ダンジョンと授業、そして時折の訓練。そんな学園生活が続き、入学からすでに二か月が経とうとしていた。
ルークたち三人の成長は目覚ましく、初々しさと未熟さが混じっていた頃のぎこちなさは、もうなかった。
ガイは衝動的ながらも動きに練度が出始め、ララの詠唱速度と安定感も格段に上がった。ルーク自身も、二人の動きを活かす戦術を即興で組めるようになってきていた。
(……だが、それでも俺は、まだ足りない)
ルークの中には、常に焦りがあった。
誰に対してか?
何に追いつこうとしているのか?
それは、彼自身がいちばんよく知っている。
夕焼けに染まる帰り道。石畳の道を歩いているところで、ふとルークは足を止めた。
「ん? どうした、ルーク?」
ガイが不思議そうに振り返る。
「いや……あれ、ミレーナじゃないか?」
ルークが顎で指した先、寮とは逆方向に進んでいく細い裏道。その先に見えたのは、橙色の長いストレートヘアー、鋭い赤の瞳――間違いない。ミレーナだった。
彼女の隣には、フードを深くかぶった長身の男がいた。顔は見えない。だが、その佇まいには、ただならぬものがあった。
「あ、ほんとだ。って、あの人だよ! 前にミレーナちゃんと一緒にいた人!」
「まさか……でも、教師じゃないよな。あの男」
ルークの胸に、奇妙なざわつきが走った。
(あれは……学園の人間か?)
疑問は膨らむばかりだった。
「先に行っててくれ。俺は、ちょっと様子みてくる」
「あんまり深追いするなよ? あの男、嫌な予感がする」
ガイが肩をすくめ、ララも不安そうな顔を向けてきたが、ルークは頷き、ゆっくりとミレーナたちのあとを追った。
音を立てぬよう、草を踏む角度まで意識しながら。
道はやがて、闘技ホールの裏。外れにある小さな森へと続いていた。
陽が落ちかけた空の下、森は不自然に静かだった。虫の声も、鳥の気配も薄い。まるでこの場所だけ、時が止まっているようだった。
(こんなところに、何の用がある?)
茂みの陰に身を隠しながら、ルークは様子をうかがう。
数十メートルほど先、開けた小さな広場のような場所で、ミレーナが剣を振るっていた。向かいには、あの男。
「……これは、訓練……?」
ルークの視線が鋭くなる。
ミレーナの動きは、普段の彼女のそれよりも鋭く、激しく、そして焦燥感に満ちていた。まるで何かを振り払うように剣を振るい、男はそれを受け流し、時折指導するように身振りを交えている。
(教師でも、騎士でもない……けど、訓練に見えなくもない……か)
ルークは眉をひそめた。
……ただの訓練か。そう割り切れば、何もない話だ。彼女には彼女の事情があるだろう。自分が踏み込むべきではないと、そう判断しかけたその時だった。
男が、ふと腕まくりをした。
その袖口から覗いた、左腕の内側。
ルークの目が、それに吸い寄せられる。
(――あの印)
白地に、黒くうねるような模様。見間違えるはずがなかった。
かつて王都を襲撃した、テロ組織の構成員に見られる刺青――それと、まったく同じだった。
(まさか……!)
血の気が引き、思わず息を飲む。一瞬で、二年前に起こった王都襲撃テロの惨劇の情景が脳裏を駆け巡る。
“敵”だ。あの男は、確かに“あちら側”の人間だ。
ミレーナがその事実を知っているのかはわからない。だが少なくとも、彼女は今――その男と、親しげに言葉を交わしている。
(どういうことだ……?)
胸の奥に、得体の知れない不安が渦を巻く。
何もかもが分からないまま、ルークはその場に踏みとどまり、身を潜めた。
冷たい風が吹き抜け、まるで嵐の前の静けさを体現するような雰囲気が辺りを包み込む。
ルークの心には、もうただの静かな夜とは思えない、なにか“始まり”の予感が、冷たく芽吹いていた。