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13.パンプディング

 見知らぬ調味料なら、味が気になるだろう。かよはケイに声をかけてみる。

「ケイさん、マヨネーズ味見してみます? 一応湯せんしているんで、火はとおってますけど」

「で、では、いただきます」

 ケイにマヨネーズをのせたティースプーンを渡す。口に含んだケイの表情が明るくなる。

「な、なんですか、これは。こってりとしながらも、うまみがしっかりある。ほのかな酸味がさらに食欲を呼んでくる。これは、どんどん食べていきたくなりますね」

「私たちの世界では、野菜にかけたり、ペーストを作ったりするとき以外にも使われます。このおいしさに心を奪われて、どんな料理にでもかける人もいるくらいです」

「その気持ちは、少しわかります」

 そのとき、肩を小さくつつかれた。ふり返ると、スートが立っていた。

「あの、聖女様。もしよければ、私も味見させていただけませんか?」

「もちろん。どうぞ」

 別のティースプーンでマヨネーズを渡す。スートもケイと同じ顔になった。

「うまいっ。ど、どうやって作るのか教えていただけませんか?」

「はい。終わってから、紙に書いてお渡ししますね」

「ありがとうございます。これは調味料にあたるので?」

「はい。このマヨネーズと、ゆで卵を混ぜると、もっとおいしくなります」

「ほう。……拝見していても?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 かよは少々緊張を覚えながら、再度手を動かしはじめる。

 固くゆでた卵を細かく刻み、マヨネーズと和える。塩、コショウは味見をしながら加える。

(パンと挟むのなら、ちょっと濃いめのほうがいいか)

 さらに少し塩とコショウを足すと、満足する味になった。

 次はパンをスライスし、三角形にする。

「なぜこの形に?」

 スートの疑問も、もっともだ。かよは推測を交えながら説明する。

「私たちの世界で、この料理に使うパンが正方形なんです。だから半分に切って、長方形か三角形のことが多いんです。それで、食べたがってる形状が三角形が多いので。もちろん、この余った部分も、別の料理にします」

「ほほう、どのような料理で?」

 スートは興味深そうだ。どうやら料理が心底好きらしい。

「パンプディングというものです。私たちの国のデザートではないのですが、おいしいので好きなんです」

「ほほう。そちらの世界もたくさんの料理があるんですね」

「そちらも、ということは、こちらも料理の幅が広いんですか?」

 パンにバターと完成した卵ペーストを塗りながら尋ねる。スートは首を縦に振った。

「ええ、なんせ広い国が6つですからね。同じ国の中でも味つけが異なる場合も多々あるんですよ」

「へえ。おもしろいですね。……はい、完成です。お味見どうぞ」

 かよは丸いパンの状態の卵サンドを半分に切り、ケイとスートに渡した。かよの好みは卵ペーストたっぷりだが、コンビニのものはそれほど多くない。そのため今回の卵ペーストは控えめだ。

 ケイとスートは口に運ぶと、まったく同じ顔――子どもが喜んだときに似ている――をした。

「おいしい、こんなの初めて食べました」

 スートはよほど感激したのか、今日で1番大きな声を出した。厨房にいる人たちが振り返る。

「おいしいです、聖女様。パンに挟むだけで、これだけおいしくなるのですね。まよねーず、恐るべしです」

 ケイは一口食べて感想を言った。

「気に入っていただけて、よかったです。三人分作ってから、パンプディングを作りますね」

「それなら、そろそろオーブンの順番を見ておきます。少々失礼しますね」

 スートは壁面に設置されている大きなオーブンの前に移動した。かよはその間に、せっせと卵サンドを作る。

(ちょっとパンが分厚くなっちゃったから、それだけ謝らないとね)

 やはり包丁でパンを切るのは難しい。パン屋に食パン用のスライサーがあるのも納得だ。

 卵サンドを作っているあいだ、ケイが物欲しそうに見ていたような気がするが、気のせいだろうか。


 サンドイッチを用意し、次はパンプディングだ。スートも戻ってきたので、作りはじめる。

「パンは一口大に切って。卵、牛乳、砂糖を加えて混ぜます。ここで私の世界では、バニラエッセンスっていう、甘い香りがする香料を使うんですけど……」

「それですと、持ってきたこれが近いかと。ベーラの花の香料です」

「匂いを嗅いでみても?」

「もちろん」

 かよはビンの栓を開けて、香りを嗅いでみた。バニラというよりは、百合の花に違い気がする。

「これはお菓子によく使われるんですか?」

「いえ、どちらかといえば料理ですね。お菓子には酒を使うことが多いです」

「それなら、そっちにしてもいいですか? 甘い香りのほうがいいんですけど」

「わかりました。すぐお持ちします」

 スートがすぐに持ってきてくれた酒を確認すると、ラムのような香りがした。

(ちょっと雰囲気が違うけど、これならいいかも)

 かよは卵液の中に酒を加えた。再度混ぜ合わせる。

「オーブンはどれくらいで使えますか?」

「順番から察するに、あと15分くらいかと」

 それならパンに卵液もしっかり染みるだろう。かよは「わかりました」と返事をして、グラタン皿に似た円形の器にパンを敷き、卵液をかけた。

「これであとはしばらく置いて、オーブンで15分から20分焼きます」

「置く理由はありますか?」

「卵液をかけてすぐだと、パンに染みこまないんです。中まで卵液を染みこませて、ふわっとさせたいので」

「なるほど。これなら硬くなったパンでもいけそうですね」

 スートは小さく何度も首を縦に振った。気になったかよは尋ねた。

「こちらでは、硬くなったパンはどうしているんですか?」

「粉にしたうえで、パンケーキにすることが多いですね」

 パン粉でパンケーキができるとは意外だ。あちらでも検索すれば、レシピが見つかるかもしれない。けれどなぜか、検索している自分の姿が想像できなかった。

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