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《地獄の責め苦》

 その恐ろしげな様子を見れば、だれだって鳥肌とりはだが立ち、手にはじっとりイヤな汗をかくでしょうね。

 気の弱い者ならバタッと気絶きぜつしたっておかしくはありません。


 何より恐怖をさそうのは、地獄じごくならではの音の数々。

 鬼たちの上げるケダモノのようなさけび声はもとより、拷問ごうもん器具が立てる冷たい金属音、地獄の業火ごうかがボウボウと燃えさかる轟音ごうおんなどなど、どれもこれも聞く者の心臓をギュッと縮み上がらせます。


「さあて、ちょっくら解説かいせつしてやっかのう」かがみをのぞきこむウメに向かって、閻魔えんま大王はおもむろに話し始めます。「あっちに見えんのがはりの山じゃ。あそこを歩けばチクチクザクザク。あまりの痛みに大の男だって泣き出すぞ」


 しかしウメも負けてはいません。

「それが何です。私は生きてる間、針どころか金串かなぐしされたような痛みを受けておりましたよ。あんなもん私に取っちゃに刺された程度のもんでごぜえます」


 閻魔大王はさすがに口元をピクッとさせましたが、何のまだまだとばかりにしゃべり続けます。

「フン、そんなこと言えんのも今のうちよ。お次は血の池地獄じゃ。ここに入ればヌルヌルドロドロ。それにまたニオイのひどいことひどいこと。あまりのニオイにどんな鼻づまりだって一発で治っちまうぞ」


 それでもウメは一歩たりとも引きません。

「大王様、私は体中デキモノだらけでしたから血やニオイなんてなれっこですだ。そんな体を嫌がりもせずにやさしくいてくれたせがれなら、今ごろ血の池で鼻歌でも歌ってますよ」


「ぐぬぬ……」

 負けず嫌いの閻魔大王、くやしそうに地団駄じだんだをふんでいます。


 ウメにとっちゃどんな地獄のめ苦も、一人っきりでえねばならなかった生き地獄よりはよっぽどマシなんです。

 地獄に行けば共に苦しむ亡者もうじゃがいます。

 亀八かめはちにぼん太だっているんですからね。


 しかし大王たるもの、こんなところで引き下がっては手下たちに示しがつきません。

「そこまで言うならしかたねえ。ちょっとバアさんには刺激が強すぎるが取っておきを見せてやらあ!」

 閻魔大王が勢い余って前のめりになりながら指をさすと、鏡には亡者たちがドボンと大釜おおがまへ放りこまれる、おぞましい光景が映し出されました。

 これぞ釜茹かまゆで地獄です。


 釜の水ははじめこそ歯の根も合わぬような冷たさですが、鬼たちがたきつける直火じかびで熱せられるうち、火山の噴火口ふんかこうみたいにグツグツわきかえります。

 亡者たちの姿もそれに合わせてまっ青からまっ赤にかわり、しまいにゃだれがだれだかわからなくなるありさま。


 しかしウメときたら、これを見てほがらかに笑い出すんですから見事なもんです。

「ああ大王様、ありがとうごぜえます。これでやっと長年の夢がかないますだ。私は生きてる間ずっと親子三人で温泉につかってみたかったんです。これなら茹で上がるまでの間に温泉気分が味わえますだ」


 閻魔大王はもうお手上げです。

「ガッハッハ、こりゃ話にならんわい。やい鬼ども、バアさんとこのジジイとせがれはどこにおる。今すぐ地獄から連れ出してこい」

 それを聞いて、鬼たちの顔はいつにも増して青くなったり赤くなったり。

 というのも実は鬼たち、亀八とぼん太に逃げられたことを、まだ閻魔大王に白状はくじょうしていなかったのです。


「それがそのぉ」

「えっとですねえ」

 いつもの威勢いせいの良さはどこへやら。

 鬼たちはあらぬ方を向いてビクビクおどおど。

「なんだ、まどろっこしい!」

 閻魔大王の声にいら立ちが混じります。


「ええ、正直に申し上げますと大王様、悪いのはコイツなんですよ」

 先手必勝せんてひっしょうとばかりにむらさき鬼が青鬼を指さしますと、青鬼はビックリした声を上げます。

「何言ってんだい。そもそもオメエが先にジジイを取り逃したんじゃねえか」

「何だと。しょ、証拠しょうこでもあんのかよ」


 今にも取っ組み合いを始めそうな二人を取り押さえながら、黒鬼は他人事みたいに言います。

「まったく大王様、ウチの鬼どもときたら本当にどうしようもありませんねえ」


 これにカチンと来たのか、ほかの鬼たちも一斉いっせいさわぎ出しました。

「何だよ、大王様にはだまってろって言ったのはオメエだろ」

「そうだそうだ。調子のいいことばっかぬかしやがって」

「大王様、コイツは亡者に按摩あんまさせてふんぞり返ってるんですよ」

「それに若いむすめばっかえこひいきして、鼻の下伸ばしてやがんだ」


 黒鬼は藪蛇やぶへびとばかりに大あわて。

「オメエら、うそはいけねえよ。うそつきは舌を引っこくかんな」

「そんなら、まずはオメエの舌からだ」

 そう言いながら、赤鬼が商売道具のヤットコを持ち出したところで、閻魔大王がついに爆発ばくはつしました。


「ええい、だまれだまれだまれ〜いっ!」

 そのダミ声の大きさたるや、大広間を地震のようにグラグラと揺さぶるほど。

 鬼たちは情けない声を上げながら柱やかべにしがみつく始末。

 とその瞬間でした。

 だれもが思いもしなかった、とんでもないことが起こったのです。

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