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第2話 森の中の集落

「森の中にある木々には傷が見られないな。もしや、傷屍人避けの印を組んであるのか?」

「そうです。先ほども言いましたが、この先の集落に住むのは戦えない者ばかりです。可能な限り、傷屍人との遭遇を避けるようにしているのです」

 レオンとガトリムは、ランタンの明かりを頼りに森を進む。


 傷屍人には、ごく普通の人間が発する生気に反応して襲い掛かってくる性質がある。

 生気を覆い隠し、傷屍人の目をそらす秘術が傷屍人避けの印だ。


「通りで気付かないわけだ……」

「ええ。なので、滞在をすることになっても安心できると思いますよ!」

 上機嫌な様子でレオンは森を進んでいく。


 自分の目的を達成できるかもと、期待を抱いているのだろう。

 そんな彼の様子を見て、ガトリムは半ば呆れたように笑みを浮かべる。


 戦いに明け暮れていた彼にとって、ここまで明るい少年を見るのは久しぶりだった。

 この時世で、希望や目標を持って行動できる人物などそうそういないものだ。


「そろそろ集落に到着です。ほら、あそこに光が見えますよ」

 暗闇の遥か先、木々の間からゆらりゆらりと灯が輝いている。


 レオンとガトリムは光めがけて歩み続け、暗闇から明かりの中へと踏み出す。

 暖かな光に覆われた土地には、十軒程度の家があった。


 どれも土づくりの粗末な建物だが、雨風をしのげる程度の暮らしはできているらようだ。


「到着です! まずは集落の長の所に案内しますね!」

「ああ、よろしく頼む。それと後で貯蔵庫も見ておきたいのだが、許可を貰えるよう打診してもらえないか?」

 ガトリムの要望にうなずきつつ、レオンは集落の一番奥にある家屋へ歩いていく。


 集落に住む者は、杖を突き、膝をかばいながら歩く老人ばかり。

 レオンの発言通り、若者は存在しないと見てよいだろう。


「失礼します。長、お客様がお見えなのですが」

「この声はレオンかい? 朝から姿が見えないと思ったら、お客様を連れて帰ってくるとは……。まあ、とにかくお入り」

 レオンが叩いた扉の奥からは、老婆らしき声が聞こえてきた。


 扉を開けて中に入っていくレオンに続き、ガトリムも戦斧を外してから建物内に入っていく。

 室内に置かれた小さな机と、その周囲に置かれた複数の椅子。その一つにレオンが長と呼ぶ老婆が座っていた。


「おや、おや。これはずいぶんと勇ましいお客さんだこと。傷屍人たちが跋扈する中、ここまでよくたどり着きましたね。何もない集落ですが、ごゆっくりくつろいでくださいな」

「その申し出はありがたいが、あまり長居する気はない。食料や備品を持ってきたので、それを置いたら再び旅に出るさ」

 ガトリムはカバンから二つの圧縮箱を取り出し、机の上に置いていく。


 傷屍人を封印するための物だけでなく、複数の圧縮箱を用意しているようだ。


「俺は傷屍人たちを屠りながら食料を集め、各地の集落に配っている。レオンとは不治荒野で出会ってな、ここに集落があると聞いて案内してもらったんだ」

「不治荒野で……? まさか、傷屍人に追われたんじゃ……」

「が、ガトリムさん! その話は後でお願いします! 本題があるんでしょう!?」

 長からの訝し気な視線を向けられたレオンは、大慌てで話を進ませる。


 ガトリムは小さく溜息を吐きつつ、本題に入ることにした。


「この二つに先ほど言った物が入っている。さすがに全てを置いていくわけにはいかないので、後程貯蔵庫を見させていただきたいのだが、良いだろうか?」

「集落の者の恩人とはいえ、他所のお客様だけで貯蔵庫に立ち入らせるわけにはいきませんが……。そうですね、レオンが目としてそばにいるのを許していただけるのであれば」

 ガトリムの提案に、長は懸念を抱いているようだった。


 余所者に食料等を持っていかれてしまう可能性があるので、警戒をするのはごく普通の対応だろう。


「警戒しなくても大丈夫ですよ。でも、それで長が安心するのであれば、彼の監視をさせて頂きます」

「ええ、お願い。ご無礼は承知ですが、受け入れていただけますでしょうか?」

「構わない。どのような物を必要としているのか、この集落の者に聞く必要もあるからな。ではレオン、行こうか」

 圧縮箱をカバンにしまい直しつつ、ガトリムはさっさと室内から出ていってしまう。


 慌ててレオンは彼の後を追い、貯蔵庫として利用されている建物へと案内するのだった。


「果実や山菜の類はあるが、肉類が少ないか……。干し肉を置いていくのは確定として、他に必要な物はあるか?」

「乾パンやビスケットなどの保存食も少ないのですが、僕くらいしか食べる人はいないんですよね……」

 筋力が弱まっている分、歯ごたえのある物を嫌う人が多いんですよとレオンは続ける。


 とはいえ、エネルギー効率に優れた食材なので、多量ではなくとも置いていくべきだろう。


「肉類が無ければ、スープを作っても味気ない物になりやすいからな。老人が保存食を嫌がる気持ちは分かるよ」

 貯蔵庫に置かれている圧縮箱の中に、所持していた食料を移し替えていくガトリム。


 かなりの量を移しているようだが、一体どれだけの食料が彼の圧縮箱に収められているのだろうか。


「こんなものか。後は備品だが、薬や包帯等を多めに置いていくとしよう。これが終わったら、お前の家に案内してくれるか? 依頼について詳しく聞きたい」

「分かりました。移し替え、お手伝いしますね」

 備品の圧縮箱にも移し替えを終えたガトリムとレオンは、共に貯蔵庫の外に出る。


 その足でレオンは自分の住んでいる家へとガトリムを案内し、飲み物の用意を始めるのだった。


「この集落が長期間耐えるのは無理だな。老人に対して若者がこうもいないのでは……」

「戦うことができる年齢の人々は、傷屍人と戦って傷ついてしまいますからね……。治療できる程度の傷であれば、傷屍人になる可能性を排除できますが、あまりにも深い傷は……」

 傷屍人は精神が狂気に侵されたことで、脳のリミッターが利かなくなっている。


 そのせいで常人を遥かに上回る力で攻撃をしてしまい、自身にも他者にも甚大なダメージを与えてしまうのだ。


「どこか別の場所に移住するのも無理。かといって延命処置もほとんど意味はない。どうすれば、皆さんを救うことができるでしょうか……」

「世界自体がまともに機能していないからな。全ての傷屍人が消滅しないことには何をしても焼け石に水だろう。残念なことに、そんな未来が実現することはないだろうが」

 ガトリムの諦観の言葉を聞き、同意しかできない自分にレオンは腹が立った。


 終わりに向かうしかない世界に対し、何もできない自分が悔しかったのだ。


「そんな世界なのに、どうしてガトリムさんは傷屍人と戦うのですか? どうして、たくさんの食料や備品をこの集落のために分けてくださったのですか?」

「……」

 ガトリムは瞼を閉じ、顔を天井に向ける。


 質問の答えは返ってこないだろうと想像しつつ、レオンは彼の前に飲み物を置く。

 レオンに再び向けられた顔は、やはりどこか不愛想なものだった。


「……あまり関係のない話をして時間を浪費するのは良くないな、依頼の話をするとしよう。確か、お前の姉を俺と共に探したい——だったな?」

「ええ、聞き入れてくださるでしょうか?」

 想像通り、答えが返ってこなかったことに落胆しつつも、レオンは気丈に振舞う。


 ここで気後れすれば、依頼すら受けてもらえない可能性があると感じたようだ。


「傷屍人との戦いに、戦えない人物を巻き込むのは可能な限り避けたい。が、お前を連れて行くことで、俺にとって利があるのであれば話は変わる。どうだ?」

「あなたへの利益、僕にできることは……」

 レオンは必死に頭を回転させ、役に立てそうなことを思案する。


 彼の言う通り、戦闘はほぼ不可能。使える術式もさほど多いわけではない。

 それでも、一つだけ自信を持って言えるものがある。それは——


「創造の術式が使えます。見ていてくださいね」

 レオンは両手を使って印を結び、瞼を閉じて念を込める。


 するとテーブルの上に小さな青い陣が浮かび上がり、中心部に向かって小さな光の粒が集まっていく。

 やがてその光は形を変えていき、小さな果実に変化するのだった。


「この術式を使える存在が一般で生き残っていたとは……。もしや、お前の姉とやらも?」

「ええ。あの人は、この術式を使って何かの研究をしていました。僕の術式は不安定ではありますが、支援くらいはできるはずです。どうでしょうか?」

 ガトリムは再び瞼を閉じ、何やら考え事を始める。


 レオンは、彼が何か行動を起こすまで固唾を飲んで待つことにした。


「……まさか、こんなところで目的へと繋がりそうな糸を見つけられるとはな。想定外ではあるが、まあいい」

 ガトリムがつぶやいた言葉の意味は、レオンには分からなかった。


 だが、一瞬浮かべられた邪悪な笑みを見て、嫌な予感が胸中に漂い出したのは確かだ。


「良いだろう、お前と共に姉を探すことにしよう。しばしの同行、よろしく頼むぞ」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 一瞬見えた表情とは打って変わり、ガトリムがレオンにかけた声は優しいものだった。


 胸中に浮かんだ予感は、きっと気のせいだろう。

 レオンはそう思うことにして、彼と共に旅に出る準備を始めるのだった。


 一方そのころ、明かり一つない建物の中——


「グアアア……!?」

「イダイ! ヤメデェェ!!」

 暗闇の檻の中、傷屍人たちが悲鳴をあげる。


 ある者は無理やり腕を引きちぎられ、ある者は無理矢理開腹させられる。

 彼らは痛みに絶叫し、ますます狂気に侵されていく。


「……ダメね。これじゃあ実験にもなりやしない。この傷屍人たちは捨てるとしましょう」

 檻の外で悲鳴を聞いていた人物が、苦々しくため息を吐き、傷屍人たちを廃棄する準備を始める。


 両手で印を組んで何やら念じると、天井に筒状の大きな道具が出現した。

 それは傷屍人たちに向けられており、内側からは高熱が発せられているようだ。


「廃棄方法は、やっぱり焼却が一番ね。グチャグチャに潰してもいいけど、掃除が面倒だし」

 影の人物が言いつつ指をならすと、筒の先端から傷屍人たちに向けて炎が発射される。


 それはとてつもない熱量を有しているらしく、傷屍人たちの体は灰も残さず燃え尽きてしまうのだった。


「はぁ……。こうすると実験結果が分からなくなるのが欠点ね。肉体が消滅したら意思疎通もできないから、本当に死んだのか分からない。まあ、これでも死ねないのなら、燃え盛る痛みを永遠に魂で感じるってとこかしら」

 影の人物は再び印を結び、火炎放射器を消去する。


 その際に光の粒子が舞い散り、その人物の表情を明るく照らした。


「さて、次の実験は誰を使いましょうか。もう、あの集落に若い人はいない。老人を誘い出してもろくな結果はでないでしょうし……。ああ、そういえば、もう一人だけいるんだったわね」

 眼鏡をかけ、邪悪な笑みを浮かべた一人の女性。


 彼女の足元まで伸びる黒髪は乱れ果て、瞳は狂気に侵されていた。


「レオン……。あなたならきっと、私たちが安らかに死ねる方法を見出してくれるはず……! これから、姉さんが迎えに行くわね……!」

 暗闇に、狂気に満ちた高笑いが響き渡る。

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