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11.コンビニの味

 さらに数日休んだ結果――正確に言えば下野と大垣に止められた――かよの体調はずいぶんと回復し、本調子となった。ベッドから出るときも、体のだるさは感じない。

 今日もケイによって朝食が運ばれ、食べながらふと思う。

(そういえば祈ることしか考えてなかったから、この建物がどんな感じなのか知らないな。ちょっと散歩がてら歩いてみるか。ああ、でもケイさんに言わずに出たら迷惑かな? 一応聞いてみよう)

 かよはパラパラに炊かれた米をスプーンで食べながら、祈り以外の時間の過ごし方を見つけたことに、少し心がわくわくしていた。

 食事を終えてしばらくすると、ケイがやってきて食器を片付けはじめた。

「今日もおいしかったです。厨房の方々にお伝えください」

「承知しました」

「あと、午前の祈りの時間を終えてから、この建物の中を散歩してもいいでしょうか? そういえば、まったく構造を知らないなって思って」

「それでしたら、ご案内いたします。午前の祈りの休憩が終わるくらいのお時間に伺いますね」

「それじゃあ、お願いします。ありがとうございます」

 ジョバロンは敷地内を自由に出歩いていいと言っていたが、見張りを兼ねているケイたち騎士には目を離さないように指示しているのだろう。少々息苦しいが、彼らも仕事なのだ、仕方ない。かよは祈りに向かう準備をした。


 久しぶりに下野や大垣と祈りを終わらせ、1時間半ほど休憩してからケイに建物の中を案内してもらう。

「まずはこの階からご案内を。聖女様と我々聖女様つきの騎士の部屋以外にも、施設がありますので」

 そう言ってケイは下野の部屋のほうへ移動する。

「聖女様の部屋の隣は武器庫になっております。我々【聖樹の盾】が使う武器が主ですね」

 ケイは武器庫の扉を開けて、中に入らせてくれた。逃げ出すかもしれないのに、いいのだろうか。

「どうぞ、こちらを持ってみてください」

 ケイが差し出したのは、1振りの剣だった。軽々と持っているケイの手から渡されたそれを手にとると、重力に負けて切っ先が地面に刺さる。力を入れるが持ち上がらない。

(ケイさん、こんなに重いやつを普通に持てるなんて)

 力を入れ続けているかよに、ケイはそっと持ち手を握る。表情を変えずに持ち上げ、かよが剣から手を離すと、元の位置に戻した。

(剣でこれなら、ここにある槍や盾なんて、私たちには絶対使えないな)

 つまり武力を使って【ジュネの祈り】から脱出することは難しい。そんな気はまったくなかったが、作戦の候補から外す理由としては十分だ。

 武器庫を出ると、隣は【聖樹の盾】の訓練所だと言われた。

「我々騎士の室内訓練――手合わせや室内戦闘のシミュレーションは、ここで行います」

 室内では何人もの騎士が、2人組を作って手合わせをしており、指導者らしき騎士が、様子を見るためか歩き回っている。そのとき、指導者の騎士と目が合った。

「団長と聖女様に敬礼っ」

 指導者の騎士がそう言うと、すべての騎士が手を止めて、武器で3回地面を叩いてから頭を下げた。どうやら敬礼に当たる動作のようだ。

「そのままで。今、聖女様にこの建物内を案内している。各自、訓練に励むように」

「「はいっ」」

 騎士たちの返事のよさに、空気が震えたような気がした。ケイが指導役の騎士に頷くと、「再開っ」という合図と共に、訓練が再開された。女性もわずかにいるが、男性のほうが圧倒的に多い。

「このように、日々腕を磨き続けます。我々【聖樹の盾】は申請があれば、どの国にも向かうので、実戦経験も積んでおります。どうか、ご安心を」

「は、はい。ありがとうございます」

「それでは、次へご案内します」

 訓練所を出る。その隣は【聖樹の盾】の事務所で、さらに隣は食堂だと説明された。食堂には何人かの騎士や研究員らしき者たちが食事をとっている。

「食堂は常に開いており、各自のタイミングで食事ができます」

 ふと、かよは食堂にいる人たちの表情が気になった。騎士も研究員も、疲れているのか暗い顔をしている。

「皆さん、なんだかお疲れですね」

「我々騎士には寝ずの番もありますから。研究員もまあ、徹夜をすることが多いのでしょう。私(わたくし)たちは、あまり接する機会がないので、はっきりとしたことはわからないのですが。しかし、どうかお気になさらず。聖女様はどうか、聖樹のことだけをお考えください」

「あ、はい」

「それでは、隣へご案内を」

 そう言ってケイと移動する。けれど、かよは騎士や研究員の様子が、どうにも気になってしまった。


 ケイに建物の中を案内してもらって3日後。朝の祈りを終え休憩していると、大垣の部屋と繋がっている扉が叩かれた。

「はい」

「あの、大垣です。品川さーん、ちょっと助けてくださいー」

「どうしたの?」

 かよが扉を開けると、大垣の肩を掴んで揺らしている下野もいた。

「ええーん、コンビニの卵サンドが食べたいー。あのうっすい食パンに卵ペーストが挟まれてるタイプの、卵サンドが食べたいよおー」

「さっきから、ずっとこんな調子なんです。助けてください」

 なるほど、あちらの世界の料理が恋しくなったのか。かよたちの世界の料理に寄せてくれているとはいえ、食べ慣れたものを求める気持ちはわからなくもない。

(よしっ)

 かよは、あることを決める。

「ちょっと待っててくれる?」

 かよは隣の騎士の部屋の扉をノックした。ネージェが出てきて、すぐにケイに代わってくれた。

「どうかされましたか、聖女様」

「あの、お願いがありまして。厨房と食材を使わせていただけませんか? ちょっと作りたいものがあって」

「わかりました。厨房に確認をとってきます」

「すみません、おねがいします」

 かよが自室に戻ると、下野は壁に頭をめりこませるような姿勢で立っていた。

「品川さん、ついに彩芽が最終段階に入りました。このあと、変な踊りを始めます」

「変な踊りはちょっと気になるけど。今ケイさんに確認してもらってるんだけど、もし大丈夫って言われたら、私が卵サンド作るよ」

「「えっ」」

 下野がこちら壁から頭を離し、こちらを向いた。まるで瞬間移動したかのように、気がつくと下野の顔が目の前にあった。

「卵サンド、作ってくれるんですか?」

「え、ええ。OKがもらえて作れたら、皆で食べよ」

「やったーっ」

 下野はその場で跳んで喜んだ。

 そのとき、ノックする音が響き、入室を許可するとケイが入ってきた。

「聖女様。厨房の件ですが、今なら多忙な時間ではないので問題ないそうです」

「やったーっ、卵サンドーっ」

 ケイの返事を聞いて、真っ先に声を上げたのは下野だった。ケイは「卵サンド?」と首を傾げている。

「わかりました。それなら、今から向かいます。下野さん、もうちょっと待っててね。大垣さん、下野さんのこと、よろしくね」

「はい。あの、彩芽がすみません……」

「いいのいいの。私も食べたいから。じゃあ行ってくるね」

「聖女様、ご一緒します」

 かよはケイと共に厨房に向かった。

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