――重く、軋むような音を立てて、巨大な扉が開いた。
その先に広がっていたのは、朽ちかけた玉座が鎮座する広間風の空間。壁はひび割れ、天井からは剥がれた石材が垂れ下がっている。だが、不思議と空気は澄んでいた。むしろ――張り詰めた静寂が、緊張を極限まで高めてくる。
「……来るぞ」
ルークが一歩前へ出ると、玉座の影がゆっくりと動く。
ギギ……と金属が地を擦る音。次いで、唸るような低い咆哮が空間を震わせた。
現れたのは、身の丈を超えるほどの大斧を引きずった一体の魔物――キング・コボルト。灰色の体毛に覆われた巨体は、通常のコボルトの倍以上。赤く濁った瞳が、侵入者たちを睨み据える。
「デケェ……! でも、やってやるぜッ!」
先に動いたのは、ガイだった。剣を構え、まっすぐに突進する。
「待っ――!」
ルークの声が届く前に、キング・コボルトの斧が唸りを上げた。
――ガンッ!
衝突音と共に、ガイの体が宙を舞った。咄嗟に防いだとはいえ、斧の一撃は重く、彼の身体を壁際まで吹き飛ばす。
「ガイッ! 大丈夫!?」
ララが急ぎ、回復薬を飲ませる。癒しの光が、ガイを包み込んだ。
「っぐ……へへ、まだいける……ッ!」
剣を支えに立ち上がるガイ。その頬には擦り傷が残るが、目の奥は折れていない。
「動けるなら立て。もう一回だけ、頼む」
ルークの声に、ガイは不敵に笑ってうなずいた。
「ララ、次の攻撃には詠唱を被せるんだ! ガイは囮役に徹してくれ! 俺が斬る!」
即座に指示を飛ばすルーク。その目は冷静だった。
ルークが間合いを詰め、剣を横に構える。斬りつける――が、キング・コボルトは斧を盾のように構えて防ぎ、反撃に転じてくる。
だが今度は、ララが発動させた
「今だッ!」
剣が深く食い込む――が、思ったほどの手応えはない。皮膚が異常に硬い。骨格すら分厚い。
「チッ、こいつ……戦闘慣れしてる……!」
受けたダメージの割に、キング・コボルトの動きには衰えがない。むしろ、より獰猛な殺気を放ち始めていた。
「これで終わりだと思うなよ……!」
ルークが息を切らす中、キング・コボルトが再び咆哮を上げた。
すると、床の影から次々と――無数の雑魚コボルトが湧き出してくる。
「っ、うそ……! あんな数、さすがに無理……!」
ララが後退しながら魔力を集中させる。ガイも歯を食いしばりながら盾でコボルトの群れを押し返す。
「単体では大したことないけど、数で押されるときつい……!」
ララは背後を警戒しつつ、詠唱を中断するタイミングを見極めていた。
「どうする……!? ルーク!」
焦りの声が響く中、ルークは目を閉じた。
(このまま押し切られる……否。違う)
呼吸を整え、集中する。頭の中に浮かぶのは、あの人の言葉。
――「戦場では、迷うな。迷えば一瞬で死ぬ」
ルークは目を開けた。
「……全員、今――全力で叩く!」
その瞬間、空気が一変した。
ララが一斉魔法を展開。広範囲の【火球陣】が雑魚コボルトを一掃する。
ガイがキング・コボルトの死角に回り込み、大斧の軌道を逸らす。
その一瞬の隙を見逃さず、ルークは踏み込んだ。
剣を構え、敵の懐へ――
「はあああああッ!」
かつて修行で何度も叩き込まれた“斬り返し”の技。相手の動きを読んでからの、二段斬撃。
剣閃が唸りを上げ、キング・コボルトの膝と腹部を裂いた。
鈍い悲鳴が響く。巨体がよろめき、よろめいた瞬間、ガイが全身を使って体当たりを叩き込む。
「とどめは……ルーク、頼むッ!」
キング・コボルトの眼前まで飛び上がり、 ルークの一閃が閃光のように走る。
鋭い風切り音が空間を裂き、剣先は迷いなく敵の喉元を貫く。
巨体が揺らぎ、ドサッとその場に、キング・コボルトが崩れ落ちた。
戦闘の終了を告げる静寂が、辺りを包む込む。
「……やった……の?」
ララが呆然とした声で呟く。
「マジかよ……俺たち、本当にやったのか……!」
ガイも思わずその場に腰を落とした。
「まぁ、初のボス戦としては上出来だな」
皆が笑い出す。緊張が解けて、全身から力が抜けていく。
ルークは、崩れたキング・コボルトの亡骸を見下ろしながら、そっと呟いた。
「次は……もっと強いやつにも、勝たないとな」
その言葉に、ララとガイも顔を上げる。
「おうよ。ついてってやるぜ、リーダーさん」
「ふふっ……そうだね。まだ、始まったばかりなんだもん」
そして三人は、静かに帰路へと歩き出す。
ギルドでの報告と報酬が待つ、その日常へ。
だが彼らは、ひとつ確かな手応えを得ていた――。
自分たちは、進んでいる。強くなっていると。