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第4話 炎の傷屍人

「ざぁんねん。被検体はあなたよ、逞しいお兄さん。ふふっ……。どんな風に体をいじってほしい? バラバラ? それとも、ジュウジュウと焼かれたい?」

「まずはバラバラを所望したいところだな。それから燃える森の中に放り込み、焼き尽くしてやる。お前が消した老人たち以上の苦しみを味わえるぞ」

 ガトリムとノヴァは、応酬を繰り返しながら探り合いを行う。


 お互い、これまでに出会ってきた存在たちとは何かが違うと判断しているのだろう。


「うう……。ガトリムさん、逃げてください……。この人の力は……!」

「心配するな、レオン。お前は寝転びながら休んでいればいいさ」

 地面に転げ落ちた衝撃のおかげか、レオンは正気に戻っていた。


 だが、集落の人々を一瞬で失った衝撃は彼の精神と体を蝕み、動き出そうという意思を阻害しているようだ。


「この森で起きた全ての事象、それを引き起こしたのはお前のようだな。聞こえるよ、集落の者たちの嘆きの声が」

「ふぅん……。あなたには聞こえるんだ? ねぇ、どんな風に聞こえるの? なんて言ってるの? 体が消えることができて、みんな喜んでる?」

 ガトリムはすぐにその質問には答えず、地面に落ちている自分の戦斧に歩み寄る。


 柄を握り、肩に背負い直す勢いを利用して付着した血を吹き飛ばす。

 そして、ノヴァを睨みつけながら答えを発した。


「痛い、苦しいという声だけだ。喜びも、怒りの声も聞こえてこない。あの人たちも傷屍人になっちまったんだよ。あんたに身を焼かれたことで」

 ガトリムの声が怒張していく。


 燃える森を背に受けた彼の赤髪が、火が着いたように立ち昇っていく。


「あんたにはそれ以上の苦しみを味わわせてやる。覚悟しろ」

「気持ちよく死なせてくれるのならそれでいいわよ。でも、苦しみ続けると言うのなら、それはお断り。あなたの体で最高の死に方を見つけてあげるわ!」

 ノヴァは素早く印を組み、陣から何かを出現させる。


 現れたのは、巨大な一つ目の化け物だ。

 長身であるガトリムの三から四倍はある巨体は、少し動くだけで大地を大きく揺らす。


「さあ、実験開始よ! サイクロプス、目の前の彼をなぶってあげなさい!」

「グオアァァア!!」

 おたけびを上げ、一つ目の巨人はガトリムに向けてパンチを繰り出す。


 その攻撃を悠々とかわした彼は、反撃として巨人の腕に戦斧を叩きつける。

 血しぶきが吹き上がるのと同時に、巨体が痛みに大きく揺れた。


「ふん。大したでくの坊だな。こんなもので俺の動きを止めようなど、甘く見られたものだ」

 ガトリムは巨人の腕へ飛び乗り、素早く駆け出す。


 戦斧を腕に叩きつけたまま進むせいで巨体が揺らぐというのに、彼が意に介す様子はない。

 頭部付近にたどり着いた彼は勢いよく肉から戦斧を引き抜き、一気に巨人の首へと叩きつけた。


 巨人は首から血を吹き出し、地面へと膝をつく。


「あらら……。結構な自信作だったのに、こうも簡単に倒されちゃうなんて。こんなにも強い人間がいるなんて、想定外も良いところね。ますます興味が湧いてきちゃうわぁ……」

「俺のことを調べたいのなら、あんたがかかってくればいい。その細い体に、幾万と傷をつけてやる」

 自慢のサイクロプスを倒されたというのに、ノヴァは臆するどころかますます好奇心を昂らせていく。


 ガトリムもまた狂気の視線に呑まれることなく、彼女に戦斧の先端を突き付けた。


「やーよ。さっきも言ったけど、私は気持ちよく死にたいの。絶対、痛みや苦しみに悩まされたりするもんですか。それにねぇ……」

 ノヴァがパチンと指を鳴らすと、ガトリムの背後で轟音が響き、サイクロプスが起き上がった。


 サイクロプスは彼の体を両手で捕まえると、握りつぶそうと力を込めていく。


「私の創造生物は、消滅させない限り動き続けるの。どんな攻撃を与えたとしても、倒すことはできないのよ?」

「なるほどな。だが、先ほどまで地面に倒れたままにしていたペガサスはどうした? いつの間にか消滅させたみたいだが。もしや、出現させられる数に限りがあるのか?」

 握りしめられているというのに、ガトリムは悲鳴を上げるどころか苦痛の表情すら浮かべていなかった。


 それどころか、どこか余裕そうな表情を浮かべているほどだ。


「あなた、痛くないの? サイクロプスに握られて、悲鳴を上げない人なんて……」

「いや、痛いさ。とてつもなく痛い。だがな、これ以上の痛みを受けた者たちを知っている。俺に刻み込まれた痛みが知っている。この程度、痛みに数える意味もないとな!」

 ガトリムの発言と同時に、握りしめられたサイクロプスの両手が押し広げられていく。


 彼の異常な力を見たノヴァは、そこで初めて動揺する。


「な、なんなの? こんな力を引き出せる人間なんて、知らない……。もう少し実験してみたかったけど、そういう状況じゃない。ペガサスをしまっておいて良かったわ」

 ノヴァは印を組み、陣から何かを出現させる。


 それは、集落の人々を焼き払った火炎放射器だった。


「あ、あれは……! ガトリムさん! 早く逃げて!」

「そうは言うがな……。コイツ、思ったよりも握る力が強くてな……!」

 レオンが逃げるよう声をかけるものの、ガトリムはいまだサイクロプスの手から脱出できていなかった。


 強大な力を引き出せる人間といえど、巨大な生物が有する力には対抗しきれないようだ。


「サイクロプス! そのまま彼を握っていなさい! 影も残さず消し去ってやるわ!」

 火炎放射器は自動的に向きを変え、ガトリムに狙いをつけた。


 それの内側には、激しい熱が揺らめいている。


「燃え尽きなさい! 地獄の炎で! この世から消滅するのよ!」

 ノヴァが指を鳴らすのと同時に、火炎放射器から業火が発射される。


 それはサイクロプスの巨体を優に飲み込むほどであり、握られているガトリムの体は当然のごとく炎に包まれてしまった。


「ガトリムさん……! ガトリムさあああん!!」

「アハ……! アハハハ……! 人間どころか、鉄ですらたちまち蒸発するほどの炎。例えサイクロプスを上回る力を持っていたとしても、関係ないわ……! これで、邪魔者は——」

 悲嘆の悲鳴と狂気の笑い声が止んだその時、地獄の炎の中から、とてつもない速度で何かが飛び出してきた。


 それはノヴァの首元をかすめ、彼女の背後にある木に衝突する。


「炎の……斬撃……? 誰が、こんな攻撃を——」

「温い炎だ」

 炎の中で、一つの影がゆらりと動き出す。


 ゆっくりと、しかし確実にノヴァに向かって歩み寄るその影は、先ほどまで彼女たちが見ていた人物と一致する。


「地獄の炎がこんなに温いとはな。これならば、俺の内に宿る炎の方が幾倍も熱いぞ。自らの熱で、狂い出しそうなほどにな」

 身体の各部を燃やしながら、ガトリムが炎の中から現れる。


 自らにまとった炎により、巻かれていた包帯が燃え去っていく。


「……なるほど。人を遥かに超えたその力、私の炎を受けてもなんともない理由。あなた、被験者なのね?」

「被験者……?」

 納得が言ったと言いたげな表情をするノヴァに対し、レオンは動揺した表情を浮かべている。


 彼が一体何だと言うのだろう。あの異常な力の正体は何なのだろう。


「そう、俺は『創造機関』が行った死の研究の被験者だ。実験内容は、炎で不老不死の人間は死ぬことができるのか。俺は死ぬことができず、その炎をこの身に飲み込んでしまったんだ」

 包帯が消え去ったガトリムの肉体は、痛々しく黒ずんでいた。


 激しい高熱で焼かれ、細胞組織が死滅した硬い肉。

 生きていないのに、動くことができる異形の肉体。


「俺は炎の傷屍人ガトリム。貴様ら創造の術式を悪用する者を地の果てまで追い詰め、斃す者だ」

 ガトリムの宣言と共に、燃え盛っていた炎が彼の体に吸い込まれていく。


 激しい熱を取り込んだ、赤髪の復讐者がノヴァを睨みつける。


「傷屍人……。ガトリムさんが……?」

 彼が傷屍人だから、傷屍人除けの印の効果で集落の場所が分からなかったと?


 サイクロプスの攻撃を強引に跳ねのけかけていたのは、既に力の限界が無くなっているから?

 でも、どうして彼は意識を保っている? 他の傷屍人たちは、苦痛から狂気に堕ちてしまっているというのに。


「話には聞いていたけど、まさかこの目と肌で感じることができるなんて……! いい……! すっごくいいわ……!」

 首から上の部分だけを残し、ノヴァの長髪がズルリと地面に落ちていく。


 地面に落ちた黒髪は先端から燃え広がり、彼女の足元を明るく照らす。


「首を狙ったつもりだったんだがな……。こうもやすやすと回避されるのであれば、俺も相応の覚悟をする必要があるみたいだ」

 戦斧を構えなおしたガトリムは、狂気の笑みを浮かべるノヴァを睨みつける。


 すると突然、彼女は左手で首を抑えて苦しみだした。

 何か危険な行動を取るのではと考え、ガトリムは身構えるのだが。


「なんで、あなたが出てくるのよ……。自ら消え去ることを望んで、私を生み出したくせに……!」

「生み出した……? 何を言っている? 何を企んでいる?」

 ガトリムの質問に、ノヴァは答えない。


 代わりに、彼女の右手が彼に向かって伸びていく。

 彼女の悲痛な視線が、彼にぶつかっていく。


 狂気に染まり切っていたはずの瞳が、変化している。

 ガトリムはノヴァの変化に気付いたものの、動くことができなかった。


 彼女の美しい瞳に、そこから零れた涙に動揺してしまったからだ。


「……フゥ。残念だけど、今の状態であなたと戦い続けるのは分が悪いわね……。こんなに興味深い人物と出会えたのに、マヌケな理由でやられちゃうのはつまらないわよねぇ……!」

 ノヴァは大きく首を振り、改めてガトリムの顔を見つめる。


 その視線に美しさはなく、狂気の色のみが宿っていた。


「退散する気か? やっと『創造機関』と関係がありそうな人物を見つけられたんだ。ここでとり逃がすつもりはないぞ」

 先ほどの瞳は見間違いと判じ、ガトリムはじりじりと距離を詰める。


 だが、ノヴァは素早く両手で印を組みつつ、非常に嬉しそうな笑みを浮かべた。


「また、会いましょうね、ガトリム様……!」

 ガトリムの足元に陣が出現するのと同時に、複数の手が彼の体につかみかかる。


 彼と手たちが攻防を繰り広げている間に、ノヴァは再び印を組む。


「レオンは置いていきます。絶対、絶対にまた会いに来ますので、私のこと、どうか忘れないでくださいね……!」

 ノヴァは出現した飛行生物に素早くまたがると、天に向けて飛び上がってしまう。


 ガトリムもまた複数の手から何とか脱出できたものの、既に彼の射程範囲から逃げられてしまったようだ。


「クソ……。やはり創造の術式は厄介だ。せっかくのチャンスを……!」

 ガトリムは怒りに身を震わせるものの、レオンの視線に気づいて正気に戻る。


 彼は自身の内に宿る炎を抑え込みつつ、小さな体を縛る縄をほどきにかかった。


「すみません、ガトリムさん……。お世話をかけます……」

「気にするな。お前も、色々あって疲れたよな。とりあえず集落に戻るとしよう。誰もいなくなってしまったが……」

 ガトリムの優しい声を聞き、レオンは涙を流しそうになる。


 それをぐっとこらえ、炎が鎮まり始めた森を彼と共に進むのだった。

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