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060.時間を操る

 一方その頃、氷室雪吹と賀茂明、そして天乃三笠の三人は――神社の中心部「平舞台」を目指していた。板張りの廻廊を、小走りで駆け抜ける三人の陰陽師。


「フブキさん、その舞台に『玄武』は居るんですか?」


 三笠が走りながら聞く。


「ああ……確証はないけどな。厳島神社の中央に位置しているのが、平舞台っていう海に面した大舞台なんだ――“アイツ”なら、そういう目立つ所を戦場に選ぶだろうと思って」


 フブキが前を見据えながら小声で返した。その返答に首を傾げるアキ。


「アイツならって、知ったような口ぶりですね」

「……一度だけ、その姿を見たことがある」


 低い声が零れ落ちる。その口調は、あまり多くを語りたくないように聞こえた。――同じ場所に居合わせたことがあるのだろうか。アキは不思議に思いつつ「そうでしたか」とだけ答える。




 暫く無言が続く。


 三笠は直ぐ目の前を走るフブキの背中を見つめながら、彼女を追いかけていた。『巴』の艷やかな青髪が後ろに靡いている。琴白に着せられたのだという白い狩衣がまた、彼女の美しさを際立たせていた。


(ほんとに……綺麗な人よね)


 大呪四天王の結界内で、そんなことを考える三笠。


(髪もスタイルも目も――そして「声」も。素敵な声してるし、絶対に聞いたことがあるはずなんだけど) 


 だけれど、それがいつ何処でなのか思い出せないのだ。


(昔、会ったことあったりする? まさかね)


 こんなに美しい人に出会っていたのなら、三笠の記憶に深く刻み込まれているはずだ――華白に初めて会ったときのように――だから、実際に会ったことは無いのだと思う。


(まあ、いずれ聞いてみよう……この戦いで、生きて戻って来られたのなら、だけど)


 そう、生きて戻れるか。

 陰陽師六人で大呪四天王に勝てるのか。


 ――死ぬ覚悟はできているのか?


 正直三笠には、未だ生死の覚悟というものはできていなかった。陰陽師になって三ヶ月しか経っていないというところで、呪厄年だと言うことが判明し、其の途端に今回の緊急任務だ。『除の声主』であること以外においては――そして“あの過去”を持っているということ以外では――普通の中学二年生である三笠に、戦いの死線をくぐった経験などあるはずなくて。


 今だって、となりにアキが居てくれるから、恐怖を感じずに済んでいるのだ。


(ハルとアキがいなかったら私は此処に来ることすら拒んだかもしれない)


 三笠がそう思ったところで。


「なんか言ったか?」


 左隣を走るアキが此方を向いてきた。


「え、いや? 何も言ってないけど」

 そう答えながらも焦る三笠。

(なに、心の声聞かれてた感じかな!?)


「そうか……ならいいんだ。なんとなく名前を呼ばれたような気がして」


 それだけ言ってメガネの位置を軽く直しながら、アキが再び前を向く。


(いやいやいやいや、まさかのまさか、アキはエスパーですか!?)


 三笠は驚いたような顔のまま左を向いて走る。アキの端正な顔立ちには、疲れも感情も何も浮かんでいなかった。しばらく彼の横顔に見惚れながら走っていると、視線に気づいたのだろうか。アキの目が三笠を捉えた。


「なんなんだ、天乃三笠。アホ面でこっち見てきて」


 じとっ、と此方を見てくるアキ。


「んなっ……! アホ面ですって!?」

「ああ、アホ面だよ。ずっとさっきから驚いたような顔しやがって。口も開きっぱなしだし」

「え、ああ、口!? しめるの忘れてたわ」

「は? 口って意識して開閉をコントロールするもんなのか?」

「ええ、私の身体の全ては中枢神経で操られているから」

「習ったばかりの理科知識を無理やり使おうとしなくてもいいんだぞ」

「私を馬鹿みたいに言わないで!」

「別にお前のことを四足歩行動物だとは言ってない」

「そーゆーことじゃないっ!」


 その後もギャイギャイ言い争うお子様陰陽師二名様。それこそ馬鹿みたいな彼らの会話を背中に聞く『巴』――氷室雪吹の瞳には、呆れと諦めの混じった色が浮かんでいる。だが例の二人はそれを知る由もない。


 ――そのとき。


「……いや、待てよ」


 フブキの足が突然ピタリと止まった。言い合いを続けていた三笠とアキも、揃って足を止める。


「どうしました……?」


 考え込む素振りを見せるフブキに、アキが冷静な目を向ける。三笠も心配そうな瞳で二人を交互に見た。


「いや……廊下が長すぎるなと、ずっと思っていたんだが」


 前髪から覗く銀色の目が、忌々しそうに光る。


「まさか空間変形しているのか……?」

「空間、変形?」

「そうだ。厳島神社の外観は、突入前に見ただろ? 確かに大きな社殿だが、こんなに走ってもまだ舞台に出ないなんて有り得るか?」


 フブキに言われて、三笠は前に見た神社の境内図を頭に浮かべる。確かに、外の見た目より遥かに長そうな廊下をずっと走ってきた……もうそろそろ、というか既に舞台に着いていてもおかしくない距離なのに。


「確かに……呪鬼が呪詛結界を故意に引き延ばしている可能性はありますね」


 アキがそう答えた、そのとき。



〈気づくの遅すぎだって〉



 暗い廊下にアイツの声が響いた。

 ――大呪四天王『玄武』こと、北羅銀。


〈いつ気づくかなぁって思ってずっと走らせておいたんだけどさぁ、いや遅すぎ。ははっ、もしかして呪詛結界内に入ったからって、感覚まで鈍っちゃった?〉


 揚げ足を取るような言い方をしてくる北羅に、フブキが舌打ちする。


「バカにすんな。前々から気づいていたさ」


〈あっ、そう。……だけど大事な所間違ってるけど、キミたちの推測〉


 今度はアキが顔をしかめた。

「どういうことだ」 


〈ボクの『四天王術』は空間を操ることじゃないよ。まあ確かに、呪詛結界を広げることはできるかもしれないけれど、やってないね〉


「じゃあ、どうしてこんなに廊下が続いて……」 


〈ボクが“時間を操る”呪鬼だからさ〉


 北羅は嘲るような口調で続ける。


〈”水”のように流れていく時間――それを自由に操るのが『玄武』の力。その廊下もそう。キミたちが通り過ぎた後、廻廊だけ切り取って先に繋げているんだ。つまり、君たち自身は過去に行っているわけではないけど、過去の空間が切り取られて行き先に取り付けられている……って言ったら、わかりやすいかな〉


「随分とご丁寧に説明してくれるじゃぁないか」


 フブキが御札を取り出しながら言った。


「だけどそれをアタシらにバラすってことは、どういう魂胆があるんだい? みすみす手の内をさらけ出すのは、バカってもんだよ」


〈魂胆……? そんなもの、微塵も無いよ〉


 北羅の声だけが響く。


〈別にこんな術式の仕組みを知られたってどーってことないっしょ。大切なのは勝つか負けるか、どう勝ったかなんて誰も気にしないんだから。あ、勝ったっていうのは、ボクがって話ね☆〉


「……調子に乗りやがって」 


 怒りのこもったフブキの言葉――。


「そんなに自信があるなら、姿を見せな。そして時間軸を元に戻せ。距離的に見るに、今アタシたちが居る『過去の廊下』を元に戻せば……此処は『平舞台』なんだろ?」


〈さすがは“フブキ”だね。御名答〉


 ――三笠とアキが、何らかの気配を察知して顔を上げる。なんだ……この空気感。何かが消えていっているような、靄が晴れていくような匂いの中に……一つ。くっきりと、強大な禍々しい塊が直ぐ近くに感じられる。



 ふと床を見ると、先程の板張りの廊下のものから、違うものに変わっていた。


「……!?」


 慌てて辺りを見渡す三人。その目に映ったのは、見飽きた廻廊の屋根でも、それを支える柱と柵たちでもなくて。


 風に吹かれて荒れる黒い海と、その海原に向かって大きく正面が開かれた建物。そこから見える空は、相変わらずの曇天。


「これは……」


 そう、この能舞台のような造りは。


「平舞台に来たのか……?」


 北羅の力によって、過去に通った廊下に上書きされていたのが消えて――本来の場所である舞台が姿を現したのだ。



〈そうだよ〉


 北羅の声が、今度は音だけでなく、それ相応の気配を伴って聞こえる。


〈――ずっと、待ってた。ボクの本拠地へようこそ〉



 背後から聞こえる、呪鬼の甲高い声。


 三笠とアキとフブキは揃って振り向く。





〈ひさしぶりだね、フブキ。


 ――元気だったかな?〉


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