かよは朝食を終えると、すぐに聖樹へ祈りを捧げに行った。
「では、また1時間後に……」
「いえ、昼食まで祈りを捧げたいので、食事の用意ができてから声をかけていただいても?」
「承知しました」
頭を下げてケイが去る。かよは聖樹の根元に腰を下ろし、祈りを捧げはじめた。
(聖樹やこの世界が繁栄しますように。いつまでも平和で、人々が幸せに暮らせますように)
かよはひたすら祈る。下野と大垣を帰すために。もしも願う強さで、かよたちが聖女として選ばれたのならば、願えば願うほど早く戻れるはずだ。
時折体勢を変えて祈り続けるが、集中力が切れてきて疲労感に襲われる。
(まだだ。まだ祈るんだ。なんとしても、あの子たちを帰すんだ)
自身を奮い立たせ、聖樹に祈る。早く、1日でも早く下野と大垣を帰すのだ。今のかよを支えているのは、そんな思いだけだった。
昼食の時間になったらしく、ケイが聖樹のもとにやってきた。しかしすぐに目が見開かれた。
「聖女様、大丈夫ですか? 顔が真っ青です」
「え……?」
体はたしかに少々だるい気がするが、ケイが驚くほどなのだろうか。そんな風に思っていると、ケイが大股で近づいてきて、「失礼」と言ってかよを抱き上げた。
「え? あ、あの、大丈夫ですっ」
「唇まで青くされた状態で大丈夫と言われて信じるほど、私は間抜けではありませんので。少々我慢を」
かよは恥ずかしさを覚えながら、ケイに自室まで運ばれた。すぐにベッドに運ばれ、布団をかけられる。
「寒気はしますか?」
「あ、いえ、全然。体がだるいくらいで……」
「わかりました。今から医師を呼びますので、少々お待ちを」
ケイはかよの返事を聞くことなく、部屋を出た。かよは気まずく思いながら、布団にくるまる。
(そんなにひどい顔してたのかな? ……ああ、それにしても気持ちいいなあ)
かよはそのまま意識を手放してしまった。
起きると側にはケイが座っていた。
「ああ、よかった。目を覚まされて。医師によると疲れが出たのと、低血糖だそうです。そのため食事をとって、しばらく休めば治まると言っていました」
「すみません、お手数をおかけして」
起き上がろうとすると、ケイに止められた。
「まだお休みになられたほうがいいです」
「いえ、大丈夫です。……1日でも早く、あの子たちを帰してあげないと」
「もしや、ほかの聖女様のために?」
ケイの目が再び見開かれる。かよは小さく頷いたあと、自身の唇の前に人差し指を出す。
「どうか、2人には内緒で。これは私が勝手にしていることですし、あの子たちは自分のことで、いっぱいいっぱいだと思うんです。それなら大人で年長者の私が頑張ったほうがいいな、と思って」
「聖女様。……承知しました。けれど、どうかご無理はなさらず。食欲はいかがですか? 食べられるようならば、ベッドの上に食事の用意をいたしますが」
「ええ、大丈夫です。休んだら落ち着いたので、テーブルに行けます」
かよはベッドから出て、食事の席についた。よほど疲れていたのか、どの料理もいつもよりおいしく感じた。
食事を終え、少し休んでいると扉がノックされた。
「あの、品川さん。大垣です」
「ああ、ちょっと待ってね。すぐ開けるから」
大垣を招き入れた。ソファー席を勧め、かよも隣に腰掛ける。
「どうかした? ごはん食べられた?」
「あ、はい。おいしかった、です。……やっぱり、夢じゃないんですね」
「そう、だね」
かよはどんな表情をすればいいか迷った。しかし微笑むくらいしか思い浮かばなかった。
「……わたし、教育系の学校に行きたいんです。保育士になりたくって」
「すてきね」
「でも、今のままじゃ……受験までに帰れるかどうか」
膝の上に置いてある大垣の拳が、小さく震えているのがわかる。怖いに決まっている。自分がどうなるのか、帰ることができるのか、進路はどうすればいいのか、まったく予想できないのだから。しかも恐怖は精神を疲れさせる。この恐怖を取り除いてやらないと、大垣が倒れてしまうだろう。
「大垣さん、不安よね。怖いわよね。当然よ、だってここ、異世界なんだもの。まったく知らないところ。……そうだ。人ってね、わからないことに恐怖を感じるんですって。だから、騎士さんにこの世界のこと、聞いてみない?」
大垣は小さく頷いた。かよは「ちょっと待っててね」と言って、騎士の部屋に向かい事情を説明する。するとケイとネージェが、かよの部屋で教えてくれることになった。
ケイとネージェが、地図を持ってやってきた。ソファーの前にあるローテーブルに地図を広げ、教えてくれる。
「まず、この世界は北、西、東を険しい山々に、南を海に囲まれています。6つの国からなっており、聖樹および【ジュネの祈り】があるのは、ベストル
「ベストル国以外の場所ってどんな感じなんですか?」
かよの問いにケイが説明してくれた。
「東に隣接しているのがヨク
地図を指さしながら教えてくれる。つまり6つの国のうち3つは海に接しており、残りは山に接している。そして聖樹が生えているベストル国はヨク国と山脈に囲まれており、地図から察するに国土の4分の1から5分の1くらいが、聖樹および【ジュネの祈り】が占めている、ということになる。
かよはあることに気がつく。南の山脈からは大河が流れているのにも関わらず、北側つまりベストル国のほうには、あまり川の表記がされていない。
「あの、ベストル国は山脈に囲まれているのに、水源が少ないんですか?」
「ええ。囲んでいる山々には確かに水源があるのですが、1つが短いのです。ハノーラ国とシーエル国を挟んでいる大河、ヨク国とノテイ国を流れる河が特殊なのです」
ケイの言葉から考えると、節水したほうがいいのでは。そう思ったのが、顔に出ていたのだろうか。ケイが「ご安心ください」と言って続けた。
「この建物の水源には、魔法が使われています。不自由なく使える量が出るので、あちらの世界と同じようにお過ごしください」
「魔法っ」
大垣の言葉にケイが「しかし」と言葉を続ける。
「この世界で魔法を使えるのは王族や聖樹に関することや施設のみなのです。そのためほとんどの人は魔法を使えません。そのため市民は聖女様がたの世界のように暮らしています。といっても、文化水準はそちらの世界のほうが高いのですが」
「つまり科学などは、私たちの世界のほうが発展している、と」
「はい」
ケイが返事をする。それでも、かよたちが普段どおりに過ごせるということは、やはりここ、【ジュネの祈り】の環境は特殊なようだ。
「へー、じゃあエアコンとかないんだ。暑そうですよね」
大垣がそう漏らすと、今度はネージェが答えた。
「ご安心ください。この建物内は魔法によって、快適な温度で過ごしていただけます。小窓のある廊下も適温なので、お渡しする服で過ごせるかと」
「魔法やば」
その後もかよと大垣は、こちらの世界についてケイとネージェに話を聴いた。