オーブンに入れて、焼き上がるまでしばらく待つ。
「こちらの世界のオーブンって、なにで動くんですか?」
かよが尋ねると、スートが教えてくれた。
「薪ですね。これくらいの大きさだと、1番奥で火を育てて焼きます。奥が高温、手前が低温になるので、使い分けています」
かよは、有名な児童文学の映画のワンシーンを思い出した。あの話では確か、魚のパイを作っていた気がする。
「じゃあ、使わないときはどうするんですか?」
「そうですね、この食堂は基本的にずっと開放しているので、
「なるほど」
電気がない場合のオーブン事情は、なかなか大変なようだ。
20分ほど経ち、オーブンの中を確認してみる。パンの縁がきつね色に焼けている。
(よし、これくらいでいいな)
パンプディングをオーブンから出し、小皿と新たなティースプーンを用意してもらい、ケイとスートの味見用のものを用意した。
「どうぞ、熱いので気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。味、気になっていたんですよ」
スートが笑顔でパンプディングがのった小皿を受けとった。
「
ケイも受けとってくれたので、かよもティースプーンで味見をすることにした。すでに分けた跡があるのだ、気にする必要はないだろう。息を吹きかけて冷ましてから、パンプディングを口に運ぶ。舌で潰すとしゅわり、とろり、と崩れたパンが甘みを広げる。
(うん、おいしくできてよかった)
かよが満足していると、スートが興奮した様子で感想を述べ始めた。
「不思議な食感です。なるほど、たしかにこれに、ベーラの花の香りは合いませんね。あの酒を使って正解だ。甘い香りと風味が、すごく合っていますね」
「そうですね。素朴で、食べたことがないのに懐かしい感じがします」
ケイも続けて感想を述べた。
「ドライフルーツやナッツを入れてもおいしいんですよ」
「ほほう、バリエーションもあるとは。聖女様の世界の料理も、奥が深いですな」
スートは少し考えてから、かよに尋ねてきた。
「あの、聖女様。この、ぱんぷでぃんぐ、というものですが、食堂でも出していいでしょうか? 実はパンが硬くならないように、都度焼いているのですが、どうしても余ってしまい……。パン粉にもするのですが、そう多くは減らず、どうしても処分してしまうこともあるのです」
自分たちで焼いたパンを、自らの手で処分しなくてはいけない。それはなんと悲しいことだろうか。
「もちろんです」
「ありがとうございますっ」
嬉しそうなスートを見ていると、こちらの心までが温かくなる。
かよはスートにお礼を言って、卵サンドとパンプディングを持って、下野と大垣のところに戻った。
ケイに自室の扉を開けてもらうと、下野が踊っていた。どうやら最終段階である変な踊りのターンに入ったらしい。
「あ、品川さん、おかえりなさいっ。待ってました。彩芽、品川さん帰ってきたよっ」
下野の動きがぴたり、と止まり、こちらを見た。ホラー映画を彷彿とさせる、素早い動きでこちらにやってくる。
「卵サンド」
「うん、下野さん、卵サンド作ってきたよ。ちょっとパンが厚くなっちゃったんだけど、ごめんね」
「やったーっ、卵サンドだーっ。食べてもいいです?」
「もちろん、どうぞ」
下野は勢いよくこちらに近づいてくると、卵サンドを1切れ手にとり、口に運んだ。表情が明るくなる。
「おいしーっ。すっごくおいしいっ」
「え、彩芽いいなあ。品川さん、わたしも食べていいですか?」
「もちろん。どうぞ。パンプディングもあるから、そっちもどうぞ」
「「パンプディング?」」
どうやら下野と大垣はパンプディングを知らないようだ。かよは簡単に説明することにした。
「イギリスやアメリカなんかで食べられるお菓子なの。国によって、食べ方が違うみたい」
「へえー、おいしそうだね、彩芽」
「うん。あの、さっそく一口もらっても?」
「ええ。どうぞ。はい、スプーンね」
かよからスプーンを受けとり、パンプディングを食べた下野と大垣は、スートやケイと同じ顔をした。
「「おいしいっ」」
「気に入ってもらえてよかった。好きなだけどうぞ」
かよはおいしそうに食べる下野と大垣の顔を見て、自然と微笑みを浮かべていた。
その日の夜、かよは入浴しながら、いまだに嬉しさの余韻に浸っていた。
(やっぱり喜んでもらえるのって、いいなあ)
ふと、以前に食堂を案内してもらったときの、疲れた表情の騎士や研究員のことを思い出す。
(ああいう人たちにも、笑顔になってもらいたいなあ)
そもそも、なぜ騎士や研究員たちは、あんなに疲れていたのだろうか。その場の疲れというよりは蓄積されたもののように感じた。
(じゃあ、なにかほっとできるものが、あれがいいのかな? ちょっとケイさんに話聴いてみようかな)
かよは水面を見つめながら決めた。
次の日、かよは朝食を持ってきてくれたケイに尋ねた。
「あの、ほかの騎士の
「……はい。お恥ずかしながら、各部門のトップ2人は個室なのですが、そのほかの者たちは相部屋で、人数も多くて。そのため精神的にも肉体的にも疲れがとれにくいのです。さすがに男女は分かれていますが」
なるほど、たしかにそれは両方から疲れが出てしまうだろう。
「増設も難しいんですか?」
「はい。面積はこれ以上広げられませんし、縦に建てるのにも外部者を入れることになるので、反対している上層部も多いのです」
「なるほど。あの、食堂や厨房を間借りすることってできます?」
「へ? 間借り、ですか?」
「はい。ちょっとやってみたいことがあって。もちろん祈りの時間もきちんとしますので」
「わ、わかりました。確認してみます」
ケイは頭を下げて退出した。かよは朝食を食べながら、ケイの返事を待つことにした。