扉をノックされる音で、かよは自分が眠ってしまっていることに気がついた。体を起こし、「はい」と返事をした。ノックをしたのはケイだった。
「聖女様。食事をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます。すぐ開けます」
かよは慌てて起き上がり、扉を開ける。ケイは食事がのった銀色のワゴンと共に入ってきた。皿の上には肉、スープ、野菜を使った前菜らしきもののほかに、ごはんがあった。まさか米を食す文化だったとは。
ケイは手慣れた様子で中央のテーブルに、一人分の食事を並べているが、本当に食べてもいいものなのだろうか。しかし食べなくては、いつか死んでしまう。
(それにわざわざ異世界から召喚したのに、毒殺なんてするはずないか)
かよが近づくと、ケイが椅子をひいてくれたことに驚きながら着席する。
「聖女様の世界の料理になるべく近づけたのですが、もしもお口に合わなければ、お申しつけください」
「あ、ありがとうございます。あの、食事のあとに聖樹への祈りを捧げることは、できますか?」
「ええ、もちろんです。お食事が終わりましたら、ご案内します。それでは失礼します」
ケイが立ち去ると、かよは食事に手をつけた。どの食事も、かよのいた世界でいうところの、洋食にあたる味つけで違和感なく食べることができた。
(食事の面では心配することはなさそう)
食材については考えないようにしながら、食事を進める。おいしければ、それでいい。
かよは米粒の形を見た。普段食べているものに比べて細長いので、インディカ米に近いのだろう。パラパラとしており、いつもと食感が違うが、米が食べられるだけでありがたい。
スープはポタージュのようだった。口当たりはなめらかで、よく裏ごしされている。手間がかかっているであろう一品だ。
どの料理もしっかり味わいながら、かよは食事を終えた。塩加減もちょうどよく、どれもおいしかった。
(よし。おなかいっぱいになったし、祈りとやらを始めようじゃないの)
下野と大垣を少しでも早く、元の世界に帰すためだ。
(あの子たち、ごはん食べられたかな? 明日また様子見に行こう)
そのとき、扉をノックする音がした。入室を許可すると、ケイが現れた。
「聖女様、聖樹のもとにご案内します。ああ、片付けは別の者がするので、どうかそのままで」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
かよは食事の席を立ち、ケイと共に部屋を出た。
歩きながら、ケイがこの組織、【ジュネの祈り】について教えてくれた。
「ここ、【ジュネの祈り】は聖樹の観察、研究、手入れなどを行なっている、独立組織です。この世界にある6つの国のどこにも属していません。位置としてはベストル
「ある種の独立国、という感じなんですね」
「ええ。しかしこの世界を支えている聖樹に関する組織ということで、各国から支援を得ることができています」
枯れると世界が滅ぶと言われているのだ、それは支援もするだろう。
「あの、聖樹って具体的には、どういうものなんですか?」
「まだ神がいたころに植えられた、特別な樹だと言われています。神々が自身の力を集めて種を生み出し、成長させたそうです。根はこの世界のすべてに張り巡らされていて、世界を支えていると言われています」
それなら今のこの世界に、神はいないのだろうか。気になったが尋ねないことにした。もめる原因は宗教観、好きなスポーツチーム、政治だと昔からよく言われている。
ケイの説明は続く。
「聖樹の維持、成長に必要なのが、先ほどジョバロン殿の説明にもあったように、異世界の者が持つ、強い願いの力です。
つまりケイからは、聖樹について詳しいことを知るのは難しいということか。必要があれば、ケイを通してジョバロンに話を聴くほうがよさそうだ。
階段を2度下り壁に沿って進む。壁には等間隔に窓のような穴が空いている。おそらく襲撃の際には、ここからも攻撃ができるのだろう。
装飾の施された両開きの扉の前に立つ。
「こちらが聖樹への出入口です。聖樹への出入口はこの1階に4ヶ所あります。同じ扉なので見ればわかるかと。……それでは、参りましょう」
ケイが扉を開ける。5歩ほど進むとさらに同じような扉がもう1つ現れる。ケイがその扉を開けて進むと、目の前にとても太い幹の樹が現れた。ネットニュースで見た、樹齢1000年の杉と大きさがよく似ているような気がする。どこまでも高く伸びているうえに、枝に葉が茂っているせいで、一番上までは見えない。
「それで、祈りの時間って、どんなことをすればいいんですか?」
「聖樹に対して、この世界の繁栄と成長を願ってください。姿勢などはとくに決まりはありません。ただ、祈っておられるあいだは、聖女様しかここにはいられませんので、我々は外に出ておくことになっております。それでは1時間ほどでお迎えにあがります」
「わかりました」
「失礼します」
ケイが聖樹の前から去ると、かよは地面に腰を下ろした。両手を合わせ、目を閉じる。
(聖樹様。どうか、この世界を支え続けてください。そしてこの世界を繁栄させてください)
祈り続けるだけで、下野や大垣を少しでも早く帰すことができるのなら。
(どうか、繁栄を支えてください。聖樹様自身も枯れることなく、成長し続けてください)
かよはひたすら聖樹と、この異世界の繁栄を願った。