かよは口を開いた。
「その前に、私たちだけで話をさせてください」
女子高生2人と情報の共有と、身元の把握をしておきたい。ジョバロンは「いいでしょう」と言って、ほかの男女とともに部屋の隅へ移動した。
かよは女子高生2人に近づき、屈んだ。
「私は品川かよ。25歳のOLで、自分の部屋にいたの。あなたたちは?」
女子高生2人は不安そうに顔を見合わせたのち、小さく頷きあった。茶髪のロングヘアーの女子高生が口を開いた。
「下野彩芽、高校2年生。この子と一緒に街にいたら、突然光に包まれて」
「わたしは大垣百合花です。同じ2年です」
「下野さんと、大垣さんね。……あのジョバロンって男の言うことを信じるなら、ここは異世界で、聖樹って存在に祈りを捧げなければ、私たちに命はないみたい」
「え、殺されるってこと?」
不安そうな下野に、かよは頷く。
「な、なんでわかるんですか?」
かよは尋ねてきた大垣に答えを述べた。
「さっきの会話で『聖樹は栄養を欲しているとだけ言っておく』って言ったでしょ? 私たちを肥料に、つまり死体にするって圧力かけられたの」
下野と大垣の顔が青くなる。
「じゃ、じゃあ、アタシたち、どうすれば……」
「彩芽……」
かよは、下野と大垣の肩にそっと手を置く。
「とにかく、今は彼らの言うことを聞くほうがいいと思う。もし、困ったことがあったら、私にも教えて。彼らと交渉してみる」
下野と大垣は小さく頷いた。かよは「行こっか」と言って、2人にペースを合わせながら立ち上がる。
「お待たせしました」
かよは下野と大垣の前に立つ。
「かまいませんよ。では、改めて護衛を紹介しましょう。どうぞ外へ」
そのとき部屋の扉が開いた。2人は20代くらいの女性だが、残る1人は人間ではなかった。真っ黒な毛に覆われて青い目、二足歩行をしているクロヒョウのような存在だ。おそらく獣人と呼ばれる種族なのだろう。毛の雰囲気から察するに、かよたちより30歳から40歳くらい年上だと思われる。
「聖女様がた、お初にお目にかかります。我らはこの【ジュネの祈り】に属している騎士団、【聖樹の盾】のものです。私は団長のケイ・ホリアと申します」
「アイネ・シャーラです」
「ネージェ・クライです」
3人の騎士は自己紹介をすると、同時に頭を下げた。
「それでは、護衛に部屋を案内させますので、ついて行ってください。なにかあれば彼らにお申し付けを。それでは、頼みましたよ」
「承知した。聖女様がた、ご案内いたします」
かよは口を開いた。ある提案をするために。
「下野さんと大垣さんを、先に案内してください。ジョバロンさん、少しお話があるんですけど、いいんですか?」
「ええ、もちろんですとも」
下野と大垣が不安そうに、かよのほうを見た。かよは微笑む。
「それとも一緒に行ったほうがいい?」
下野と大垣は小さく何度も首を縦に振った。今2人を不安にさせるのは、よくないだろう。
「わかった。ちょっとここで待っててくれる? すみません、2人をお願いします」
「御意に」
かよとジョバロンは再び部屋に入った。かよの前方にいるジョバロンが、こちらを向く。
「それで聖女様、話というのは?」
「交渉をしたくて」
「交渉?」
「ええ。祈りを捧げた時間や質で、私たちの滞在が決まるって考えていいんですかね?」
「ええ、そうですね」
「それなら、私が長めに祈りを捧げます。なので、あの2人を早めに元の世界に帰してあげてください。ここではどうかわかりませんが、私たちの世界では、あの子たちはまだ子どもなんです」
「なるほど。……わかりました、いいでしょう」
要求が通ったが、かよは安堵したことを悟られないように気をつけた。なんとなく、ジョバロンにすべてを見せてはいけないような気がする。
「それから、このことは2人には伝えないでください」
「わかりました。ほかにご要望は?」
「……ああ、食事に関してですけれど、あの2人にアレルギーがないか、確認してください」
「ああ、体質の問題で食べられない食材があるという。わかりました。聖女様には、アレルギーというものはありますか?」
「いえ、特に。それでは」
かよは扉を開け、外に出た。
廊下にいた下野と大垣は、かよを見ると安堵の表情を浮かべた。
「ごめんね、お待たせ。すみません、部屋の案内をおねがいします」
「はっ。こちらです」
先頭を団長のケイが進む。2人の女性の騎士は、かよたち3人の後ろについた。
カーブを描いた階段を上がり、すぐそばにある扉の前でケイが立ち止まり、説明をはじめる。
「こちらの横並び3部屋が聖女様がたのお部屋です。それぞれ部屋同士は、室内にある別の扉で繋がっております。それから向かって左側のお部屋の隣2つは、我々聖女つき騎士の部屋です。ご用がありましたら、中に置いてあるベルを鳴らすか、どちらかのドアをノックしてください」
中での移動が可能なら、騎士たちに内密にしながら3人で話し合うことができる。
「部屋の割り振りは、私たちが決めても?」
「もちろんです」
かよは下野と大垣のほうを振り返った。
「2人はどの部屋がいいとかある? 隣同士のほうがいいかな?」
下野と大垣は互いに顔を見合わせ、ほぼ同時に頷いた。予想どおりだ。
「どっちの隅でも大丈夫? 騎士さんの部屋に近いほうがいい?」
「彩芽、どうしよう?」
「アタシは百合花と隣だったら、どっちでも大丈夫」
「わたしも」
「じゃあ、私が騎士さんの隣の部屋でもいい?」
下野と大垣が再度首を縦に振る。
「それでは、我々は失礼いたします」
ケイと女性騎士たちは軽く頭を下げ、立ち去った。
「それじゃあ、私、部屋に入るね」
かよは一足先に扉を開けた。
部屋は一つなのにも関わらず、かよの自宅よりずっと広かった。家具は白色でところどころ金があしらわれている。ベッドは天蓋つき。天井にはシャンディアが吊るされている。
(漫画やアニメでしか見たことがない豪華さだっ)
ベッドもキングサイズで、1人で眠るのが少々もったいなく感じる。入って右側の壁にはたしかに別の扉があった。ケイが話していたものだろう。しかし左に扉はないので、騎士は外から入るしかなさそうだ。
窓から外を見る。どうやら夜のようだ。
そのとき、扉が閉まる音が2つした。どうやら下野も大垣も部屋に入ったようだ。かよはこっそりと部屋を出て、隣にある騎士の部屋の扉を控えめに叩いた。
「はい」
部屋から出てきたのはケイだった。かよは小声でケイに頼んだ。
「あの、下野さんと大垣さん……私以外の聖女には、もし可能であれば、女性の騎士さんに対応をお願いしてもいいですか? 私はあれくらいの年齢のとき、同性のほうが安心できたので」
「承知しました」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼します」
かよは隣にある自分の部屋に戻る。
(今、下野さんと大垣さんのところに行ったら、ほっとする時間がないよね。多分頭の中や心も整理したいだろうし。……私も少し休も)
しわ一つないベッドに飛びこむのに、なんとなく抵抗があったので、ソファーに横たわった。
(ああ、すごくふかふか。……ここは、なんて名前の世界や国なんだろう? 地理は? 食生活は?)
考え出すと、きりがない。かよは思考を強制終了するかのように、ゆっくり目を閉じる。なにも見えない暗闇は心地よかった。