。


「ちょ、寮長、やめてくださいよ……心臓に悪い……」


 変な汗をかきながら、ルークは不満げに顔をしかめる。


「ごめんごめん! クエスト帰りで、気配消して動く癖が抜けてなくてさ」


 軽く肩をすくめながら、ハルナは笑う。その自然体な振る舞いに、ルークも力を抜いた。


「で? 新入生くんは、何してんの?」


「いや、受けたい授業がなくて。午前の魔法の授業、正直、物足りなかったんですよね」


「……あー、それは仕方ないかも」


 ハルナは立ち上がり、考えるように唸ったあと、ぱっと手を広げる。


「なら、ちょっと手合わせしようか!」


「へぇ……いいですよ」


 ルークも応じ、腰の剣を抜いた。


 ハルナは水を操る魔法で氷の剣を創り出すと、軽く構える。


 そして、即座に斬りかかってきた。


(速い……けど、まだ余裕がある)


 ハルナの剣撃をかわしながら、ルークも反撃を試みる。


 だが、次第に差が広がっていくのを感じた。


(くそッ、軽くいなされてる! なら……)


 焦りを覚えたルークは、身体強化を重ね、渾身の一突きを放つ。


 だが――


「うん、悪くない」


 ハルナは、指先でルークの剣先を受け止めた。


 完敗だった。


「参りました。やっぱり、ちゃんと強いんですね」


「ま、三年だからね~。でも、新入生くん、いや――ルークくん。君、かなり強いね」


 ハルナはにっこり笑い、手を差し出す。


 ルークも微笑んで握手を交わした。


 手のひらには、剣を握り続けた者にしかできない硬いマメ。それを見て、ルークは自然と敬意を覚えた。


「そうだ、興味ある授業がないなら『総合剣術』を受けるといいよ」


「剣術の授業、ですか?」


 少し悩むルークに、ハルナは続ける。


「普段は先生が来ないんだけど、代わりに三年生が教えてくれるんだ。一年生から三年生まで一緒に受ける、ちょっと特殊な授業でね」


「それは……確かに面白そうだ」


 一年で三年生レベルの技術に触れられるかもしれない。その可能性に、ルークの胸は高鳴った。


 すぐにMADでスケジュールを確認すると、幸い午後の授業に組み込まれていた。


「よし、午後はそれに出てみます!……あ、ついでに一個、聞いていいですか?」


「うん?」


 ハルナが不思議そうに首を傾げる。


「授業って、午前と午後で一つずつしか受けられないんですよね? これ、何か意図があるんですか?」


「あー、それはね」


 ハルナは頷きながら、少し苦笑した。


「ランカー制度が関係してるんだ。学生たちは、授業以外にクエストやダンジョン攻略でポイントを稼がないといけない。だから、午前と午後一個ずつに絞って、空いた時間で実践をこなせるようにしてるんだよ」


「なるほど……」


 合理的だ。だが、ルークは違和感も覚えた。


「でも、優れた師に師事してきた人間なら、授業なんて必要ないですよね? そうなると、ダンジョンに籠もるだけになる。それって、普通のギルドと変わらないような……」


 その鋭い指摘に、ハルナはばつが悪そうに視線を逸らした。


「うん……実はね。これ、あんまり表立っては言えないんだけど」


 声を潜め、ハルナは続ける。


「魔法、剣術、薬学、歴史、戦術。この五教科には、隠し単位っていうのがあってさ。学期ごとの出席率が七割を切ると、単位がもらえないんだよ」


「単位がもらえないと……?」


「ランクアップ試験、受けられなくなる」


 ハルナは苦笑いしながら言った。


 ルークは眉をひそめる。


 授業に出ずに実践ばかりを優先した者は、ランクアップの道を閉ざされる――。


 学園ギルドでのランクは、卒業後も引き継がれる。それは、未来を左右する重要な指標だ。


「なんでそんな大事なこと、公式に言わないんですか?」


 思わず、声を荒げてしまう。


 学費のためにクエストに駆り出され、それで単位を落とし、ランクアップできない。


 ――そんな馬鹿な話があるか。


 怒りに満ちたルークに、ハルナは静かに答えた。

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