日本。関東地方の山間にある小さな村。魔城村。
ハクたちと魔王アバンが戦ったダンジョンの最深部。
黒衣の男が、呪文を唱えている。
両手を広げて力を込めると、怪しく光る魔法陣が現れた。
「四精獣よ、我は魔王ミカエル。我が呼び掛けに応えよ。」
魔法陣が眩しい光を放ち、中心から4体の魔獣が出現した。
四精獣と呼ばれる 水の青龍、火の朱雀、風の白虎、土の玄武 だ。
「古の魔獣よ、我に力を貸してくれ。」
魔王ミカエルは、そう言うと、四精獣に手をかざす。
魔王の手から黒い稲妻が四精獣に向かって放たれた、その瞬間、魔獣達が苦しみ出し、その瞳から生気が消えた。
「四精獣よ、我が意思のままに動くのだ。」
「ぎ、御意。」
四精獣は、魔王ミカエルにひれ伏した。
魔王は、高らかに笑った。
ハハハハハッ!
「アバンを倒した魔法使いハック!回復師オウカ!待っていろ!この世界を混沌で覆いつくし支配するのは、我だ!」
魔王アバンとの戦いから半年経った。
魔城村から遠く離れた郊外の町のはずれの森の中に建つ屋敷。
異世界エルドランドから日本に転生してきた、僕、桜花、イボンヌ、ロックの4人は、相変わらず、平和な日常を満喫していた。
「ハク!ハク!起きて!」
誰だ、僕を呼ぶのは?桜花か?
「ハク!起きろ!」
イボンヌも僕を呼んでる。
んん、何だ2人して。まだ、眠いんだ。寝かせてくれ。
「ハク!いい加減起きて!」
桜花に無理矢理、体を起こされた。
「何だよ、まだ寝させてくれよ。」
僕は、叩き起こされて、少しだけ不機嫌だ。
「ハク、何とかしてよ!」
桜花、なんか怒ってる?
「どうした。桜花、イボンヌ、そんなに怒って。」
「ハク、どうにかしてくれよ、あの音。」
イボンヌ、何言ってるんだ?
「イボンヌ、あの音って?」
「だから、あの音だよ。あのイビキ!」
イビキ!?
「いいから、来て!」
桜花が、僕の腕を引っ張っていく。
僕が桜花に連れて行かれたのは、ロックの部屋の前だった。
グォー!グォー!
物凄い、獣の声のような音が聞こえる。
「これって、ロックの?」
「イビキだよ!ハク、何とかしてくれ!」
イボンヌが、訴えて来る。
僕は、扉を開けて部屋の中に入った。
グォー!グォー!
耳を塞ぎたくなるくらいの轟音だ。窓が振動でビリビリと音を立てている。
「ロック!起きろ!」
グォー!グォー!
ダメだ。これならどうだ!
「ロック、起きろ!」
僕は、ロックの鼻をつまんだ。
フガッ!?
「く、苦しいっ!」
ロックが、目を覚ました。
「何するんだよ!ハク!」
「ロックのイビキがうるさいって、桜花とイボンヌが怒ってるんだ。」
「おいらのイビキ?!」
ロックは、ポカンとしている。
「とにかく、2人に謝ってくれ。」
「わかったよ、ハク。」
不服そうだけど、分かってくれたようだ。
部屋の外では、イボンヌと桜花が仁王立ちしている。
「イボンヌ、桜花。おいらのイビキがうるさくて、ごめんなさい。」
「今日から、気をつけてよ。」
桜花が言う。どう気をつけるんだろう?僕は言葉を飲み込んだ。
朝から一悶着あったが、僕らは、こんな感じで、平和に毎日を送っていた。
ピンポーン!
リビングでくつろいでいる時に玄関のチャイムがなった。
このチャイムが、僕らの平穏な日々の終わりを告げる合図だとは、まだ知る由も無かった。
「はーい。」
僕は、玄関に行って、ドアを開けた。
そこには、桜花と同じくらいの年頃の、小柄な女の子が立っていた。青いワンピースを着ていて、金髪の長い髪を編み込んでいる。
「どちら様ですか?」
僕が言い終わる前に、女の子は中に入ってきた。
「ち、ちょっと!勝手に入らないで!」
僕の声を無視して、ツカツカと廊下を歩いていく。
「君!待って!」
僕が止めるのを聞かずに、女の子はリビングの扉を開けた。
「あなた、誰?」
戸惑う桜花たちを無視して、女の子はソファに、座った。
「何なんだ?」
ロックもイボンヌも戸惑っている。
「君、いきなり何なんだ?」
僕も女の子のあとからリビングに入って、ソファに座る。
「人の家にいきなり入って来て、君は何なんだ?」
すると、女の子が口を開いた。
「人の家?この屋敷は、元々、お前たちのものじゃないだろう?」
この娘は、なんでそのことを知ってるんだ?
「君は誰なんだ?」
僕は、疑問をぶつけた。
「ぼくは、イブ。女神だ。」
「女神!?」
僕ら4人は同時に声を上げた。
「君達をこの世界に転生させたのは、何を隠そう、ぼくだ。」
なんだって?!
「君が、僕や桜花を転生させた女神だって?本当なのか?」
「嘘を言っても仕方ないだろう?ぼくは、正真正銘の女神だ。」
簡単には信じられない。
「じゃあ、証拠を見せてくれるか?」
「ぼくを疑うなら仕方ない。証拠を見せよう。」
女の子は、そう言うと、手を上にかざした。
「ライトニング。」
女の子の手から、無数の光の玉が出て、部屋を飛び回った。
「うわーっ!」
ロックが驚いて声を上げる。
「戻れ。」
女の子が言うと、光の玉が手に戻った。
「これで信じてもらえたかな?」
光魔法を軽々と使いこなすとは。女神というのは、本当らしい。
「わかった。君が女神だと信じよう。」
いつの間にか、イボンヌと桜花もソファに座っている。
「その女神様が、私たちになんの用なんですか?」
桜花は、まだ信じきれないようだ。
女神イブが、口を開く。
「闇竜アバンに倒された魔王ミカエルが、まだ生きている。」
「魔王ミカエル?」
アバンを倒した時、他には魔物は居なかった。でも、アバンの更に上のボスがいるというのは、たしかだ。遊園地で襲ってきた、ジェットがそう言っていた。
女神イブが続ける。
「魔王ミカエルは、エルドランドから古の四精獣を召喚して、この世界に混乱を起こそうとしている。」
「その、魔王ミカエルは、何者なんだい?」
イボンヌがイブに聞く。
「魔王ミカエルは、闇竜アバンと光竜アベルの父親だ。勇者ユウに倒されて、この世界に転生した。ぼくは、この世界とエルドランドの均衡を守るために、ミカエルとずっと戦ってきた。」
「アバンの父親。そうか、ユウくんが倒したのか。」
僕は、勇者ユウが魔王を倒したという事実に安堵していた。と同時に、魔王がこの世界に転生したことに不安も感じていた。
「私達は無駄死にじゃなかったんだね。ハク。」
桜花も複雑な思いだろう。
「その魔王ミカエルの狙いは何なんだい?」
イボンヌが不安そうな顔で聞く。
「ミカエルの狙いは、エルドランドとこの世界の2つの世界を混沌で支配すること。その為に桜花の予知能力を利用しようとしてるんだ。」
やはり、桜花の予知能力が狙いか。
桜花の顔が曇った。
「じゃあ、そのミカエルって奴をぶっ倒せばいいんだな?」
ロックが笑って言う。
「ぶっ倒すか。そう簡単なら良いけどな。」
イブの言う通りだ。そうは簡単に行かないだろう。
「どっちにしても、敵の狙いが桜花なら、あたし達も備えないとだね。」
イボンヌは前向きだ。
「訳あって、ぼくはミカエルと直接戦えない。だから、ミカエルと戦う戦士として、ハクと桜花を転生させたんだ。悪いことをしたと思ってるよ。」
「でも、そのおかげで、イボンヌやロックと出会えたんだから、女神様は気にしなくていいよ。」
桜花、たしかにその通りだ。
「イブ様。僕らは覚悟が出来てます。魔王ミカエルのことは任せてください。」
そうだ、僕らは転生したおかげで、今がある。魔王ミカエルを倒すのは、僕ら4人の使命だ。
「ありがとう。あと、ぼくに敬語は使わなくていいよ。呼ぶ時はイブでいい。」
「わかった。イブ。」
こうして、僕らの平穏な日々は、終わりを告げた。
女神イブ。見た目は、少女なのに、秘めている魔力は底がしれない。
「それから、ぼくは、しばらくこの屋敷に住むからな。」
「へ?」
思わず変な声が出た。もう部屋が空いてないんですが、。
「心配するな。この家には地下室があるだろう?ぼくは、そこでいい。」
「でも、女神様が地下室って訳には、、、。」
桜花が心配そうだ。
「大丈夫。ぼくのことは気にするな。お前たちは戦いに専念してくれれば良い。」
「イブ。この屋敷のことは、何で知っているんだ。」
僕は不思議に思っていることを聞いた。
「この屋敷は、先代の勇者の為に、ぼくが用意したんだ。」
「先代の勇者?」
「勇者ノア。今の勇者ユウの父親で、この世界に転生した伝説の戦士。今は、ぼくのために仕事をしてもらっている。」
「ユウくんの父親がこの世界に!?」
桜花が驚く。
「ノアにも、悪いことをした。ぼく自身の問題なのに。」
もう一つ、疑問があった。
「地下室にあった魔導書や魔法の杖は、もしかして、イブが持ってきたものなのか?」
「そうだよ。ハクの為に、ぼくが用意したんだ。役に立っただろう?」
やっぱり、そうだった。これで謎が解けた。
「イブ。僕らは君の期待に応えたいと思う。だから、これからよろしく。」
僕らは、女神イブと同居することになった。