「いきますッ!」
開始の合図と同時に、ミレーナが猛然と斬りかかってきた。
(……鋭い連撃だ。攻撃の繋ぎも良い)
ルークは紙一重で剣をいなしながら、冷静にミレーナの技量を分析していた。
威力も申し分ない。咄嗟の判断も悪くない。
だが、彼女の剣には――雑念が混じっていた。
(……怒りか)
なぜそこまでルークに敵意を向けるのかは分からない。しかし、その感情は剣筋に如実に表れていた。
(勿体ない……)
せっかくの技術が、澱んだ心で鈍っている。
――興醒めだった。
ルークはわざと隙を作り、ミレーナの剣を受けて転倒する。
安全装置が作動し、痛みは最小限に抑えられたが、鈍い衝撃はしっかり伝わった。
「もう一度ッ!」
負けたことで満足するかと思いきや、ミレーナは再戦を要求してきた。
(……マジかよ)
仕方なく立ち上がり、再び形だけの戦闘。
また負ける。――だが、終わらない。
三度、四度。
同じ茶番を繰り返すうちに、ミレーナの怒りは頂点に達した。
「それでもエイネシア様の弟子ですかッ! 本気でやりなさいッ!」
「……は? 師匠は関係ねぇだろ」
眉間に
だが、ミレーナは止まらなかった。
「こんなセンスのかけらもない雑魚を弟子にするなんて、英雄と呼ばれていても見る目は凡人以下ってことですわね!」
さらに、吐き捨てるように続けた。
「きっとそうですわ。じゃなければ――あなたみたいな“呪われた者”を、弟子になんて取るはずがありませんもの」
――その瞬間。
体育館に、張り詰めた重圧が走った。
ロレンス先生が起き上がり、セモルも即座に剣に手をかける。
(……俺が?)
重苦しい空気の中心にいたのは、ルーク自身だった。
怒りの表情ひとつ見せないまま、だが、その瞳は確かに、燃えるような怒りを宿している。
周囲の生徒たちは呼吸を乱し、膝をつき始める中、ミレーナは、その場に立ち尽くし、何かに耐えるように眉を歪めていた。
――その瞳に浮かぶ怯えが、ルークには見えた。
ルークは静かに歩み寄る。
「……いいか」
眼前に立ち、冷ややかに告げた。
「ここは戦場じゃねぇ。たくさん経験して、自分と向き合って、学びを得る場所だ。――殺し合いがしたいなら、他でやれ」
ミレーナの震える肩。
そこへセモルが素早く割り込み、ルークの喉元に剣先を当てた。
ロレンス先生はミレーナを抱え、距離を取る。
(……俺は)
さらに怒気が膨れ上がる。
重圧は極限に達し、もはや多くの生徒が立っていられなかった。
「やめろ、ルーク」
セモルが低い声で言った。
「これ以上は――看過できねぇ」
その言葉に、ルークは周囲を見渡す。
皆が苦しそうに顔を歪めている。
(……俺は、また……)
ゆっくりと息を吐き、怒気を収めた。
場の空気が、一気に緩む。
生徒たちが一斉に地面に手をつき、荒い息を吐く。
「……俺は、なんてことを」
自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、ルークは拳を握った。
「確かに、お前はやりすぎた」
セモルが淡々と告げた。
「だが、ミレーナ嬢が悪い。蔑称を吐いた以上、校則違反だ。ロレンス先生が指導するだろう。お前は、今日はもう帰れ」
「……はい」
ルークは深く頭を下げ、体育館を後にした。
◆
足取りは重かった。
ふらふらと歩きながら、校内を彷徨う。
「あー、クソッ……」
唇を噛み、
「どーん!!」
「うわっ!」
後ろから飛びついてきた小柄な影。
「ララ!?」
慌てて体勢を立て直すと、笑顔で飛び跳ねるララがいた。
「あはは、ルーク驚いてる~!」
その後ろには、呆れ顔のガイも続く。
「……ったく、危ねぇからやめろよ」
「ガイは転んでたもんね~」
「うっせぇ!」
ふたりの賑やかなやりとりに、ルークの強張っていた顔が、ふっと緩んだ。
見慣れた仲間たちの顔。その温もりが、どれだけ心を救ってくれるか。
だが、ガイは鋭かった。
ルークの表情の奥に、違和感を察知する。