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第三章 九話「初陣の果てに」

 ――重く、軋むような音を立てて、巨大な扉が開いた。


 その先に広がっていたのは、朽ちかけた玉座が鎮座する広間風の空間。壁はひび割れ、天井からは剥がれた石材が垂れ下がっている。だが、不思議と空気は澄んでいた。むしろ――張り詰めた静寂が、緊張を極限まで高めてくる。


 「……来るぞ」


 ルークが一歩前へ出ると、玉座の影がゆっくりと動く。


 ギギ……と金属が地を擦る音。次いで、唸るような低い咆哮が空間を震わせた。


 現れたのは、身の丈を超えるほどの大斧を引きずった一体の魔物――キング・コボルト。灰色の体毛に覆われた巨体は、通常のコボルトの倍以上。赤く濁った瞳が、侵入者たちを睨み据える。


 「デケェ……! でも、やってやるぜッ!」


 先に動いたのは、ガイだった。剣を構え、まっすぐに突進する。


 「待っ――!」


 ルークの声が届く前に、キング・コボルトの斧が唸りを上げた。


 ――ガンッ!


 衝突音と共に、ガイの体が宙を舞った。咄嗟に防いだとはいえ、斧の一撃は重く、彼の身体を壁際まで吹き飛ばす。


 「ガイッ! 大丈夫!?」


 ララが急ぎ、回復薬を飲ませる。癒しの光が、ガイを包み込んだ。


 「っぐ……へへ、まだいける……ッ!」


 剣を支えに立ち上がるガイ。その頬には擦り傷が残るが、目の奥は折れていない。


 「動けるなら立て。もう一回だけ、頼む」


 ルークの声に、ガイは不敵に笑ってうなずいた。


 「ララ、次の攻撃には詠唱を被せるんだ! ガイは囮役に徹してくれ! 俺が斬る!」


 即座に指示を飛ばすルーク。その目は冷静だった。


 ルークが間合いを詰め、剣を横に構える。斬りつける――が、キング・コボルトは斧を盾のように構えて防ぎ、反撃に転じてくる。


 だが今度は、ララが発動させた光魔法閃光が一瞬だけ視界を奪った。ルークの指示どおりのタイミングだ。


 「今だッ!」


 剣が深く食い込む――が、思ったほどの手応えはない。皮膚が異常に硬い。骨格すら分厚い。


 「チッ、こいつ……戦闘慣れしてる……!」


 受けたダメージの割に、キング・コボルトの動きには衰えがない。むしろ、より獰猛な殺気を放ち始めていた。


 「これで終わりだと思うなよ……!」


 ルークが息を切らす中、キング・コボルトが再び咆哮を上げた。


 すると、床の影から次々と――無数の雑魚コボルトが湧き出してくる。


 「っ、うそ……! あんな数、さすがに無理……!」


 ララが後退しながら魔力を集中させる。ガイも歯を食いしばりながら盾でコボルトの群れを押し返す。


 「単体では大したことないけど、数で押されるときつい……!」


 ララは背後を警戒しつつ、詠唱を中断するタイミングを見極めていた。


 「どうする……!? ルーク!」


 焦りの声が響く中、ルークは目を閉じた。


 (このまま押し切られる……否。違う)


 呼吸を整え、集中する。頭の中に浮かぶのは、あの人の言葉。


 ――「戦場では、迷うな。迷えば一瞬で死ぬ」


 ルークは目を開けた。


 「……全員、今――全力で叩く!」


 その瞬間、空気が一変した。


 ララが一斉魔法を展開。広範囲の【火球陣】が雑魚コボルトを一掃する。


 ガイがキング・コボルトの死角に回り込み、大斧の軌道を逸らす。


 その一瞬の隙を見逃さず、ルークは踏み込んだ。


 剣を構え、敵の懐へ――


 「はあああああッ!」


 かつて修行で何度も叩き込まれた“斬り返し”の技。相手の動きを読んでからの、二段斬撃。


 剣閃が唸りを上げ、キング・コボルトの膝と腹部を裂いた。


 鈍い悲鳴が響く。巨体がよろめき、よろめいた瞬間、ガイが全身を使って体当たりを叩き込む。


 「とどめは……ルーク、頼むッ!」


 キング・コボルトの眼前まで飛び上がり、 ルークの一閃が閃光のように走る。


 鋭い風切り音が空間を裂き、剣先は迷いなく敵の喉元を貫く。


 巨体が揺らぎ、ドサッとその場に、キング・コボルトが崩れ落ちた。


 戦闘の終了を告げる静寂が、辺りを包む込む。


 「……やった……の?」


 ララが呆然とした声で呟く。


 「マジかよ……俺たち、本当にやったのか……!」


 ガイも思わずその場に腰を落とした。


 「まぁ、初のボス戦としては上出来だな」


 皆が笑い出す。緊張が解けて、全身から力が抜けていく。


 ルークは、崩れたキング・コボルトの亡骸を見下ろしながら、そっと呟いた。


 「次は……もっと強いやつにも、勝たないとな」


 その言葉に、ララとガイも顔を上げる。


 「おうよ。ついてってやるぜ、リーダーさん」

 「ふふっ……そうだね。まだ、始まったばかりなんだもん」


 そして三人は、静かに帰路へと歩き出す。


 ギルドでの報告と報酬が待つ、その日常へ。


 だが彼らは、ひとつ確かな手応えを得ていた――。


 自分たちは、進んでいる。強くなっていると。

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