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第10話 魅了

ここは、エルドランドと呼ばれる世界。

僕は、魔法使いとして、勇者パーティに同行していた。

ついに魔王の城に向かう。

いよいよ最後の戦いだ。

勇者ユウ、戦士コウ、ヒーラーのオウカ、そして、魔法使いの僕・ハック。

僕達は、あと一歩で魔王に辿り着くところまで来ていた。

そこに、魔王の側近であるダークドラゴンが立ちはだかった。

僕は渾身の炎の魔法でダークドラゴンを攻撃するが、炎は簡単に弾き飛ばされる。

次の瞬間、ダークドラゴンの手が振り下ろされた。




「うわー!」

また、この夢だ。

全身に汗をびっしょりとかいて目覚めた僕は、汗を流すために風呂に入った。

こんなことでは自称『魔王になる男』アバンには勝てない。

ヤツの力は未知数だ。

もし強大な魔力があれば、この世界などあっという間に支配されるだろう。

僕らがそれを止めなくては。


「ハクっ!」

突然、風呂に桜花が入ってきた。

目が合ってしまった。

気まずい空気が流れる。

「ごめん!」

桜花がすぐにドアを締めた。

ドアの向こうから桜花の声がする。

「大変なの。ちょっと来てくれる?」

慌てて服を着て風呂を出た。

2階のイボンヌの部屋で何かあったらしい。

中に入ると、壁に大きな穴が開いている。

「こ、これは・・・?」

敵の襲来か?

桜花の封印が破られた?

「ち、違うんだ・・・これは・・・。」

何やらイボンヌがモジモジしている。

桜花が謎の答えをくれた。

「ロックのイビキがうるさくて、イボンヌが怒って壁に穴を開けちゃったの。」

・・・そんなことか。

僕は敵の襲来じゃなくてホッとした。

「いいよ。穴は塞げば。イボンヌが。」

自分で蒔いた種は、自分で拾うのが筋だ。

「・・・わかりました。ごめんなさい。」

イボンヌが珍しくしおらしい。

隣の部屋では、イビキをかきながらロックがまだ寝ていた。




今日は、図書館での資料調査がてら、町にみんなで行くことにした。

「ハクと私が再会したのは、ここだったんだよね♪」

桜花が楽しそうに振り返る。

「そうだな。驚いたよ、あの時は。」

あの日から、随分と時が経った気がする。


図書館で、魔法に関する記述がある本を探すのが今日のミッションだ。

少しでもいい。

何かヒントになることがあれば。

僕らは、元の世界から転生してきた転生者だ。

そして敵も、同じ世界からこの世界に転生してきた転生者。

絶対に何か意味があるはずだ。

アバンという名前も気になる。

聞き覚えがあるということは、元の世界で会ったことがあるのだろうか?

なぜ転生者を集めているのだろうか?


図書館で調査を始めてしばらくした頃、


どこからか、妖しい声が聞こえた。


『魅了されよ。チャーム。』


その瞬間、僕の体は言うことを利かなくなった。

そして、僕の体は勝手に、桜花に向かって魔法を唱えた。

「炎よ、出でよ。ファイア。」



「きゃあ!ハク!何するの?」

桜花が驚いて僕を見る。

僕の頭は混乱し、目つきは完全におかしくなっていた。

頭の中では、必死に抵抗している。

でも、どうしても体が言うことを聞かない。


「どうした、桜花。ハク!」

イボンヌも異変に気付く。

僕は、また呪文を唱える。

「炎よ、出でよ。ファイア。」

桜花に炎が襲い掛かる。

「きゃあ。ハク!どうしたの?正気に戻って!」

「桜花、これは・・・『チャーム』じゃないのか?」

イボンヌが異変の正体に気付いた。

僕は、また魔法を唱える。

その前に、桜花の呪文がさく裂した。

「束縛せよ。チェーン!」

僕は、動けなくなった。


「うわっ!」

今度はロックがイボンヌに襲い掛かる。

いつの間にかナイフを持っている。

「イボンヌ、危ない!!束縛せよ!チェーン!!」

ロックも動けなくなった。

チャームを僕とロックにかけた敵がどこかにいるはずだ。

桜花とイボンヌは敵の気配を探す。

桜花が呪文を唱えた。

「探索せよ。サーチ!」

すると、柱の影に隠れた敵が光った。

すかさずイボンヌが矢を放つ。


謎の敵に矢が当たったが致命傷ではない。

すると、柱の影から男が出てきた。


「ちっ。ばれてしまったようね。しょうがないわ。正々堂々と戦ってあげる。」

見た目は細身のおっさんだ。

でもオネエ言葉で話している。

「こんな、おじさんの体に転生するなんて。もう、この体はいや。早くあなた達をやっつけて、元の体に戻れるなら戻りたいわ。」

桜花が敵を睨みつける。

「あなた、アバンの仲間なの?」

「そうよ。私はサキュバスのキュア。転生者よ。」

「サキュバス!?」

「サキュバスの転生者だって!」

「ふふふ。そう。私は勇者とその仲間に殺されたサキュバスの一人。オウカちゃん、久しぶりね。」


桜花の記憶に、サキュバスとの戦いがよみがえる。

まだレベルが低かった戦士ユウのパーティーは、サキュバスのチャームに苦戦を強いられたのだった。チャームの魔法が効かない唯一の女性だったオウカがいなければ、全滅していたかもしれない。



「私たちに殺された・・・。復讐ってこと?」

「そう、復讐よ。私ときょうだい達の。そして私をこんな姿にしたことへの。」

「おっさんの体も似合ってるよ。」

イボンヌが挑発する。

「ちっ。もう許さないわ!」

サキュバスが鋭い爪で襲ってきた!すると。

「今だ!桜花!」

「拘束せよ、チェーン!」

サキュバスの動きが止まった。攻撃するチャンスだ。

「これでも喰らえ!!」

イボンヌが矢を連射する。

サキュバスの体に無数の矢が突き刺さる。

サキュバスは力尽きて倒れた。

「く、悔しいわ・・・。」

そして、跡形もなく消えてしまった。


「大丈夫?ハク、ロック。今、魔法を解いてあげる。」

「無効化せよ、ヴォイド。」

僕とロックのチャームが解けた。

助かった・・・。

「桜花、イボンヌ、ありがとう。助かったよ。」

「桜花、イボンヌ、おいら殴りかかってごめんな。」

今回は、僕もロックも、桜花とイボンヌに頭が上がらない。

「2人とも無事でよかった。」

桜花が笑う。

「それにしても、サキュバスが転生者とは。まあ、エルフの私も転生してるから、あり得ない話じゃないか。」


「勇者とその仲間に倒されたって言ってたね・・・。」

桜花の顔が暗くなった。

「僕らに対する復讐だと言ってた。もしかしたら・・・」

「もしかしたら?」

「いや、何でもない。」

恐ろしいことが頭に浮かんだ。

勇者一行に殺されたサキュバスが、日本に転生してきたのなら、他のモンスターも転生してくる可能性がある。

ザコだけじゃない。

ボスクラスの魔物もだ。

僕はぞっとした。




サキュバスの襲撃を受けた僕らは、その日は調査を切り上げて、家に帰った。

「あー、疲れたー!!」

イボンヌがソファーに座ってぐったりしている。

「今日は、大変だったね。」

桜花は、気丈に振舞っているが、相当疲れているはずだ。

「本当に申し訳ない。2人に助けられた。」

僕は深々と頭を下げる。

「おいら、もっと強くなるよ。明日から特訓だ。」

ロックは、めげない性格らしい。


今回の襲撃で、いろいろと学んだ。

そして、想定しなければならないことも増えた。

僕らの戦いは、想像以上に長く険しいものになるかもしれない。

僕は今日の襲撃で予想される最悪の事態を正直にみんなに話した。


「・・・・・・。」

さすがにみんな無言になる。

重苦しい沈黙の時間が流れた。

「でもさあ、おいら思うんだ。勇者一行が一度倒した奴らが転生してくるってことだろ?なら、もう一回倒してやればいいだけの話じゃん。」

ロックは前向きだ。

「そうだね。一度倒した敵の弱点は判るし。姿は違ってても、それは変わらないはず。逆に人間の体だったら倒すのも楽なんじゃない?」

確かに桜花のいう通りかも知れない。

人間の体なら、毒ガスも出ないし固い皮膚もない。

角や牙だってない。


「まあ、考えたってしょうがない。来たら倒す!それだけだね。」

イボンヌも前向きだ。その通りだ、来たら倒せばいい。

「みんなの気持ちは分かった。勇者ユウのようには行かないかもしれないけど、僕も精一杯頑張るよ。」

「頼りにしてるよ。リーダー!」

ロックが笑って言った。

桜花もイボンヌも笑った。


僕は仲間に恵まれたな。

そう思った。





そのころ、関東地方某所。


黒い影が、桜花の予知能力を手に入れるため、行動を開始しようとしていた。。。

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