祈りを終えたかよは、ケイに部屋まで送ってもらい扉を閉めると、ソファーに倒れこんだ。
(た、ただ座ったり立ったりしながら祈ってただけなのに、すごく疲れた……。なんだかまるで体力とかを吸いとられた気分)
自覚はないが、やはり疲れているのだろうか。いくらソファーが広いといっても、このまま眠っては、体が凝り固まってしまうことは明白だ。かよはなんとか体を起こし、寝る準備をする。ベッドに体を投げ出し、そのまま目を閉じてしまった。
次の日の朝、かよは扉をノックする音で目を覚ました。布団をかぶっている。どうやら知らないうちに布団の中に潜り込んだようだ。
「聖女様。お目覚めでしょうか」
ケイだ。かよは勢いよく起き上がり「ちょっと待ってください」と言うと、急いで身なりを整えた。
「大丈夫です、どうぞ」
入室してきたケイの腕には、なにかの蔓で編まれた籠が抱えられていた。よく見ると籠の中身が見えないように布がかけられている。
「聖女様。こちら、本日の着替えです。アイネとネージェが用意しましたので、ご安心を。聖女様の世界の衣服に似せて作っております。外にアイネが控えていますので、着方がわかりにくかったり、サイズが合わなかったりした場合はお声がけください」
「わ、わかりました。ありがとうございます。あの、脱いだ服はどうすればいいですか?」
「その籠に入れて、本日はアイネにお渡しください。ネージェが洗いますので。聖女様の服に、私は一切触れませんし見ることはないので、ご安心くださいませ」
「わかりました。ありがとうございます」
そしてケイは一礼し、部屋を去った。20代半ばの自分でも、不安があったのだ。下野や大垣はなおさらだろう。
(やっぱり女性の騎士さんを2人の担当にしてって言ってよかった)
かよは籠の布をとった。そこには黄緑のロングスカートとワイシャツのほかに下着も入っている。
(服着替える前に、体きれいにしたいな)
かよは部屋の中を歩き、さまざまなドアを開けた。無事に脱衣所と風呂場を見つけ、蛇口をひねった。湯が出てくる。そのまま服を脱ぎながら白い陶器の湯船に湯を張る。
温かい湯に浸かり、さっぱりした体で服を着替える。サイズはぴったりで、たしかにかよの世界のものと変わりなく、自力で着替えることができた。籠に着ていた衣類を入れ、廊下に出るとアイネが立っていた。よく見ると、高い位置から結っているアイネの濃い緑色の髪は艶があり、よく手入れしていることがわかる。
「聖女様、おはようございます」
「おはようございます。あの、昨日着ていた服をお渡しすればいいと言われたんですけど……」
「はい、お預かりします。下着に関してですが、抵抗がありましたら、お手数をおかけしますがご自身で洗ってからお渡しいただけますと幸いです。干すのはこちらで行いますので」
「わかりました。……あの、ほかのお二人の様子はどうですか?」
かよが声を落として尋ねると、アイネも小声で答えてくれた。
「やはり我々が対応すると知ると、安堵された様子でした。しかし、精神的な疲労やショックが大きいようで、つらそうです」
「やっぱりそうですよね。ちょっと話してみます」
「ありがとうございます。同じ女といえども、我々はこちらの世界の人間なので、話しにくいこともあるかと」
「いえ、女性がいらっしゃるだけで不安が減ります。ありがとうございます」
「いえ、我々ではなく団長のおかげなのです。あのお方は細かいところまで気がつくので」
どうやら聖女につく騎士は、団長であるケイが決めたようだ。もしも全員男性であったら、かよたちはもっと警戒しただろう。
(折を見てお礼言ってもいいかも)
かよはアイネに洗濯ものを預けると、部屋に戻る。部屋には時計らしきものもあるが、文字が読めないので、何時なのかわからない。
(2人とも、まだ寝てるかな? でも様子も気になるし……)
かよは決めた。隣の部屋への扉をノックする。
「はい……?」
声の主は大垣だ。なるほど、大垣がまんなかの部屋、下野が端の部屋に決めたようだ。
「あ、私。品川かよです。今お話しても大丈夫?」
「は、はい。ちょっと待ってください」
1分ほどすると、扉が開いた。大垣も制服から、与えられたロングスカートとワイシャツに着替えていた。彼女のロングスカートは水色だった。
「どうぞ」
「おじゃまします」
かよは大垣の部屋を見回す。家具の位置や種類は同じようだ。
「昨日は眠れた?」
「あまり。なんか、頭の中がグルグルするし、目は冴えちゃうし」
「そうだよね。……大垣さんと下野さんは、こっちに来る直前はどういう状況だったの?」
かよが立ったまま尋ねると、大垣はうつむいて答えた。
「一緒にファミレスで勉強してたんです。来年、受験なんで……」
もしもあちらの世界に帰るのに、1年以上かかってしまうと、彼女たちの進路に大きく影響してしまう。なんとしても、1年で帰さなくてはいけない。
「わたしも、彩芽も、普段どおりだったんです。夕飯に高校近くのファミレス行って、ちょっと勉強してから帰ろうって。それなのに、なんで……」
大垣の目には涙がにじんでいる。見知らぬ土地に見知らぬ人々。不安に決まっている。かよは彼女の両手をそっと握った。
「苦しかったり、怖かったことがあったら、いつでも言って。話も聞くし、騎士さんたちに言いにくいことだったら、私が代わりに言うから」
「品川さん……。ありがとうございます。あの、彩芽の話も聴いてあげてもらえませんか? あの子、意外とメンタル弱いから」
大垣は不安そうに言った。かよは頷く。
「うん、そのつもりだから安心して。今から行ってくる。もし、大垣さんが話してて下野さん、キツそうだなあって思ったら、こっそり教えて」
「わかりました」
「ここから下野さんの部屋に行って大丈夫?」
「はい、もちろんです」
かよは下野の部屋に行くために、壁側の扉をノックした。
「下野さん。私、品川かよ。今、ちょっとお話してもいい?」
「……はい。どうぞ」
大垣よりも小さな声。どうやら下野のほうが精神的に参っているようだ。かよはドアノブを回し、中に入った。カーテンは閉められており、明かりもついておらず暗い。うっすらと見えるなかで部屋を見回すと、ベッドが膨らんでいるのがわかった。かよは、ベッドの側にまで近づくとその場で片膝をついた。
「下野さん、調子はどう?」
「……なんで、アタシたちがこんな目に遭わなくちゃいけないの?」
「下野さん……」
「普通にしてただけなのに。帰して、家に帰して」
顔は見えないが声の震えで泣いているのが、よくわかった。かよは下野の肩あたりにそっと右手を添えた。
「大丈夫。私が必ず帰してあげるから。だから、少し時間をちょうだい。……大丈夫だからね」
かよはそう言って、廊下側の扉から下野の部屋を出た。廊下には誰もいない。騎士の部屋に向かって、扉をノックすると、ケイが現れた。
「いかがされましたか、聖女様」
「今から聖樹に祈りに行きたいんですが、大丈夫ですか?」
「申し訳ありません、ちょうど朝食の準備が完了いたしまして。食後にお願いできますと、ありがたく存じます」
「わかりました。ありがとうございます」
かよは銀のワゴンを押すケイと共に、部屋に戻った。