甲高い鳴き声が、洞窟内に響き渡った。
「えっ、なに今の――。 コボルトの鳴き声!?」
「ていうか、いま普通に斬撃飛ばしたよな!? なんでそんな涼しい顔してんだよ、おかしいだろ!」
慌てて立ち上がるガイとララをよそに、ルークは鞘に剣を納めながら、淡々と振り返る。
「コボルトが一体、壁の影に張り付いてた。こっちの様子を伺ってたから先に斬ったんだよ」
「あっさり言ってるけど、先に言ってくれよ! マジで心臓止まるかと思ったぞ!」
ガイの叫びにルークが肩をすくめる。
「さっき、索敵について話してたろ? 今のもその一環。緊張状態が長く続くと、感覚が鈍る。それを逆手に取ってくる魔物もいる。だからこそ、大事なのは“緩急”のコントロールなんだ」
「緩急……?」
ララが息を整えながら呟いた。すぐにガイがツッコミを入れる。
「いやいやいやッ! その緩急って説明する前に、まずあのコボルトだろ! 今の、普通に怖かったぞ!?」
ルークは笑みを浮かべながら、歩み寄る。
「だから言ったろ。経験しなきゃ分からないこともある。……お前ら、ここに来るまでずっと気を張ってたよな?」
二人は顔を見合わせ、少しだけ頷く。
「常に気を張ってると疲れるだろ? ……だけど、今みたいに緩んだ瞬間に敵が現れる。だからこそ、自分の状態と周囲の状況を見極めて、オンとオフを使い分けられるようになること。探索では、それが出来るかどうかが生死を分ける」
「つまり……張り詰めすぎてもダメってことか」
「そう。緊張しすぎて判断が鈍るのも、油断して足をすくわれるのも最悪だ。だから“緩めること”もスキルの一つなんだよ」
二人は黙って頷く。
教訓として身に染みたのだろう。言葉より体験のほうが遥かに深く刻まれる――それをルークは、あえて仕掛けていた。
「よし、それじゃあ再開するか。あともう少しで奥に出られそうだ」
ルークの《ソナー》が示す先は、一つの広い空間に続いていた。
◆
再び歩を進める三人。前を行くのはガイとララ、ルークはあくまで後衛で控える。
「前方、左側の壁の隙間に注意。さっきと似た気配がある」
「お、おう!」
緊張を保ちつつも、ガイは手慣れた様子で剣を構える。ララは後方から魔法詠唱の準備をしながら周囲を警戒する。
敵の出現も以前より落ち着いて対処できるようになっており、二人の成長が垣間見えた。
やがて、微かな風の流れとともに、洞窟の奥からかすかな光が差し込んできた。
「ここ……明らかに雰囲気が違うな」
ガイが呟き、ララが喉を鳴らす。
「この先……ボス部屋?」
ルークが頷く。
「ああ。おそらく、このダンジョンの五階層のボス部屋だ。ここを超えれば、転移ゲートが設置されてるはずだから、次からはショートカットできる」
「ボスって……何が出るんだ?」
不安げに問うガイに、ルークは一呼吸置いて答えた。
「おそらく――キングコボルトだろう」
「キング……コボルト?」
「コボルトの中でも指揮官クラス。見た目は通常の二回り以上大きく、筋骨隆々で、魔法を使う個体もいる。加えて、行動も素早く、単体とはいえ侮れない相手だ」
「まじかよ……」
ガイが腰を抜かしかけたところで、ララが頬を膨らませる。
「でも、ルークと一緒ならなんとかなるでしょ?」
「なるけど、居なくてもなんとか“する”のが目標だな。今回の目的は、二人に戦いを任せること。俺はあくまで後方支援に徹する」
「ええ~……」
ガイとララの不満が混じった声に、ルークは苦笑する。
だが、その表情は柔らかく、どこか信頼も滲んでいた。
「これまでのお前らなら不安だが……今なら、任せてもいいって思えるからな」
「……それ、ちょっと嬉しいかも」
「ふ、ふん……じゃあ、やってやるよ」
◆
ボス部屋の扉の前に三人が立つ。
分厚い岩のような扉には、魔力の封印が施されており、まるでその向こうに“何か”がうごめいているかのような圧を感じる。
「……作戦を決めよう」
ルークの声で、三人が輪になった。
短い時間ではあったが、各自の役割と動きの確認、立ち回りのすり合わせを終え、全員が顔を上げる。
「よし、それじゃあ――行こうか」
ルークが手を伸ばし、扉に触れる。
空気が震え、音もなく重厚な扉が開き始めた。
――次なる戦いの、幕が上がる。