目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

5.初めての祈り

 扉をノックされる音で、かよは自分が眠ってしまっていることに気がついた。体を起こし、「はい」と返事をした。ノックをしたのはケイだった。

「聖女様。食事をお持ちしました」

「あ、ありがとうございます。すぐ開けます」

 かよは慌てて起き上がり、扉を開ける。ケイは食事がのった銀色のワゴンと共に入ってきた。皿の上には肉、スープ、野菜を使った前菜らしきもののほかに、ごはんがあった。まさか米を食す文化だったとは。

 ケイは手慣れた様子で中央のテーブルに、一人分の食事を並べているが、本当に食べてもいいものなのだろうか。しかし食べなくては、いつか死んでしまう。

(それにわざわざ異世界から召喚したのに、毒殺なんてするはずないか)

 かよが近づくと、ケイが椅子をひいてくれたことに驚きながら着席する。

「聖女様の世界の料理になるべく近づけたのですが、もしもお口に合わなければ、お申しつけください」

「あ、ありがとうございます。あの、食事のあとに聖樹への祈りを捧げることは、できますか?」

「ええ、もちろんです。お食事が終わりましたら、ご案内します。それでは失礼します」

 ケイが立ち去ると、かよは食事に手をつけた。どの食事も、かよのいた世界でいうところの、洋食にあたる味つけで違和感なく食べることができた。

(食事の面では心配することはなさそう)

 食材については考えないようにしながら、食事を進める。おいしければ、それでいい。

 かよは米粒の形を見た。普段食べているものに比べて細長いので、インディカ米に近いのだろう。パラパラとしており、いつもと食感が違うが、米が食べられるだけでありがたい。

 スープはポタージュのようだった。口当たりはなめらかで、よく裏ごしされている。手間がかかっているであろう一品だ。

 どの料理もしっかり味わいながら、かよは食事を終えた。塩加減もちょうどよく、どれもおいしかった。

(よし。おなかいっぱいになったし、祈りとやらを始めようじゃないの)

 下野と大垣を少しでも早く、元の世界に帰すためだ。

(あの子たち、ごはん食べられたかな? 明日また様子見に行こう)

 そのとき、扉をノックする音がした。入室を許可すると、ケイが現れた。

「聖女様、聖樹のもとにご案内します。ああ、片付けは別の者がするので、どうかそのままで」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 かよは食事の席を立ち、ケイと共に部屋を出た。

 歩きながら、ケイがこの組織、【ジュネの祈り】について教えてくれた。

「ここ、【ジュネの祈り】は聖樹の観察、研究、手入れなどを行なっている、独立組織です。この世界にある6つの国のどこにも属していません。位置としてはベストルこくの端にあるのですが、干渉を受けることはありません」

「ある種の独立国、という感じなんですね」

「ええ。しかしこの世界を支えている聖樹に関する組織ということで、各国から支援を得ることができています」

 枯れると世界が滅ぶと言われているのだ、それは支援もするだろう。

「あの、聖樹って具体的には、どういうものなんですか?」

「まだ神がいたころに植えられた、特別な樹だと言われています。神々が自身の力を集めて種を生み出し、成長させたそうです。根はこの世界のすべてに張り巡らされていて、世界を支えていると言われています」

 それなら今のこの世界に、神はいないのだろうか。気になったが尋ねないことにした。もめる原因は宗教観、好きなスポーツチーム、政治だと昔からよく言われている。

 ケイの説明は続く。

「聖樹の維持、成長に必要なのが、先ほどジョバロン殿の説明にもあったように、異世界の者が持つ、強い願いの力です。わたくしは騎士なので研究結果などについては詳しく知らないのですが」

 つまりケイからは、聖樹について詳しいことを知るのは難しいということか。必要があれば、ケイを通してジョバロンに話を聴くほうがよさそうだ。

 階段を2度下り壁に沿って進む。壁には等間隔に窓のような穴が空いている。おそらく襲撃の際には、ここからも攻撃ができるのだろう。

 装飾の施された両開きの扉の前に立つ。

「こちらが聖樹への出入口です。聖樹への出入口はこの1階に4ヶ所あります。同じ扉なので見ればわかるかと。……それでは、参りましょう」

 ケイが扉を開ける。5歩ほど進むとさらに同じような扉がもう1つ現れる。ケイがその扉を開けて進むと、目の前にとても太い幹の樹が現れた。ネットニュースで見た、樹齢1000年の杉と大きさがよく似ているような気がする。どこまでも高く伸びているうえに、枝に葉が茂っているせいで、一番上までは見えない。

「それで、祈りの時間って、どんなことをすればいいんですか?」

「聖樹に対して、この世界の繁栄と成長を願ってください。姿勢などはとくに決まりはありません。ただ、祈っておられるあいだは、聖女様しかここにはいられませんので、我々は外に出ておくことになっております。それでは1時間ほどでお迎えにあがります」

「わかりました」

「失礼します」

 ケイが聖樹の前から去ると、かよは地面に腰を下ろした。両手を合わせ、目を閉じる。

(聖樹様。どうか、この世界を支え続けてください。そしてこの世界を繁栄させてください)

 祈り続けるだけで、下野や大垣を少しでも早く帰すことができるのなら。

(どうか、繁栄を支えてください。聖樹様自身も枯れることなく、成長し続けてください)

 かよはひたすら聖樹と、この異世界の繁栄を願った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?