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062.過去を突きつけただけで

 巨大な呪詛結界に包まれた厳島神社。そこでは今、大呪四天王の一人である北羅銀と、『祓』から派遣された陰陽師たちの戦いが繰り広げられていた。広島県所属陰陽師全滅の知らせを受け向かったのは、氷室雪吹を始めとする六人の陰陽師――だがしかし、今の彼らは距離的にも心理的にもバラバラなのだった。




〈 あれ、前に会ったのって……二年前の卯月頃だったっけ? 〉


 神社内の中心部に位置する舞台の上で、首を傾げて見せる北羅。舞い散る木片の中、彼と対峙しているのは青髪をサイドテールにまとめたフブキである。


「……」


 北羅の問いかけに答えないでいるフブキを見やり、呪鬼は先を続ける。


〈 懐かしいなぁ。フブキもまだ『巴』になりたての頃だったから、全然リーダーシップを発揮できていなかったんだよね 〉

「……黙りな」

〈 それでさ、ボクを滅する為にたくさんの陰陽師が集まってきてくれていたのにさ、フブキは判断ミスしたんだよね。此処ぞってときに 〉

「黙れ、それ以上言うな」


 フブキが周囲に銀色の雪を撒き散らしながら、北羅に向かって突進する。そのまま御札を振りかざし、和歌を唱えると共に回転蹴りを放った――が、北羅はそれを見越したように、ひらりひらりと華麗に躱していく。


〈 フブキ、そんなにむきになるなよ。ボクは過去の事実を述べているだけじゃないか 〉

「アンタの喋り方はなぁ、いちいち癪に障るんだ。このバカ亀!」

 一旦地に降りて、再度飛び蹴り。北羅もそれに応戦する。

〈 口が悪いのは相変わらずだね。ボクが「亀」なのは名前だけであって、実際ボクだって「元人間」なわけだし 〉

「だからもう少し口を慎めと?」

〈 基本的人権はあってもよくない? 〉

「アンタが生きていたのは千年前の日本だろ。今はもう人間じゃないんだから、人権なんてない」


 フブキがそう答えたところで。


〈 クッ……フフ 〉


 北羅が距離をおいて、厭な笑い声を発した。


〈 いやぁ、やっぱりマジメだね、フブキは。二年前と全然変わってないや 〉

 銀色に鈍く輝く髪をかき上げながら、高く笑う呪鬼。その目には愉悦と侮蔑が浮かんでいた。

〈 陰陽師なんだから、呪鬼の言葉に真面目に返す必要なんて無いのに。あの時もそうだったでしょ……? 『祓』の知らせでは、居るのは四天王『青龍』だけのはずなのに、実際に任務に赴くとボクが一緒に居てさ 〉 


 あの時というのを懐かしむように、目を細める北羅銀。フブキはその銀の瞳に怒りを浮かべながら、戦闘態勢を整えている。


〈 『青龍』を倒すための作戦しか考えていなかったから、その場で作戦を考えなければならなくなった。その責任は、現場の指揮官であったフブキ――だけどキミはあの時、四天王二体に恐れをなして中々判断ができなかった。どう陰陽師を向かわせればよいのか、どう戦えばいいのか。逃げるならどうするのか 〉


 フブキの頭の中に蘇る、二年前の記憶。兵庫県神戸市に突如現れた大呪四天王『青龍』と『玄武』の討伐任務。大勢の陰陽師を引き連れて、先陣を切って立ち向かったのは当時『巴』になりたてだったフブキだったのだが……。


〈 その真面目さ故に、色々考えちゃったんだよね。ああいう時は感情で判断してもよかったのに……キミは愚かにも作戦変更の判断に時間をかけてしまった。その結果があれだろ? 陰陽師三十四人が犠牲になった上に、ボクのことも『青龍』のことも倒せなかった 〉


 面白おかしく抑揚をつけて過去を語る北羅。フブキをおちょくって愉しんでいる彼の瞳の奥には、本物の“悪意”が読み取れた。失敗を見せつけて、古傷を抉る行為――それに愉悦を見出している。北羅銀は正真正銘の『最凶の呪鬼』だ。






 フブキは俯いていた。目を閉じ、御札を持った手をだらりとたらし、肩を震わせている。それを見て北羅はまた嗤った。


〈 フブキ、どーした。もしかして過去に絶望しちゃったかな? 泣いてるの? 〉


 少年の高い声が、崩れかけた舞台にこだました。緑色の中国服をまとった呪鬼は、コツ、コツ、とフブキの方に歩み寄る。そして直ぐ側まで来ると、足を止めた――が、フブキは依然として顔をあげようとしない。


〈 フブキ? その泣き顔を見せてよ 〉


 心底馬鹿にしたような声音でフブキの肩に手を置く呪鬼。陰陽師のまとう狩衣の白と、同じくらい青白い北羅の手が重なる――その瞬間。


「……アタシが二年前から、何にも変わってないだって?」


 フブキの手が動き、ガシッと呪鬼の手首を掴んだ。その力の強さに驚く北羅。


〈 ――っ! 〉


「笑止千万! アタシがこの二年間、どんな思いで陰陽師をやってきたと思ってんだよ」


 フブキの肩が震えていたのは、泣いていたからではなかった――笑って、いたのだ。その証拠に北羅に向けられた彼女の顔には、怖いくらいの笑みが浮かんでいる。


「確かに二年前――アタシのせいで三十四人が死んだ。だからなんだ? その過去はもう受け入れた! そしてその過ちを二度と繰り返さないために必死にアンタらを祓ってきたんだよ。過去を突きつけただけで、アタシが崩れるとでも思うな!」


 フブキは叫ぶと同時に、腕を思い切り振った。彼女が掴んでいた北羅がいとも簡単に持ち上げられ、吹き飛ばされていく。


 ドゴォッ――!


 呪鬼の身体が、舞台の奥の社殿の壁に激突する。柱が崩れ、もうもうと土煙が立つ。それに追い打ちをかけるように、フブキが御札を天に翳した。『巴』の美しい声が、真冬の霜が降りた橋の光景を詠う。


『和歌呪法・かささぎの


 ――――結界展開・鵲霜橋!』



 銀の光が、炸裂した。


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