ここは、エルドランドと呼ばれる世界。
僕は、魔法使いとして、勇者パーティに同行していた。
ついに魔王の城に向かう。
いよいよ最後の戦いだ。
勇者ユウ、戦士コウ、ヒーラーのオウカ、そして、魔法使いの僕・ハック。
僕達は、あと一歩で魔王に辿り着くところまで来ていた。
そこに、魔王の側近であるダークドラゴンが立ちはだかった。
僕は渾身の炎の魔法でダークドラゴンを攻撃するが、炎は簡単に弾き飛ばされる。
次の瞬間、ダークドラゴンの手が振り下ろされた。
「うわー!」
また、この夢だ。
全身に汗をびっしょりとかいて目覚めた僕は、汗を流すために風呂に入った。
こんなことでは自称『魔王になる男』アバンには勝てない。
ヤツの力は未知数だ。
もし強大な魔力があれば、この世界などあっという間に支配されるだろう。
僕らがそれを止めなくては。
「ハクっ!」
突然、風呂に桜花が入ってきた。
目が合ってしまった。
気まずい空気が流れる。
「ごめん!」
桜花がすぐにドアを締めた。
ドアの向こうから桜花の声がする。
「大変なの。ちょっと来てくれる?」
慌てて服を着て風呂を出た。
2階のイボンヌの部屋で何かあったらしい。
中に入ると、壁に大きな穴が開いている。
「こ、これは・・・?」
敵の襲来か?
桜花の封印が破られた?
「ち、違うんだ・・・これは・・・。」
何やらイボンヌがモジモジしている。
桜花が謎の答えをくれた。
「ロックのイビキがうるさくて、イボンヌが怒って壁に穴を開けちゃったの。」
・・・そんなことか。
僕は敵の襲来じゃなくてホッとした。
「いいよ。穴は塞げば。イボンヌが。」
自分で蒔いた種は、自分で拾うのが筋だ。
「・・・わかりました。ごめんなさい。」
イボンヌが珍しくしおらしい。
隣の部屋では、イビキをかきながらロックがまだ寝ていた。
今日は、図書館での資料調査がてら、町にみんなで行くことにした。
「ハクと私が再会したのは、ここだったんだよね♪」
桜花が楽しそうに振り返る。
「そうだな。驚いたよ、あの時は。」
あの日から、随分と時が経った気がする。
図書館で、魔法に関する記述がある本を探すのが今日のミッションだ。
少しでもいい。
何かヒントになることがあれば。
僕らは、元の世界から転生してきた転生者だ。
そして敵も、同じ世界からこの世界に転生してきた転生者。
絶対に何か意味があるはずだ。
アバンという名前も気になる。
聞き覚えがあるということは、元の世界で会ったことがあるのだろうか?
なぜ転生者を集めているのだろうか?
図書館で調査を始めてしばらくした頃、
どこからか、妖しい声が聞こえた。
『魅了されよ。チャーム。』
その瞬間、僕の体は言うことを利かなくなった。
そして、僕の体は勝手に、桜花に向かって魔法を唱えた。
「炎よ、出でよ。ファイア。」
「きゃあ!ハク!何するの?」
桜花が驚いて僕を見る。
僕の頭は混乱し、目つきは完全におかしくなっていた。
頭の中では、必死に抵抗している。
でも、どうしても体が言うことを聞かない。
「どうした、桜花。ハク!」
イボンヌも異変に気付く。
僕は、また呪文を唱える。
「炎よ、出でよ。ファイア。」
桜花に炎が襲い掛かる。
「きゃあ。ハク!どうしたの?正気に戻って!」
「桜花、これは・・・『チャーム』じゃないのか?」
イボンヌが異変の正体に気付いた。
僕は、また魔法を唱える。
その前に、桜花の呪文がさく裂した。
「束縛せよ。チェーン!」
僕は、動けなくなった。
「うわっ!」
今度はロックがイボンヌに襲い掛かる。
いつの間にかナイフを持っている。
「イボンヌ、危ない!!束縛せよ!チェーン!!」
ロックも動けなくなった。
チャームを僕とロックにかけた敵がどこかにいるはずだ。
桜花とイボンヌは敵の気配を探す。
桜花が呪文を唱えた。
「探索せよ。サーチ!」
すると、柱の影に隠れた敵が光った。
すかさずイボンヌが矢を放つ。
謎の敵に矢が当たったが致命傷ではない。
すると、柱の影から男が出てきた。
「ちっ。ばれてしまったようね。しょうがないわ。正々堂々と戦ってあげる。」
見た目は細身のおっさんだ。
でもオネエ言葉で話している。
「こんな、おじさんの体に転生するなんて。もう、この体はいや。早くあなた達をやっつけて、元の体に戻れるなら戻りたいわ。」
桜花が敵を睨みつける。
「あなた、アバンの仲間なの?」
「そうよ。私はサキュバスのキュア。転生者よ。」
「サキュバス!?」
「サキュバスの転生者だって!」
「ふふふ。そう。私は勇者とその仲間に殺されたサキュバスの一人。オウカちゃん、久しぶりね。」
桜花の記憶に、サキュバスとの戦いがよみがえる。
まだレベルが低かった戦士ユウのパーティーは、サキュバスのチャームに苦戦を強いられたのだった。チャームの魔法が効かない唯一の女性だったオウカがいなければ、全滅していたかもしれない。
「私たちに殺された・・・。復讐ってこと?」
「そう、復讐よ。私ときょうだい達の。そして私をこんな姿にしたことへの。」
「おっさんの体も似合ってるよ。」
イボンヌが挑発する。
「ちっ。もう許さないわ!」
サキュバスが鋭い爪で襲ってきた!すると。
「今だ!桜花!」
「拘束せよ、チェーン!」
サキュバスの動きが止まった。攻撃するチャンスだ。
「これでも喰らえ!!」
イボンヌが矢を連射する。
サキュバスの体に無数の矢が突き刺さる。
サキュバスは力尽きて倒れた。
「く、悔しいわ・・・。」
そして、跡形もなく消えてしまった。
「大丈夫?ハク、ロック。今、魔法を解いてあげる。」
「無効化せよ、ヴォイド。」
僕とロックのチャームが解けた。
助かった・・・。
「桜花、イボンヌ、ありがとう。助かったよ。」
「桜花、イボンヌ、おいら殴りかかってごめんな。」
今回は、僕もロックも、桜花とイボンヌに頭が上がらない。
「2人とも無事でよかった。」
桜花が笑う。
「それにしても、サキュバスが転生者とは。まあ、エルフの私も転生してるから、あり得ない話じゃないか。」
「勇者とその仲間に倒されたって言ってたね・・・。」
桜花の顔が暗くなった。
「僕らに対する復讐だと言ってた。もしかしたら・・・」
「もしかしたら?」
「いや、何でもない。」
恐ろしいことが頭に浮かんだ。
勇者一行に殺されたサキュバスが、日本に転生してきたのなら、他のモンスターも転生してくる可能性がある。
ザコだけじゃない。
ボスクラスの魔物もだ。
僕はぞっとした。
サキュバスの襲撃を受けた僕らは、その日は調査を切り上げて、家に帰った。
「あー、疲れたー!!」
イボンヌがソファーに座ってぐったりしている。
「今日は、大変だったね。」
桜花は、気丈に振舞っているが、相当疲れているはずだ。
「本当に申し訳ない。2人に助けられた。」
僕は深々と頭を下げる。
「おいら、もっと強くなるよ。明日から特訓だ。」
ロックは、めげない性格らしい。
今回の襲撃で、いろいろと学んだ。
そして、想定しなければならないことも増えた。
僕らの戦いは、想像以上に長く険しいものになるかもしれない。
僕は今日の襲撃で予想される最悪の事態を正直にみんなに話した。
「・・・・・・。」
さすがにみんな無言になる。
重苦しい沈黙の時間が流れた。
「でもさあ、おいら思うんだ。勇者一行が一度倒した奴らが転生してくるってことだろ?なら、もう一回倒してやればいいだけの話じゃん。」
ロックは前向きだ。
「そうだね。一度倒した敵の弱点は判るし。姿は違ってても、それは変わらないはず。逆に人間の体だったら倒すのも楽なんじゃない?」
確かに桜花のいう通りかも知れない。
人間の体なら、毒ガスも出ないし固い皮膚もない。
角や牙だってない。
「まあ、考えたってしょうがない。来たら倒す!それだけだね。」
イボンヌも前向きだ。その通りだ、来たら倒せばいい。
「みんなの気持ちは分かった。勇者ユウのようには行かないかもしれないけど、僕も精一杯頑張るよ。」
「頼りにしてるよ。リーダー!」
ロックが笑って言った。
桜花もイボンヌも笑った。
僕は仲間に恵まれたな。
そう思った。
そのころ、関東地方某所。
黒い影が、桜花の予知能力を手に入れるため、行動を開始しようとしていた。。。