僕らの訓練が順調に進んでいたある日。
1人のホームレスのような男が屋敷に向かっていた。
僕らは、訓練の疲れを癒すため、リビングでくつろいでいた。
プシュッ
トクトクッ
ゴクゴクッ
プハーッ
「この一口の為に生きてるな。」
イボンヌがまた上機嫌だ。
「風呂上がりのコーラ、美味しい♪」
桜花は満面の笑みで幸せそうだ。
「このサイダー味のアイスも美味いぞ。」
ロックは、アイスの食べすぎだ。
「このサイダーという飲み物は、シュワシュワして不思議だな。」
イブもリラックスしている。
僕もイボンヌに付き合って、ビールを飲んでいた。
この幸せな時間がずっと続けば良いと思っていた。しかし、幸せな時間は、ある男の来訪で終わりを告げる。
ピンポーン。
僕は玄関に向かった。
ドンドン。
扉を叩く音がする。
「どちら様ですか?」
「俺だ。開けてくれ。」
誰だ?僕は不安に思いながらも扉を開けた。
扉の外には、髭もじゃの小汚いおじさんがいた。
「ノアじゃないか?!どうした?」
僕の後ろにいた、イブが言った。
ノアだって?先代の勇者の?
言われてみれば、何処となく、ユウくんに似ている。
「ああ、女神様。こっちの世界に来てたんですね。」
そう言うと、ノアは中に入って来た。
「ノア、悪いと思ったけど、この屋敷は、今はハク達に使ってもらってるんだ。ぼくに免じて許してくれ。」
「女神様。そのことは、良いですよ。俺は怒ってない。」
ノアとイブは、リビングのソファに座る。
桜花達は、突然の来訪者に驚いている。ノアは、改めて話し出した。
「俺の名前はノア。元勇者だ。エルドランドから日本に転生してきた。今は、女神イブのために、魔王ミカエルの動向を探ってる。」
「勇者ノア。僕は、ハク。彼女は桜花。勇者ユウと一緒に旅をした仲間です。彼はロック、彼女はイボンヌ。皆、転生者です。」
僕らも自己紹介をした。
「ハックとオウカのことは知ってる。息子が世話になったな。ありがとう。」
「そんな、ユウくんに助けられたのは、私達の方です。」
桜花が話す。
「勇者ノア。あたしはイワンの娘です。父がお世話になりました。」
イボンヌが挨拶した。
「イワンの娘か。あいつは、どうしようもない酔っ払いだったけど、強いアーチャーだったよ。俺も何度も助けられた。」
「親父が・・・」
「イワンは、いつも娘の話をしてた。この旅が終わったら、家族と静かに暮らしたいと言ってたな。」
「うう、、、」
イボンヌが涙ぐんでいる。
「おじさん、何でいきなり来たんだ?」
ロックが当然の疑問をぶつける。
「君たちの活躍は、大体聞いてる。四天王は倒したが、魔王ミカエルは生きていた。今は、四精獣を味方にして、力を蓄えてる。」
グハッ!
勇者ノアが突然咳き込んだ。
少し血が出ている。
「大丈夫ですか?」
桜花が駆け寄る。
「回復せよ。ヒール!」
桜花の両手が光る。
しかし、効いていないようだ。
「無駄だよ。魔法は効かない。俺は助からない。」
「ノア、ぼくが無理をさせたからだな。すまん。」
「女神様の責任じゃないですよ。自業自得です。」
勇者ノアは、病気だ。僕たちに何かを伝えに来たんだろうか?
「ハク。俺は、最後をこの屋敷で迎えたい。しばらく、ここに置いてくれるか?」
「もちろんです。この屋敷は、元々あなたの物だし。そうですよね?」
「ハク、ありがとう。俺も出来る限り協力するよ。魔王ミカエルは手強い。」
「じゃあ、おじさん。おいらの部屋を使うと良いよ。おいらはココで寝るから。」
「ロックと言ったか?ありがとう。君は良いシーフだな。」
「へへっ。」
ロックも満更でもなさそうだ。
こうして、先代の勇者ノアが一緒に暮らすことになった。
僕らは、勇者ノアから直接指導を受けて、戦闘訓練をするようになった。
流石に本物の勇者だけあって、本格的な内容だ。確実に僕らの戦力は上がっていた。
一方、その頃。
関東地方、魔城村。
黒衣の男こと魔王ミカエルが玉座に座っている。
「四精獣よ、女神イブと勇者ノアが魔法使いハックと接触した。もう、時間が無い。ハックの屋敷を襲撃せよ。」
「御意。」
四精獣が魔王の前から、何処かへ消えた。
魔王ミカエルは不敵に笑っていた。
僕らの訓練も佳境を迎えていた。新たなスキルも使いこなせるようになった。魔力と体力の強化も勇者ノアの指導もあって、かなり進んでいる。
ハァ、ハァ。
「まだまだ!」
勇者ノアが剣を振るう。
キンッ!
それをロックがタガーで受ける。
「おいらも、かなり強くなっただろ?」
「甘い!」
うわっ!
ロックが倒された。
「くそーっ!ノアは、やっぱり強いな。」
「伊達に勇者をやってないからな。」
勇者ノアは、年老いたとは言え、まだまだ現役だ。
グハッ!
ノアが膝をついて血を吐いた。
「大丈夫か!?ノア!」
イブが駆け寄る。
僕らは、ノアをベッドに運んだ。
病気がノアの体を確実に蝕んでいた。
僕らは部屋を出て、しばらく、イブとノアの2人きりにすることにした。
「ノア、ぼくのせいで、すまない。」
「女神様。俺は、あなたのお陰で転生して、2度目の命をもらった。感謝してるんだ。」
「でも、ぼくの戦いに巻き込んでしまった。」
「この世界も、なかなか楽しかったよ。」
2人は、思い出話をした。
「ノア。もう、休んで良いよ。」
「その前に、女神様。ハク達に話がある。呼んでくれ。」
イブに呼ばれて、僕らも部屋に入った。
「ノア。話って、なんだ?」
「ハク。ミカエルとの戦いに俺は行けそうにない。だから、お前に伝えたいと思う。魔王の弱点を。」
「魔王の弱点?」
そんなものあるのか?
「魔王ミカエルは、光属性魔法と闇属性魔法の使い手だ。普通なら、弱点はない。」
「光と闇の両方の使い手か。」
「魔王の弱点は、光と闇の間『狭間の力』だ。それを探せ。」
「狭間の力。」
どうやって見つければ良いんだろう?
「俺が言えるのは、ここまでだ。ハク、魔王を倒してくれ。」
「ノア。わかった。任せてくれ。」
「頼んだぞ。ハク。」
それだけ言うと、ノアは目を閉じた。
後は僕らに任せて、ゆっくり休んでくれ。
それから3日後。ノアは息を引き取った。
「ぼくは、ノアを転生させた。それは、ぼくのエゴだった。ノア、すまない。君をむだに苦しめてしまった。」
「イブ。ノアは幸せだったと思うよ。」
僕はイブに言った。
「あたしは、父の話が聞けて良かったよ。勇者パーティの1人としての活躍の様子が聞けたし。」
イボンヌは父親の話が聞けて、過去のわだかまりが少しだけ無くなったみたいだ。
「おいらも、ノアに稽古つけてもらえて良かったよ。厳しかったけど、優しかった。」
ロックは、ノアに一番かわいがられていた。鍛え甲斐があったんだろう。
僕らは、屋敷の裏にノアの墓を作って、埋葬した。
ノアの遺志は、僕たちが受け継ぐ。
僕は決意を新たにした。
「そうは言ってもさー。」
ロックがソファに座って足をバタバタさせている。
「簡単に魔王なんて倒せないよねー。」
桜花は片肘をついている。
「魔王の動きなんて、そうそう分からないしねー」
イボンヌは、ビールを飲みながら横になっている。
「お前ら、ちょっと気が緩みすぎだぞ!」
僕は怒っている。
「まあまあ、サイダーでも飲んで落ち着きな。」
イブになだめられた。
しかし、こうしている間にも、魔王ミカエルは転生者を集めて、戦力を増している。じっと黙ってみているわけにもいかない。こちらからも動かなければ。
「『狭間の力』のことは、何か分かったの?」
桜花に痛いところを突かれた。
「光と闇の間の力としか分からない。どうしたら発動するのかも不明だ。」
僕は焦っていた。魔王ミカエルを倒すための唯一の手掛かり。これを解明して使えるようにならなければ、僕らの勝ちはない。
「イブやノアが言ってた、四精獣ってやつも気になるぞ。」
ロックが言う。
「ぼくが知ってる情報は、あれが全てだ。単体では、それほど強くないけど、まとまって襲ってきたら厄介だな。」
イブの言うとおりだ。
「水の青龍、火の朱雀、風の白虎、土の玄武。確かに、4体一緒に襲ってきたら厄介だ。彼らは心を魔王に操られている。そこをうまく突ければ、勝てるんじゃないか?」
僕の考えを言ってみた。
「それなら、私の自然属性の力で、説得してみたら?」
桜花が提案してくれた。確かに、心に直接干渉出来れば、可能性はある。
「確かに桜花の力は使えそうだな。」
イボンヌも同意見のようだ。
「いつ四精獣が襲ってきてもいい様に、対策を練っておこう。」
「わかった。ハク。」
「ぼくは、『狭間の力』について、もう少し調べてみるよ。」
「イブ、頼んだよ。」
僕らは、敵の襲来に備えて、それぞれ動き出した。