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14.完成

 オーブンに入れて、焼き上がるまでしばらく待つ。

「こちらの世界のオーブンって、なにで動くんですか?」

 かよが尋ねると、スートが教えてくれた。

「薪ですね。これくらいの大きさだと、1番奥で火を育てて焼きます。奥が高温、手前が低温になるので、使い分けています」

 かよは、有名な児童文学の映画のワンシーンを思い出した。あの話では確か、魚のパイを作っていた気がする。

「じゃあ、使わないときはどうするんですか?」

「そうですね、この食堂は基本的にずっと開放しているので、熾火おきび――薪の芯が赤い状態にしておきます。そうすれば、すぐに火がおこせるので」

「なるほど」

 電気がない場合のオーブン事情は、なかなか大変なようだ。

 20分ほど経ち、オーブンの中を確認してみる。パンの縁がきつね色に焼けている。

(よし、これくらいでいいな)

 パンプディングをオーブンから出し、小皿と新たなティースプーンを用意してもらい、ケイとスートの味見用のものを用意した。

「どうぞ、熱いので気をつけてくださいね」

「ありがとうございます。味、気になっていたんですよ」

 スートが笑顔でパンプディングがのった小皿を受けとった。

わたくしの分まで。ありがとうございます」

 ケイも受けとってくれたので、かよもティースプーンで味見をすることにした。すでに分けた跡があるのだ、気にする必要はないだろう。息を吹きかけて冷ましてから、パンプディングを口に運ぶ。舌で潰すとしゅわり、とろり、と崩れたパンが甘みを広げる。

(うん、おいしくできてよかった)

 かよが満足していると、スートが興奮した様子で感想を述べ始めた。

「不思議な食感です。なるほど、たしかにこれに、ベーラの花の香りは合いませんね。あの酒を使って正解だ。甘い香りと風味が、すごく合っていますね」

「そうですね。素朴で、食べたことがないのに懐かしい感じがします」

 ケイも続けて感想を述べた。

「ドライフルーツやナッツを入れてもおいしいんですよ」

「ほほう、バリエーションもあるとは。聖女様の世界の料理も、奥が深いですな」

 スートは少し考えてから、かよに尋ねてきた。

「あの、聖女様。この、ぱんぷでぃんぐ、というものですが、食堂でも出していいでしょうか? 実はパンが硬くならないように、都度焼いているのですが、どうしても余ってしまい……。パン粉にもするのですが、そう多くは減らず、どうしても処分してしまうこともあるのです」

 自分たちで焼いたパンを、自らの手で処分しなくてはいけない。それはなんと悲しいことだろうか。

「もちろんです」

「ありがとうございますっ」

 嬉しそうなスートを見ていると、こちらの心までが温かくなる。

 かよはスートにお礼を言って、卵サンドとパンプディングを持って、下野と大垣のところに戻った。


 ケイに自室の扉を開けてもらうと、下野が踊っていた。どうやら最終段階である変な踊りのターンに入ったらしい。

「あ、品川さん、おかえりなさいっ。待ってました。彩芽、品川さん帰ってきたよっ」

 下野の動きがぴたり、と止まり、こちらを見た。ホラー映画を彷彿とさせる、素早い動きでこちらにやってくる。

「卵サンド」

「うん、下野さん、卵サンド作ってきたよ。ちょっとパンが厚くなっちゃったんだけど、ごめんね」

「やったーっ、卵サンドだーっ。食べてもいいです?」

「もちろん、どうぞ」

 下野は勢いよくこちらに近づいてくると、卵サンドを1切れ手にとり、口に運んだ。表情が明るくなる。

「おいしーっ。すっごくおいしいっ」

「え、彩芽いいなあ。品川さん、わたしも食べていいですか?」

「もちろん。どうぞ。パンプディングもあるから、そっちもどうぞ」

「「パンプディング?」」

 どうやら下野と大垣はパンプディングを知らないようだ。かよは簡単に説明することにした。

「イギリスやアメリカなんかで食べられるお菓子なの。国によって、食べ方が違うみたい」

「へえー、おいしそうだね、彩芽」

「うん。あの、さっそく一口もらっても?」

「ええ。どうぞ。はい、スプーンね」

 かよからスプーンを受けとり、パンプディングを食べた下野と大垣は、スートやケイと同じ顔をした。

「「おいしいっ」」

「気に入ってもらえてよかった。好きなだけどうぞ」

 かよはおいしそうに食べる下野と大垣の顔を見て、自然と微笑みを浮かべていた。

 その日の夜、かよは入浴しながら、いまだに嬉しさの余韻に浸っていた。

(やっぱり喜んでもらえるのって、いいなあ)

 ふと、以前に食堂を案内してもらったときの、疲れた表情の騎士や研究員のことを思い出す。

(ああいう人たちにも、笑顔になってもらいたいなあ)

 そもそも、なぜ騎士や研究員たちは、あんなに疲れていたのだろうか。その場の疲れというよりは蓄積されたもののように感じた。

(じゃあ、なにかほっとできるものが、あれがいいのかな? ちょっとケイさんに話聴いてみようかな)

 かよは水面を見つめながら決めた。


 次の日、かよは朝食を持ってきてくれたケイに尋ねた。

「あの、ほかの騎士のかたや研究員さんって、結構お疲れです?」

「……はい。お恥ずかしながら、各部門のトップ2人は個室なのですが、そのほかの者たちは相部屋で、人数も多くて。そのため精神的にも肉体的にも疲れがとれにくいのです。さすがに男女は分かれていますが」

 なるほど、たしかにそれは両方から疲れが出てしまうだろう。

「増設も難しいんですか?」

「はい。面積はこれ以上広げられませんし、縦に建てるのにも外部者を入れることになるので、反対している上層部も多いのです」

「なるほど。あの、食堂や厨房を間借りすることってできます?」

「へ? 間借り、ですか?」

「はい。ちょっとやってみたいことがあって。もちろん祈りの時間もきちんとしますので」

「わ、わかりました。確認してみます」

 ケイは頭を下げて退出した。かよは朝食を食べながら、ケイの返事を待つことにした。


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