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第三章 四話「解き放たれる片鱗」

「いきますッ!」


 開始の合図と同時に、ミレーナが猛然と斬りかかってきた。


(……鋭い連撃だ。攻撃の繋ぎも良い)


 ルークは紙一重で剣をいなしながら、冷静にミレーナの技量を分析していた。


 威力も申し分ない。咄嗟の判断も悪くない。


 だが、彼女の剣には――雑念が混じっていた。


(……怒りか)


 なぜそこまでルークに敵意を向けるのかは分からない。しかし、その感情は剣筋に如実に表れていた。


(勿体ない……)


 せっかくの技術が、澱んだ心で鈍っている。


 ――興醒めだった。


 ルークはわざと隙を作り、ミレーナの剣を受けて転倒する。


 安全装置が作動し、痛みは最小限に抑えられたが、鈍い衝撃はしっかり伝わった。


「もう一度ッ!」


 負けたことで満足するかと思いきや、ミレーナは再戦を要求してきた。


(……マジかよ)


 仕方なく立ち上がり、再び形だけの戦闘。


 また負ける。――だが、終わらない。


 三度、四度。


 同じ茶番を繰り返すうちに、ミレーナの怒りは頂点に達した。


「それでもエイネシア様の弟子ですかッ! 本気でやりなさいッ!」


「……は? 師匠は関係ねぇだろ」


 眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに応じるルーク。


 だが、ミレーナは止まらなかった。


「こんなセンスのかけらもない雑魚を弟子にするなんて、英雄と呼ばれていても見る目は凡人以下ってことですわね!」


 さらに、吐き捨てるように続けた。


「きっとそうですわ。じゃなければ――あなたみたいな“呪われた者”を、弟子になんて取るはずがありませんもの」


 ――その瞬間。


 体育館に、張り詰めた重圧が走った。


 ロレンス先生が起き上がり、セモルも即座に剣に手をかける。


(……俺が?)


 重苦しい空気の中心にいたのは、ルーク自身だった。


 怒りの表情ひとつ見せないまま、だが、その瞳は確かに、燃えるような怒りを宿している。


 周囲の生徒たちは呼吸を乱し、膝をつき始める中、ミレーナは、その場に立ち尽くし、何かに耐えるように眉を歪めていた。


 ――その瞳に浮かぶ怯えが、ルークには見えた。


 ルークは静かに歩み寄る。


「……いいか」


 眼前に立ち、冷ややかに告げた。


「ここは戦場じゃねぇ。たくさん経験して、自分と向き合って、学びを得る場所だ。――殺し合いがしたいなら、他でやれ」


 ミレーナの震える肩。


 そこへセモルが素早く割り込み、ルークの喉元に剣先を当てた。


 ロレンス先生はミレーナを抱え、距離を取る。


(……俺は)


 さらに怒気が膨れ上がる。


 重圧は極限に達し、もはや多くの生徒が立っていられなかった。


「やめろ、ルーク」


 セモルが低い声で言った。


「これ以上は――看過できねぇ」


 その言葉に、ルークは周囲を見渡す。


 皆が苦しそうに顔を歪めている。


(……俺は、また……)


 ゆっくりと息を吐き、怒気を収めた。


 場の空気が、一気に緩む。


 生徒たちが一斉に地面に手をつき、荒い息を吐く。


「……俺は、なんてことを」


 自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、ルークは拳を握った。


「確かに、お前はやりすぎた」


 セモルが淡々と告げた。


「だが、ミレーナ嬢が悪い。蔑称を吐いた以上、校則違反だ。ロレンス先生が指導するだろう。お前は、今日はもう帰れ」


「……はい」


 ルークは深く頭を下げ、体育館を後にした。



 ◆



 足取りは重かった。


 ふらふらと歩きながら、校内を彷徨う。


「あー、クソッ……」


 唇を噛み、呻くうめく。そこへ――


「どーん!!」


「うわっ!」


 後ろから飛びついてきた小柄な影。


「ララ!?」


 慌てて体勢を立て直すと、笑顔で飛び跳ねるララがいた。


「あはは、ルーク驚いてる~!」


 その後ろには、呆れ顔のガイも続く。


「……ったく、危ねぇからやめろよ」


「ガイは転んでたもんね~」


「うっせぇ!」


 ふたりの賑やかなやりとりに、ルークの強張っていた顔が、ふっと緩んだ。


 見慣れた仲間たちの顔。その温もりが、どれだけ心を救ってくれるか。


 だが、ガイは鋭かった。


 ルークの表情の奥に、違和感を察知する。

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